ビリー・ジョエル@マジソン・スクエア・ガーデン・ライヴ・レポート by 阿久津知宏(2018/4/13)
2018年4月13日に行われたビリー・ジョエルのマジソン・スクエア・ガーデン(以下、MSG)公演を撮影する為にNYへ行って来た。
久しぶりのMSGはセキュリティー面のハードルが格段に上がっていて、初っ端から驚かされる事となった。 私がビリーを撮影し始めた1995年頃は、係員に名前を言ってカメラを見せればバックステージの扉を開けてくれるような感じだったが、今回は事前に名前や住所、生年月日、所属先を会場側に登録して、写真付きのIDと照合してからのパス発行。8Ave.&West 33rd St.に面した関係者入口を入ると、荷物検査、金属探知機を通り抜けてエレベーター前でのパス確認。バックステージ・フロアに着くとまたパス確認でやっと中に入れるといった厳重さだ。
スタッフルームまでの長い廊下を歩いている間、私の頭の中には多少の不安があった。 「前回の撮影から少し時間が空いてしまったけど、スタッフは憶えてくれているかな?」などと考えていたのだが、部屋に入るとその不安は一瞬で消え去った。「Hey Tomo! What’s up? Where have you been?(トモ、調子はどうだい?どうしていたんだよ?)」と声が掛かり、いつものアットホームな雰囲気で迎え入れられた。
一通りの挨拶を終え、控室でカメラの準備などしていると、バンド・メンバーはいつものように15時半を少し過ぎた辺りでサウンド・チェックを開始。 そして、16時になるとビリーがステージへと上がって行った。バンドと合流したビリーは、メンバーとハグしたり、軽い立ち話を終えると直ぐにピアノに向かい指慣らしを始めた。 近年、ビリーの指慣らしはショパンなどのクラシックでスタートすることが多いのだが、この日はなんとディズニー映画から始まった。「アナと雪の女王」と「リトル・マーメイド」の曲を歌と踊り付きで陽気に演奏すると、開場準備に追われるMSGのスタッフから拍手と指笛が沸きあがった。 いつに無く、軽快なノリと楽曲のチョイスは、昨年、3人目の娘が誕生した影響なのかも知れない。
(上機嫌でディズニーを演奏する)
(それを見て大ウケのD.ローゼンタール)
その後、ビリーの周りにメンバーが集まり「今月のレア曲」(今まで、あまりライヴで演奏されたことの無い楽曲)についての相談が始まった。 今回で51回を数えるMSGでの公演だが、何度も足を運んでくれる観客がいつも新鮮な気持ちで楽しめるようにと、毎回、何らかのレア曲をセット・リストに入れるようにしている。
(ビリーを中心にセットリストを相談する)
キーボードのD.ローゼンタールが「ニューヨーク52番街からの選曲でどう?」と提案すると、ビリーも「Stilleto(恋の切れ味)辺りかな?」と呼応したが、ビリーはすぐに「Half A Mile Away(自由への半マイル)」をやってみようと言い出した。この曲は、アルバム後半に入っているアップテンポの曲なのだが、「オネスティ」や「マイ・ライフ」が収録されている名盤「ニューヨーク52番街」の中にあっては、割と地味な曲と言えるのかも知れない。しかし、ライヴでの存在感は全くの別物だった。とてもパワフルでビート感が有り、いわゆる「ライヴで映える曲」と言うヤツだ。 私はドラムの斜め後方に陣取っていたが、C.バーギーのバスドラのインパクトに体を激しく揺さぶられながら、必死にカメラを構えていた。 素人の私からすれば演奏は完璧に思えたのだが、演奏を終えたビリーは「う~ん、コレはもうちょっと煮詰めてからにしよう」と言い、あっさりと引っ込めてしまった。なんとも残念!!
そして、次にビリーが提案したのは、意外にも「Until The Night(夜のとばり)」だった。 この曲は、同アルバムの中では最長の6分36秒もの大作で、近年では、余程大きなライヴでも無い限りなかなか演奏されない曲の1つだ。リハーサルでの演奏は1回でバッチリと決まり、ピースがキチンとはまったことで、残りのセット・リストも順次スムーズに決まって行った。
ちなみに、この日は、上記以外にも「ニューヨーク52番街」、「レイナ」、「愛の面影(セテトワ)」などかなり珍しい曲が演奏されていたので、今後のMSGへの期待は膨らむばかりだ。
サウンド・チェックは約1時間20分程度で順調に終わり、17時半からは、バンドやスタッフがケータリングで夕食の時間となる。この日のメニューは、ローストビーフを中心に、ローストチキン、ポテトグラタンや野菜の炭火焼きなど盛り沢山。地方でのライヴだとあまり味に期待することは出来ないのだが、さすがにMSGとなるとケータリングも一味違って洗練されていた。
19時になるとMSGの開場時間となり、バック・ステージは急にバタバタし始める。それまで静まり返っていた客席フロアにはオールディーズのBGMが流れ、次々に入ってくる観客の期待に満ちたざわめきはステージの後ろにも届いて来る。 この日の本番は20時15分からの予定。 20時ちょうどになると、スタッフにはスタンバイの無線が飛び交う。20時10分、バンドメンバーがステージ裏に集まる。そして会場には、開演を知らせるBGM(映画”The Natural”より”The End Title”)が流れ始める。20時15分、会場は暗転と同時に割れんばかりの声援に包まれる。
(1曲目のムーヴィン・アウト)
いよいよ本番のステージがスタート。
ステージ上がライトアップされると直ぐにビリーがカウントを入れ、1曲目の「ムーヴィン・アウト」へ。 2曲目は初期の作品「エンターティナー」と続き、ここで最初のMCが入る。 ライヴが行われた日は、キリスト教文化圏の人が忌み嫌う「13日の金曜日」だったことも有り、ビリーは観客に「迷信を信じて家に引き籠るより、こうしてライヴに来た方が楽しいだろ?」と呼びかけ、スティービー・ワンダーの「迷信」を演奏し始めた。 すぐにバンドもバック・アップし始めて、ビリーはスティービーの声色でかなり本物に近い演奏を聴かせてくれた。勿論、会場は大ウケで、大きな声援が飛んでいた。
ビリーはライヴの途中、このようなアドリブを何度も入れるのだが、いつも感心するのは、ビリーバンドのメンバーが突然に始まるビリーのどんな振りにもちゃんとついて行くことだ。 勿論、これらの曲はサウンド・チェックの時には出ていないし、事前にビリーから提案している訳でもない。 あくまでもビリーの気分次第だ。 この日も、「迷信」以外にもジミ・ヘンドリックスの”Voodoo Child”やBooker T. & The MG’sの”Born Under a Bad Sign”、レッド・ツェッペリンの”Fool In The Rain”、”Rock And Roll”などハード目な挿入が行われていたが、バンドのフォローは相変わらず完璧だった。
また、MSG公演の1つの名物コーナー(?)となっているのが、”People’s choice”と言うものだ。ビリーがお客さんに「○○って曲と××って曲はどちらが聴きたい?」と問いかけて、拍手の多い方を演奏する。 この辺が実にアナログ的なのだが、ビリーファンからするとこのアットホームな感じが堪らなく良いのだ。 この日は、いつもより選択する曲が若干多かった。
注)太字が選択された曲
3曲目 ウィーン / 素顔のままで
4曲目 ザンジバル / Stilleto(恋の切れ味)
5曲目 エヴリバディ・ラヴズ・ユー・ナウ / シーズ・ゴット・ア・ウェイ
7曲目 イノセント・マン / ロンゲスト・タイム
8曲目 マイアミ2017 / 夏、ハイランドフォールズにて / さよならハリウッド
(シーズ・ゴット・ア・ウェイの間奏で天を仰ぎみる)
日本人の感覚からすると「えっ! 何故、そちらを選ぶの?」って選択もあるのだが、国や地域によって支持される曲が違うのも一興だ。
ビリーの場合、あまりにヒット曲が多過ぎるので、ヒットした曲ばかりを選んで行くと、どうしてもベストアルバムのようなライヴになってしまう。その部分は、ビリー自身も凄く気を使っているところで、選曲は一般的なファンもマニアックなファンも十分に楽しめるよう考えられている。今回も、前述の「Until The Night(夜のとばり)」以外にも、「Stop In Nevada(ネバダ・コネクション)」や「Sleeping With Television On(チャンスに賭けろ)」などマニア心がくすぐられる曲が散りばめられた25曲だった。
(夜のとばりは、今の声にこそピッタリ来るものを感じる)
2014年の1月に、ビリーとMSGは毎月1回の公演を行うことで合意した。
そのフランチャイズ公演が、早くも今回で51回目。 そして、今年の7月18日にはビリーが初めてMSGでライヴを行ってから通算で100回目の節目を迎える。 若い頃のビリーのライヴには、一瞬で火が点きそうな揮発性の高い緊張感のようなものがあった。しかし、そのビリーも今年で69歳。決してパワーが落ちたとは思わないが、最近はビリーもファンも随分と丸くなったような気がする。ビリーがピアノを弾き損じたり、歌詞を飛ばしてしまってもお互いに「まっ、イイんじゃない?」と笑いあえるだけの余裕が巨大な会場を温かい雰囲気にしている。 当たり前のことだが、今のビリーは今しか観られ無いので「いつかはMSGでビリーを観たい」と思っている人には早目の行動をお勧めしておく。 (文・写真:阿久津知宏)
(全ての演奏を終えてファンの声援に応えるビリー)
MSG #51 April 13. 2018
1 Movin’ Out
2 The Entertainer
3 Vienna
4 Zanzibar
5 She’s Got A Way
6 Big Man On Mulberry Street
7 The Longest Time
8 Miami 2017
9 Allentown
10 Stop In Nevada
11 New York State Of Mind
12 Sleeping With The Television On
13 Don’t Ask Me Why
14 Until The Night
15 My Life
16 She’s Always A Woman
17 The River Of Dreams
18 Nessun Dorma (feat. Mike DelGuidice)
19 Scenes From An Italian Restaurant
20 Piano Man
21 We Didn’t Start The Fire
22 Uptown Girl
23 It’s Still Rock And Roll To Me
24 Big Shot
25 You May Be Right
(ザンジバルのソロを奏でるC.フィッシャー)
(アレンタウンのライティングは工場のイメージで)
(ニューヨークへの想いのサックス・ソロを奏でるM.リベラ)
(チャンスに賭けろのイントロでは、巨大なアメリカ国旗が)
(ピアノ・マンの前に12th Street Ragを演奏してドヤ顔のビリー)
(アンコール時には、ライターの代わりにスマホで灯りをともす)
(ハートにファイアではギターに持ち替えて)
(アップタウン・ガールでは、MSG全体が踊り出す)
(ロックンロールが最高さでは、お得意のマイク・パフォーマンス)
(ガラスのニューヨークで踊りまくるC.タリフェロ)
【阿久津知宏(あくつともひろ)】
写真家。仕事の多くが著名人の撮影で、雑誌や広告、ライヴ・ステージなどが全体の7割を占める。95年より今日に至るまで、ビリー・ジョエルのコンサート写真を撮影し続けており、ツアー・プログラムやCDジャケットの他、アメリカの音楽専門誌の表紙を飾っている。