第九章 〜[NOiD] 発足〜

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 自主盤リリースの心得を習得した我々は、同じ要領で二枚目の自主盤『世界が目を覚ますのなら』をリリースした。
 一枚目と比較すれば、まアそれなりにスムーズではあったが冒頭二行だけであっさり表現出来ぬ程の紆余曲折はありました。多くの方々に力を貸して頂きどうにか完成に至った盤である、お疲れ様会でもしましょうよ、ということになりました。
「業務は俺に任せろ」
 会合にて、ビールを片手にそう啖呵を切った男がいた。eggmanの永井という男である。
 ブッキングに業務、音源制作、グッズ製作。年間一〇〇本以上のライブに加えアルバイトの日々で実際我々は手一杯であった。楽しい、という一番の栄養で動き続けていられたものの、記載したそれらは、いざやってみるとなかなかにきつい。猫の手でも借りたいといつぞやの誰かさんは言ったようだが、我々は普通に人の手が借りたかった。
 音楽業に費やす時間が増えればアルバイトが出来ずに首が締まり、しまった首元を緩めようとアルバイトに精を出せば音楽に時間を割けなくなるという悪循環、貧乏暇無しとは、本当によく言ったものである。
「お前らは音楽だけをやれよ」
 永井は言った。人の手が借りたかった我々だが、人と一括りに言っても、誰でもいいわけではないのが正直なところ。言葉面だけ見れば実に頼もしい言葉であるが、頼もしい言葉というのは、内容よりも口にした人がどういった人なのかの方がおそらく重要なのだ
 だから、ほら、なんて言うか。こんなこと言いたくないんだけど、あなたさ。

 マネージャーやったことないでしょ。

 そうなのだ。この時の永井は自分の属するライブハウスでイベントを組んだり、その日の趣旨に合いそうなバンドを選んだりするお仕事、いわゆるブッカーであった。語弊があるといけないので言っておくが、ブッカーの仕事をどうこう言っているわけではない。我々からすると各ライブハウスのブッカーの方には散々お世話になったし、なくてはならないお仕事だと思っている。
 懸念しているのは、この男がマネージメント業務を全くしたことがないと言う点だ。なぜにこうも豪語出来るのか、そこんとこちょっとわかりかねます。
 そして偉そうに言っているが、我々は俗に言う「メジャー落ちバンド」である。飲み放題コース3000円が関の山、金がなければ時間もない、音楽以外出来ないくせに集客も出来ない、そんなバンドであった。だからこそなのだが、メジャー落ちバンドと素人マネージャーが組んだところで、と正直思った。四半世紀生きたか生きてないかギリギリの男が五人集まって、どうするのだと思ったのだ。
「メジャーから落ちたバンドだから誰も手をつけたがらないよ」
「特にソニーでダメだったバンドはどこもやりたがらない」
「難しいんじゃないかな、もう」
 メジャーを離れるときにいろいろな人に言われた。もしかしたら親切心だったのかもしれない。ただ、これらの言葉は、実際根深く私の心の中に残り続けていたのだ。
 しかし、我々SUPER BEAVERは次に手を組むのだとしたら、我々SUPER BEAVERの音楽を好きでいてくれる人でなければ駄目だと、そんな風にも思っていた。我々の音楽に愛と時間を注げる人、綺麗事でもなんでもなく、この二つがないと仕事から仕事以上の歓びを見つけるのは難しいことを知っていた。だから敏腕であることや、経験があること以上に、想いと、覚悟の方が我々にとってプライオリティーは上だった。
 だから、大いに迷った。
 酩酊した永井は、真剣な顔をして言った。
「業務は俺に任せろ」
 それ、さっき聞いたよ。
 愛だけ、疑えなかったのが決め手であった。


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 この話が出る前から永井が幾度となく企画していたイベント名をレーベル名にした。我々のI×L×P× RECORDSと共に動くレーベル [NOiD] 発足である。
 eggmanの中でSUPER BEAVERをマネージメントする為に永井が作ったレーベルであり、正確に言うと、ライブハウスeggmanのレーベルmurffin discsの内部レーベルとして [NOiD] を作ってくれたわけなのだが、ここいらどうにも面倒なので一読して、ふウん、でよろしい。
 そしてレーベル発足後、永井の記念すべき最初のお仕事は、我々の借金整理であった。
 付き合ってる間はずっと黙ってて、結婚してすぐ「実は借金が」って打ち明けたような気分であった。
 よく言えば、お人好し。フラットに言えば、馬鹿。であった我々。このとき背負っていた借金は、かつての相棒バネットを身請けするためのお金ではなく、完済した後に新たに出来た不毛な借金なのであった。
 この業界には様々な人間がおります。そしてその多くは大して信用のおける人々じゃござアせん。具体的なことは避けるとして、その多く、に該当する人間と我々は手を繋いでしまったと、ざっくりそう言うことなのです。
 まアその人はその人なりに真剣にやってくれたのだろうし、世話になったことも間違いないのだが、お金に関する全てのことが下手くそな人であった。丼勘定であると同時に、行動と金銭がどうにも釣り合っていないように思えた。なので、永井はじめeggman事務所の方に相談したところ、これはおかしい、とご意見頂きまして、精査後、正当な額を請求し直してもらうことになりました。
 今記した、相談から請求までが永井のお仕事。ご苦労様でした。
 正当な額になったところで、我々四人の財布の中身を合わせても到底完済なんて出来なかった。なので、事務所が一度肩代わりしてくれることになりまして、我々は事務所にお金を返していくことになりました。本当に頭が上がりません。
 完済するまで三年。金額はご想像にお任せします。きゃぴ!

 そうして、 [NOiD] のSUPER BEAVERはこれを機に、様々なジャンルのバンドと共にオンステージする機会が多くなる。と言うのも、永井が企画していたイベントはメロディックコアと呼ばれるジャンルのバンドが多かった。まア、そもそもジャンルとはなんぞや、ということになってしまうのだが、わかり易く話を進める為に、と思ってくださいな。
 レーベルの発足は、ポップミュージックを掲げる我々が、様々なジャンルとクロスオーバーしていくきっかけにもなったのだ。
 混じり合うことがタブーであるものなど正味この世界に存在しないはずなのだが、音楽という狭い括りの中でも、細分化された先でまとまっているように感じる。まア往々にして個人の趣味嗜好も細分化された先にある気がしているので間違ったことであるとは思わないが、ある程度わかり易くまとめて企画してあげないと客が散ると言うライブやイベントを企画する側の都合も、そこにはあったりするのだろう。自主企画を何本も打ってきた我々でも、ごちゃ混ぜの先で客足が伸びないという実体験があるので理解はあるつもり。しかしそれでも尚、ごちゃ混ぜの先のロマンを追求していきたいと思う私の気持ちが変わることはない。
 様々なバンドとのクロスオーバーはとても刺激的だったし、一本筋を通して共にオンステージした先でバンド同士が仲良くなるのに時間は掛からなかった。しかし、フロアの「ん?」を「ふウん」にして「いいじゃん」に変えていくのはそう簡単ではなかったのを覚えている。


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 メンバー、そしてマネージャーを含め暗中模索。たくさんの方の厚意に助けられて我々は真心のみで音楽活動に精を出した。お給料が出るようになったわけでもなければ、借金がなくなったわけでもないので生活に変わりはなかったが、業務と呼ばれる類のものを一手に引き受けてくれる永井の存在は大きかった。その日々の中で完成したのが [NOiD] レーベル所属第一弾音源の『361°』である。
 この時のイニシャルが一五〇〇枚くらい。イニシャルというのは新譜の初回出荷数のことであり、要するに発売する前に全国のレコード屋さんから注文がきた合計枚数のことである。この時の我々にとっての最多枚数であり、大変に歴史を感じる生々しい数字である。今現在の数字は調べてみるとよろし。ん。

 音楽家はリリースのタイミングでよくレコード屋さんへ挨拶回りをする。他の音楽家は知らないが、我々の場合これは何も強制されて伺っているわけではない。要するにただの気持ちだ。本来ならば全国のレコード屋さんに直接挨拶に回りたいところではあるが、現実的になかなか難しかったりする。なので、行けるところには直接挨拶、難しそうなところにはポスターに勝手にサインを入れて送りつけたりと、そういう手段を我々はとらせて頂いている。何分今でもそこに関しては自主的に動いているので、至らぬところがあったら失礼しております。
 今でも行っているこの挨拶回りも、当時はとても大変であった。店舗にサインがあったり、ポラロイド写真があったり、コメントがあったりするあれは、ゲリラ的に行っているわけではなく、事前にアポイントメントをとった後に定時に伺うものなのだ。
 しかし、毎週リリースされる音楽家の新しい盤を、レコード屋さんは取り扱ってくれるわけである。全ての音楽家が挨拶回りをするわけではないが、日夜レコード屋さんにはリリースしたばかりの音楽家が訪れることになる。それが一体どれくらいの数になるのかはわからないが、盤を売るだけでなくそれぞれ音楽家の対応もしなくちゃならないなんて大変なお仕事であると思う。
 [NOiD] の新人である我々もアポイントメントをとってもらって、回れるだけのお店を回った。親切にしてくれるお店や丁寧に対応してくれるお店もあるが、中にはすごオく適当にあしらうお店もある。無名の新人ということもあるので仕方がないのだが、約束の時間に担当者が居なかったり、三十分待たされた挙句「今日はちょっと忙しいので」みたいなことを言われたりもした。
 まア仕方ないか。とはならなかったので、私はそんな風に薄情な扱いを受けたお店を全て覚えている。我々が売れたらそのお店には一枚も卸さない、と決めているので、よろしくどうぞ。
 様々な現場でポジションに優劣が付くことは、仕事を円滑に進めていく上で当然なことだと思うのだが、その場に限って優遇してもらっているポジションを鵜呑みにするのは馬鹿です。それぞれプライド持ったお仕事ですので、どっちが偉い、とか、まず間違いなくない。うす。
 逆に、箸にも棒にもかからないような我々に対して親切にしてくれた人、その人がしてくれた事、それらに関しては、邪険に扱われたことよりも余程覚えている。
 思えば今でも一緒にお仕事をしている人や、普段飲みに行ったり遊んだりする人の殆どがそんな素敵な人たちである。もちろん日毎に増える出会いの中で新たに仲を深めていく人もいるのだが、そうした中でも深く繋がった縁が切れるということはない。
 悪い人に、良くない人に出会わないわけではない。好きではない人と話す機会だってある。しかし、それでもSUPER BEAVERと言うバンドは、そして私個人は、本当に人に恵まれている。そのおかげであなたに会えましたから。素晴らしいことだ。

 斯くして不揃いの新米たちは、躓いたり転んだりを繰り返しながら歩き始めた。
 乞うご期待。





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