【真の“アーティスト”偉才変態フィンリー・クエイ】


フィンリー・クエイ=カリズマ、父親、洗礼、多面的、先鋭的、革新的、唯一無二。その音楽性は、レゲエ/ダブ、スカ、ファンク、ソウル、ロック、アフリカ音楽などのエッセンスを完全に消化したホンモノの“ミクスチャー”フィンリー・サウンドである。彼ほど、その魅力を伝えるのが困難な人物・アーティストはそういない。それは決して一概には語ることができない、不思議な不思議なオーラを放つ希有なアーティストなのである。以下に簡略的なバイオとフィンリー本人の発言をまとめてみた。そしてその音楽性に触れてみて、あなたが自身の感覚でフィンリーの魅力/ヴァイブを感じ取っていただけたら幸いである。
★1974年イギリス、エディンバラ生まれ


★海賊放送FM局の運営・DJ/アイダル・シッパ・レーベル運営


★トリッキーの遠戚(かつてトリッキーの叔父であると本人は信じていたが真偽は不明)


★1997年、アルバム“MAVERICK A STRIKE”全英チャート3位デビュー


★DAZED & CONFUSED誌で表紙を飾る


★1998年、ブリット・アウォード最優秀男性アーティスト受賞


★HIGH TIMES誌ガンジャ・スモーカー(stoner)・オヴ・ザ・イヤー受賞


★2000年、セカンド・アルバム“VANGUARD”リリース


★ジェイムズ・ブラウン、ブラック・サバス、ビートルズなどをまじカヴァー


★THE FACE誌の表紙を飾る


★THE FADER誌の表紙を飾る(裏表紙はSADE)


★「フィンリーする」=一部イギリス音楽業界で流行った「キャンセルする」「トバす」のスラング


★コラボレートした著名アーティスト


*トリッキー&イギー・ポップ (曲は公表されていないが一緒にラップをやったらしい!)
*テクノ/ダンス・シーンの重要人物ガイ・コールド・ジェラルド


*808ステイトのグラハム・マセイ 


*ウィリアム・オービット&ベス・オートン   などなど








【フィンリー発言集 (前作「ヴァンガード」リリース時インタビューより抜粋)】



―――――Select誌インタビューより―――――


「俺は精神科医に診て貰う必要がある」


「誰が本当にクリエイティヴなのかを知っているのは俺だけという事実には耐えられないんだよ」


「俺の仕事はコミュニケートすること、俺の職業は表現すること、そしてアーティスティックになることさ」


「俺はレコード会社の思惑で新しい奴らと一緒に仕事をする気はないんだ」


「みんな言ってたもんさ、お前は変わっちゃいけないって。何も変えちゃいけない。音楽をやるために生まれてきたようなもんだ、お前は表舞台にいるべきなんだよってね」


98年に2子目が生まれたことについて「たぶん俺には荷が重すぎた。当時は俺の口から出る言葉は全く誰にも信じちゃもらえないって感じてたから。その当時のパートナー、俺の弁護士、会計士、誰にもね。だからそりゃ孤独で最悪の時期だったよ。誰も自分を理解してくれず、同情もしてもらえないんだから」


「特に自分の精神面についてのこの国での必要以上の非難、自分のキャリアの不安定さ、自分の子供の母親達と自分との関係における不安定さが父と過ごす時間を少なくしていたんだ」


雑誌のインタビュアーにプライベートなことを質問されて激怒して「あんたが俺の立場なら、もし俺の立場に立ってみるようなことがあれば、(激怒する理由が)あんたにも分かるよ」





―――――Riddim誌FAXインタビューより―――――


「自分はどこにも位置していないと思う。音楽を作っているだけ」


「メッセージは一つではないよ。一曲一曲が違うんだ。行間まで読みとってほしいね。そこに全て書かれているから」


「俺のメッセージは俺の言っていることに耳を傾けられる人すべてに向けられている」





―――――Remix誌FAXインタビューより―――――


「俺の音楽を理解しようとするなら、とにかく聴いてくれ。もろ、聴いたまんまだから。とてもダイレクトだよ。音楽自信が語ってるよ」


「自分がハッピーじゃないとレコーディングはできないんだ。常にポジティヴさがネガティヴさに打ち勝っている。ブルーなときはレコーディングもはかどらないよ」


「音楽にとって一番必要なものは真実だね」