現代ではGラヴ&スペシャル・ソースで知られる伝統あるOkehレーベルの大御所であるジェイの本名はJalacy J. Hawkins。



1929年7月18日オハイオ州クリーヴランド生まれ。



幼少期からピアノに興味を持つようになり、演奏だけでなく作詞作曲も始めた。しかしなぜか14歳の時にボクシングを始める。



翌年ハイスクールを退学し入隊し、第2次世界大戦へ。軍隊でテナー・サックスを演奏するようになり、米軍慰問として日本を訪れたこともある。



3年後空軍へ移籍した後もボクシングは続け、1949年、アラスカのミドル級チャンピオンを獲得した。



51年からジャズ・ギタリストのタイニー・グリムズの元でミュージシャンとして活動をスタート。しばらくアトランティック・シティのクラブに蛍光オレンジ、ピンク、ブルーの衣装でど派手なソロ・パフォーマンスを披露し、話題となる。



1955年米コロンビア傘下のOkehと契約。「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー(直訳:呪ってやる)」をタイトルにふさわしいものとするため、バーベキュー・リブとチキン、スイートポテト・パイにワイン、ビール、ウイスキーを総動員して再録音。あまりの下品さに発売当初はラジオで放送禁止となってしまったため、再編集したヴァージョンと差し替えられた。これがアメリカ全土で火がつき、大ヒットとなった。彼のステージ・パフォーマンスは、なんと棺おけの中からタバコをくわえた頭蓋骨の刺さったステッキを手に黒マントで登場し、叫ぶ、歌う、火を吹くという奇抜な演出で知られた。



58年ファースト・アルバムAt Home With Screamin' Jay Hawkinsをリリース。



62年までの間にはなんらかの罪で22ヶ間投獄されたこともあるらしい。現在発売されている『カウ・フィンガーズ・アンド・モスキート・パイ』は、このファースト・アルバムとOkeh時代のシングル、アウトテイクから構成された編集盤だが、その突飛なアートワークが彼のキャラクターを十二分に表現している。



60年代に入ると他の50年代ミュージシャン同様、ジェイも苦難の時代を迎えるが、84年ジム・ジャームッシュ監督の映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』のテーマ曲に「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」が起用され、世界の若年層にも認知が広まることとなった。



89年には同じくジム・ジャームッシュ監督、工藤夕貴/永瀬正敏主演映画『ミステリー・トレイン』にホテルの受付役で自ら出演、97年(日本公開99年)スペイン=メキシコ合作映画『ペルディータ』には怪しいウィッチ・ドクター役で出演、2000年日本公開映画『パリの確率』にも出演、主題歌Maybeを歌うなど、映画界で大活躍。



2000年2月12日パリ郊外の病院にて腸閉塞のため逝去。



今回サントリー缶コーヒーボス・深煎り<銀BOSS>のCMに起用された「フレンジー」は57年レコーディング。