BIOGRAPHY
80年ノースキャロライナ州シャーロットにて結成。80年に地元のレーベル、ギア・レコードからデビュー・シングル「ベター・テイク・イット・イージー」をリリース。そのシングルのスリーヴに掲載された写真はマッシュルーム・カットでマージー・ビート風スーツ、楽器はリッケンバッカーのギター、ヘフナー・ベース、ラディックのドラムといかにもビートルズを意識したモノだった。82年にファーストアルバム「ビート・ミュージック」をリリース。このアルバムは多くのメディアで取り上げられローリングストーン誌のレビューでは3つ星半の評価を得た。初期REMのプロデューサーとしても知られ、アーティストとしての活動も評価の高い東海岸の影の大物ドン・ディクソンがゲスト参加。84年にはセカンド・ミニ・アルバム「トーン・アパート」をリリース。ドン・ディクソン、ミッチ・イーター、そしてREMのメンバー全員がゲスト参加している。87年自らのレーベル、トライアポアー・レコードからのサードアルバム「ホエアエヴァー・ランド」をリリース。90年代に入りライヴなど精力的な活動をするが、91年にジェイミーがソロアルバム「クーポンズ、クエスションズ&コメンツ」をリリース。スポンジトーンズとしてはイリノイ州のパワー・ポップ・バンド、シューズの自主レーベルであるブラック・ビニール・レコードと契約。4枚目のアルバム「OH YEAH!」をリリースした。当時シアトルを中心として起こりつつあったグランジ・ロックと平行して、水面下で浸透しつつあった90年代パワーポップの波にベルベット・クラッシュ、ジェリーフィッシュ、マテリアル・イシューなどとともに彼らのこの作品があったことは間違いないだろう。93年ジェイミーはグラハム・パーカーのツアー・ギタリストとしての彼の"バーニング・クエスチョンズ・ツアー"に参加、デビッド・レターマン・ショーなどにも出演した(ジェイミーはグラハムと共にリチャード・トンプソンのアルバム「ビート・アンド・トリート」収録の"ザ・マッドネス・オブ・ザ・ブロー"という曲も共作)。94年初めから1年がかりで制作した「Textual Drone Thing」を95年リリース(日本リリースは96年)。このアルバム以降ジェイミーはヴァン・デレッキースというソロプロジェクトで2枚アルバムをリリース、またトッド・ラングレンのトリビュートアルバム「For The Love Of Todd」にも参加するなど、個々の活動が多くなってきたが、スポンジトーンズとしての活動も月に2,3度のギグは定期的に行っていた。99年マーシャル・クレンショーの兄弟であるロバート・クレンショーを通してギャッドフライ・レコードと新たに契約(ロバート・クレンショー、ドン・ディクソンもギャッドフライに所属)。2000年5年ぶりのニュー・アルバム「ODD FELLOWS」をリリース。

まずは是非彼らのサウンドを聴いてみてください!
BEST&ANTHOROGY ALBUM『BEAT THE SPONGETONES』
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2005/12/7 release MHCP \2520(tax in)
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NEW ALBUM『NUMBER 9』
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