ヴァン・モリソン・ライブ・レポート 詳細版
3月25日、ザ・フーのロジャー・ダルトリーが長年に亘って支援を続けているTeenage Cancer Trustの一環として行われたヴァン・モリソンの新作『デュエット:リワーキング・ザ・カタログ』の発売記念コンサートがロイヤル・アルバート・ホールが開催されました。アルバムで共演したクレア・ティール、PJプロビー、ジョージィ・フェイム、ミック・ハックネルがゲスト参加。素晴らしいライヴでした。
以下、音楽ライターの五十嵐 正氏によるライヴレポートです。
「ティーンエイジ・キャンサー・トラスト」は英国の10代の癌患者を支援する慈善団体。ザ・フーのロジャー・ダルトリーをはじめ、ロック界にも支援者が多い。その設立15周年を祝って、今週ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでは、ザ・フー、ポール・ウェラー、ノエル・ギャラガー、ステレオフォニックスら英ロック界を代表する面々による連続チャリティ・コンサートが行われている。その3日目に登場したのが、そんな大物たちの中でも、別格のヴァン・モリソンだ。
ヴァンはちょうど豪華なゲストと自分の隠れた名曲を再演した話題のニュー・アルバム「デュエッツ:リワーキング・ザ・カタログ」を発売したばかり。その新作に参加した中からの数人を「ヴェリー・スペシャル・ゲスト」に迎えての特別なイヴェントともなった。
コンサートはヴァンがサックスを吹くインスト曲で幕を開けた。3曲目で早くも最初のゲストが登場。女性ジャズ歌手クレア・ティールと新作から「キャリー・ア・トーチ」をデュエットする。共演相手が出てきたとたんにヴァンの歌声が迫力をぐんと増したのがおもしろい。2人が続いて歌ったのは、名盤「アストラル・ウィークス」からのジャジーな「ザ・ウェイ・ヤング・ラヴァーズ・ドゥ」という嬉しい選曲で、ここではキーボードのポール・モランがトランペットに持ち替えてソロを吹いた。
現在のヴァンのバンドは4リズムに女性歌手という小編成だが、モランがペットを吹き、主役が多くの曲でサックスを吹くので、2管のホーン入りにもなる。そしてギターもベースもエレクトリックとアコースティックの両方で達者な腕を披露。ジャズもブルーズもR&Bも楽々こなす実に巧いバンドである。
次はブルーズの時間。ゼム時代のレパートリーの「ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー」ではハーモニカも吹く。そしてロジャー・ダルトリーが呼び出される。ぶっつけ本番に近かったようだが、ロジャーが「俺たちは同じ時代に同じ種類の音楽を好んで育った」と話したように、ブルーズは彼らの共通言語だ。「トーク・イズ・チープ」を一緒に歌った。
3人目のゲストはP・J・プロビー。60年代の人気歌手に何が起きたのか、とヴァンがその名前を歌い込んだ曲を当の本人が歌った「ホワットエヴァ・ハプン・トゥ・P・J・プロビー」は新作の聴きもののひとつだが、今夜はその曲にPJが書いた返答歌が続く憎い構成だ。そして2人でサム・クックの「ブリング・イット・オン・ホーム・トゥ・ミー」も歌った。
90年代に長らくヴァンのバンドで番頭格を務めたジョージィ・フェイムはゲストというよりも、古巣への復帰という感じ。新作からの「ゲット・オン・ウィズ・ザ・ショウ」他3曲で歌とハモンド・オルガンを担当。バンドは軽やかにスウィングし、ヴァンのスキャットも飛び出した。そのノリそのままに、95年の人気曲「デイズ・ライク・ディス」もジャズぽく、ヴァンはメロディーをかなり崩して歌う。
今回はヴァンの幅広い音楽性のうち、ジャズとブルーズの側面が強く出ていたが、最後のゲスト、シンプリー・レッドのミック・ハックネルがその雰囲気を変える。新作で彼が歌った「ストリート・オブ・アークロー」は74年の名作「ヴィードン・フリース」から。ヴァンがアイリッシュのルーツを見つめ始めたアルバムである。それにしても、あのハックネルも大先輩の前では控え目だ。そんな彼を曲の終盤でヴァンがギターで煽り続けた。
終盤にかかり、たくさんのジャズ歌手にも取り上げられてきた「ムーンダンス」はいつも以上にメロディーをフェイクして歌われ、バンド全員のソロも。67年のヒット「ブラウン・アイド・ガール」には驚いたが、これも編曲を大きく変えていた。あくまで今の解釈で歌うところが、ヴァンである。
締めくくりは「ムーンダンス」からの名曲「イントゥ・ザ・ミスティック」。ゆっくりとしたテンポで歌われたが、後半はお得意のフレーズの繰り返しや唸り声など、これぞヴァン節という即興になり、ハンドマイクに持ち替え、「これを切り抜けるんだ。心配するな、ベイビー」といったフレーズを繰り返しながら、ゆっくり舞台下手に消えていった。
アンコールは、86年の「ノー・グル、ノー・メソッド、ノー・ティーチャー」からの「イン・ザ・ガーデン」。ここでもアルバム表題となったフレーズをはじめ、執拗な繰り返しのヴァン節全開で、否応なしにも彼の世界に引き込まれていく。彼は再び歌いながら舞台から去り、コンサートは終演となった。
その歌唱のパワーはほとんど衰えを感じさせないし、サックス、ギター、ハーモニカを次々持ち替え、バンドをぐいぐい引っ張っていくミュージシャン、バンドリーダーとしての能力も健在だ。8月に70歳になるヴァン・モリソンだが、これからもまだ活躍が期待できる。そのことを確信した素晴らしいコンサートだった。
[セットリスト]
1. Celtic Swing
2. Higher Than The World
3. Carrying A Torch (with Clare Teal)
4. The Way Young Lovers Do (with Clare Teal)
5. Baby Please Don’t Go ~ Don’t Start Crying Now
6. Talk Is Cheap (with Roger Daltrey)
7. Whatever Happend To PJ Proby (with PJ Proby)
8. P.J. Proby Calling Van Morrison (by PJ Proby)
9. Bring It On Home To Me (with PJ Proby)
10. Precious Time
11. Get On With The Show (with Georgie Fame)
12. The New Symphony Sid (with Goergie Fame)
13. Centerpiece ~ Corrina Corrina (with Georgie Fame)
14. Days Like This
15. Streets Of Arklow (with Mick Hicknail)
16. Moondance
17. Magic Time
18. Brown Eyed Girl
19. Into The Mystic
***
20. In The Garden
David Keary (Guitar)
Paul Moore (Bass)
Paul Moran (Keyboards & Trumpet)
Robby Ruggiero (Drums)
Dana Masters (Vocals)
【商品情報】
『デュエッツ:リワーキング・ザ・カタログ』
2015年3月25日発売(日本盤書下ろし解説、歌詞、対訳付)
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【海外で絶賛のレビュー】
・最も夢のようなハイライトは、ヴァンがミック・ハックネルと組むときに訪れる。(ローリング・ストーン誌)
・ドン・ウォズとボブ・ロックが本人と共にプロデュースを手がけた『デュエッツ』は、彼の特異な才能にあまり馴染みのないリスナーにとっても理解しやすい作品となるだろう(USA TODAY)
・ファンをオリジナル盤に立ち戻らせそうな曲もある。…聴きどころはたっぷりある。そしてモリソンの印象的なアーカイヴにも、さらにたっぷりの名曲が隠れていることだろう。(AP通信)
・ヴァン・モリソンは戦後のポップ・ミュージック時代において、最も崇拝されるシンガー・ソングライターの一人である。(ロサンゼルス・タイムズ紙)
・この北アイルランド人の声は相変わらず豊かである。(ニューヨーク・ポスト紙)
・彼のシンガーとしての才覚は、並外れて豊かな精神生活と、精神世界との類稀なつながりの両方を表現することのできる能力にある。(NYデイリー・ニュース紙)
・ヴァンは燃えている。その激しさと確固たるエネルギーは、彼のたくましいコラボレーション相手たちにインスピレーションを与えているのだ…喜びに満ちた作品である。(MOJO)
【共演者について】
●ボビー・ウーマック:アメリカを代表するソウル・シンガー。2009年にはロックの殿堂入りも果たしている。昨年6月27日に死去。
●メイヴィス・ステイプルズ:ステイプルズ・シンガーズの元メンバーで、R&Bやソウル歌手として不動の人気と実力を誇る女性シンガー。
●ジョージ・ベンソン:10度のグラミー賞に輝き、「マスカレード」「ギヴ・ミー・ザ・ナイト」等のメガ・ヒットで知られるジャズ・フュージョン界のスーパー・スター。
●ジョス・ストーン:イギリス出身の女性R&Bシンガー・ソングライター。若干16歳でリリースしたデビュー・アルバムが全世界で大ヒット。
●P.J.プロビー:38年、米国テキサス州生まれのロックンロール・シンガー・ソングライター。ビートルズのマネージャーとして知られるブライアン・エプスタインに見出され、UKで多くのヒット曲を放つ。
●クレア・ティール:イギリス出身のイージーリスニング系の女性ジャズ歌手。2004年のアルバム『Don’t Talk』はUKジャズ部門で1位を獲得。
●グレゴリー・ポーター:ソウルフルな歌声、スケールの大きなパフォーマンスで男性ヴォーカル界を牽引するアメリカ出身の人気シンガー。2014年にはグラミー賞を受賞。
●ミック・ハックネル:イギリスを代表するグループ、シンプリー・レッドのヴォーカルとして活躍。2010年の解散以降はソロをして活動を続けている。
●ナタリー・コール:アメリカ出身の女性シンガー・ソングライター。父ナット・キング・コールのカヴァー集『アンフォーゲッタブル』でグラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞。
●ジョージィ・フェイム:ハモンドB3を弾きながら軽やかに歌い上げるスタイルで60年代にはヒットチャートを賑わせたイギリス出身のアーティスト。80~90年代にはヴァン・モリソン・バンドの一員としても活動。
●シャナ・ モリソン:ヴァン・モリソンの実娘(前妻のジャネット・プラネットとの間に生まれた)。94年からシンガー・ソングライターとして活動を始め、現在もアメリカで活躍中。
●スティーヴ・ウィンウッド:トラフィックやブラインド・フェイスなどで活動後、70年代後半からはソロ・アーティストとして活躍を続けるイギリスを代表するミュージシャン。
●クリス・ファーロウ:ジャズ・ロック・バンド、コロシアムでの活動、ジミー・ペイジとの共演でも知られるイギリスを代表するベテラン・ブルー・アイド・ソウル・シンガー。
●マーク・ノップラー:ダイアー・ストレイツで活動後、80年代後半からはソロ・アーティストとして活躍を続けるイギリスを代表するミュージシャン。
●マイケル・ブーブレ:2003年にデビュー・アルバムが全世界で大ヒット。これまでにグラミー賞8度、ノミネート3度の受賞、全世界で4200万枚以上のアルバム・セールスを記録しているスーパー・スター。
●タジ・マハール:ブルース、R&B、レゲエ、ケイジャン、ゴスペル、ブルーグラス、ハワイ、カリブ、アフリカの伝統音楽など多様な音楽を盛り込んだ独自の世界観を展開するNY出身のベテラン・アーティスト。
【ヴァン・モリスンについて】
今年70歳を迎える北アイルランド出身のシンガー・ソングライターの重鎮中の重鎮。未だに来日公演が実現していない数少ないビッグ・アーティストのひとり。1963年、ゼムのメンバーとしてデビュー。そのソウルフルなヴォーカルが注目を浴び、名曲「グローリア」をヒットさせるなど、人気を獲得。1966年にゼムを脱退し、ソロに転向。1968年『アストラル・ウィークス』、1970年『ムーンダンス』、1971年『テュペロ・ハニー』と精力的に作品を発表。以降も数々の名盤を世に送り出している。これまでにグラミー賞を6回、ブリット・アワードを1回、OBE(大英帝国勲位)、アイヴァー・ノヴェロ賞など数々の賞や栄誉を授与され、1993年にはロックンロールの殿堂入りを果たしている。また、クイーンズ大学ベルファストとアルスター大学の名誉博士号を持ち、フランスの芸術文化勲章受章者の仲間入りも果たしており、それらすべてがヴァンの音楽的芸術が世界に認められていることを物語っている。ヴァン・モリソンの音楽の幅の広さは、これまでにジョン・リー・フッカー、レイ・チャールズ、ロニー・ドネガン、モーズ・アリソン、トム・ジョーンズ、チーフタンズをはじめ様々なアーティストとのコラボレーションによって裏付けられている。その洞察力の深いソングライティングや様々なジャンルへの精通ぶりは、ルーツであるブルース、ジャズ、スキッフル、カントリーをたたえ再探索する数々の作品の中で今も輝いている。音楽史上最も崇拝されたカタログを擁する彼は作曲家、シンガー、パフォーマーとして比類なき才能の持ち主である。