LINERNOTES

1959年に開催された第1回グラミー賞授賞式。優れた音楽作品(レコード)を業界に携わる人々が評価し、表彰しようという主旨で始まった音楽賞はそれから60年の歴史を築き上げ、いまや最高峰の音楽賞として世界中の注目を集めているのは周知の通り。今回は60回目を記念した授賞式が1月28日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われる(ニューヨーク開催は15年ぶり、例年はロサンゼルスのステープルズ・センターが授賞式会場)。そんなグラミー賞を主催し、様々な活動をしているのが、音楽業界に携わる人たちで組織された全米レコーディング・アカデミー(NATIONAL ACADEMY OF RECORDING ARTS & SCIENCES,INC.)。今回のノミネート対象は2016年10月1日から2017年9月30日までの間にアメリカで発売、またはストリーミングを含め発表された作品。その中からアーティストやレーベルがアカデミーにエントリーした作品に対し、投票権を持つ13,000人以上のアカデミー会員により17年度のノミネート作品が決定した。昨年同様29のジャンル(グラミー用語では“フィールド”)と84の部門(同“カテゴリー”)に分類されたノミネートだが、最高の栄誉とされるのは最初のフィールドに位置付けされる4つのカテゴリー、主要部門である。まずは「年間最優秀レコード(Record of the year)」。いわゆるシングルなど、その年を代表する楽曲に贈られる賞でアーティストはもちろん、プロデューサーやエンジニアも受賞対象となる。次にその年を代表するアルバム作品に贈られる「年間最優秀アルバム(Album of the year)」。これまでは実務的にアルバム制作に携わった関係者全てがノミネート及び受賞の対象だったが、今回からはアルバム全体の3割(33%)以上のプレイング・タイム(曲尺)に関わった人物のみが対象という選定基準の変更が発表されている。「年間最優秀楽曲(Song of the year)」はアーティストではなくコンポーザー(作者)に与えられる賞。アーティストが作者を兼ねていれば受賞対象になるが、作者の力量に最大の注目が集まる賞だ。4つ目の「最優秀新人賞(Best new artist)」は文字通り新人に与えられる賞。グラミーの意向では純粋な新人だけでなく、ある程度の活動歴があっても当該年の活躍を評価した場合はノミネートの対象としているようだ。

そして毎年話題になるのがマルチ・ノミニーといわれる複数部門の候補に選ばれたアーティストだが、今回最多となる8ノミネートを受けたのはHIP HOP界の重鎮、ジェイ・Z。続く7ノミネートは新作が2017年上半期に全米最高の売り上げを記録したケンドリック・ラマー。6ノミネートは稀代のポップセンスで世界中を魅了し、日本でもその人気を不動のものとしたブルーノ・マーズ。それに続き、チャイルディッシュ・ガンビーノ、カリード、SZA(シザ)という、いわゆるHIP HOPやR&Bで語られる新進気鋭のアーティストが5ノミネートを果たしている。多くの音楽メディアが報じているように黒人アーティストたちの評価が際立つノミネートだが、それをHIP HOP/R&B優勢と捉えるのは安易だろう。ここ数年のアメリカ情勢を背景に人種間問題(ブラック・ライヴズ・マター)をテーマにする黒人アーティストは多いし、先のマルチ・ノミニーの作品に反映されてもいる。しかしながら(そうした状況も関係しているのかもしれないが)彼らの音楽性や表現の在り方はこれまでに“HIP HOP/R&B”と単純に解釈されてきた“それ”とは一線を画しているように思う。そのサウンド面における独創性やクロスオーヴァーなスタイルは確実にリアルな時代の音であり、これからのシーンに様々な影響を及ぼすに違いない。17年のメインストリームでのセールス結果も、それを物語っている。音楽界に一石を投じることになるであろう第60回グラミー賞、では今回の『2018グラミー・ノミニーズ』に収録された作品を紹介していこう。

2017年12月 増子 仁/Jin Mashiko
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