YOSHINORI SUNAHARA

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砂原良徳  Yoshinori Sunahara

1969年9月13日生まれ。北海道出身。サウンド・クリエーター/プロデューサー/DJ。 電気グルーヴに91年に加入し、99年に脱退。電気グルーヴは、初期の日本のテクノシーンに大きな影響を与えた伝説的ともいえる最重要グループであり、現在もテクノシーンを牽引する存在である。電気グルーヴ在籍時の97年にリリースしたシングル『Shangri-la』とアルバム『A』が共に50万枚のヒット。砂原は、電気グルーヴが今までにおいて最大のヒット作をリリースした時期にサウンド面のキーマンとして活躍。すなわち、その後の日本のテクノサウンドの方向付けを行った人物の一人ともいえる。

 電気グルーヴの活動と平行して行っていたソロ活動では、95年にアルバム『Crossover』、98年にはアルバム『TAKE OFF AND LANDING』、アルバム『THE SOUND OF `70s』という2枚をたて続けにリリース。『Crossover』、『TAKE OFF AND LANDING』の2枚は海外でもリリースされ、その名は世界で知られるようになった。ヨーロッパのプレスからは「新しい世代の新しいエレクトロニック・ミュージックの誕生」と絶賛を受けることに。『THE SOUND OF `70s』は航空会社「PAN AM」とのタイアップ作品であり、その高いコンセプト企画力にも注目が集まった。サウンド的にもソロ作ではテクノだけに留まることなく、ラウンジ〜ハウス〜ダウンビートetcを意欲的に製作。曲間、曲中に配されたSE、そしてセンスの光る音響処理、無機質で実験的でありながら、どこか洗練されイマジナリーなサウンドなど、サウンド・アートとも形容できる砂原良徳の世界がここで確立。また『Crossover』、『TAKE OFF AND LANDING』、『THE SOUND OF `70s』の3枚のアルバムは、飛行機/飛行場をテーマとした3部作になっており、楽曲/アルバム単位での評価はもちろんのこと、トータルコンセプトに長けたアーティストとしても認知されることに。

 電気グルーヴ脱退後としては初となるアルバム『LOVEBEAT』を、01年に発表。(タイトル曲「LOVEBEAT」のプロモショナルビデオが、 01年度文化庁メディア芸術祭デジタルアート[インタラクティブ]部門 審査委員会推薦作品に選出。製作はteevee graphics の小島淳二氏。)このアルバムでは彼の音楽に対する感覚はより冴え渡り、穏やかながらどこか挑発的、それでいてポップさと実験的な部分が同居−そんなアンビバレントな思いの世界を、彼は電子音を用い見事なまでに構築することに成功した。アルバムリリース翌年には幕張メッセで行われたクラブイベント、エレクトラグライドで初となるライブを披露。サウンドと映像をシンクロさせたそのパフォーマンスにより、約2万人の観客の度胆を抜いた。その日の共演者は、歴史的テクノアーティスト、クラフトワークなど。  プロデューサ−としても、約30万枚のヒットを記録したACO「悦びに咲く花」、01年に公開された映画「ピンポン」の主題歌となったスーパーカーのシングル「YUMEGIWA LAST BOY」、「BGM」などのプロデュースを担当。プロデューサーとしても高い評価を得ている。その他にも数多くのCM音楽を手掛けるなど、活動の幅を広げている。

 現在は来年発売予定の5枚目となるオリジナル・フル・アルバムのレコーディング中である。