2020.05.01
遂に7年ぶりとなるニュー・アルバム『ザ・ニューアブノーマル』の発売を迎えたザ・ストロークス。
2001年の衝撃的なデビューアルバム『イズ・ディス・イット』から来年で20年という、記念すべきアニバーサリー・イヤーを迎えるにあたり、本サイトでは音楽ライターの粉川しの氏とザ・ストロークスの初代の日本での担当ディレクターK氏の二人による特別寄稿「超貴重裏話で振り返るザ・ストロークス20年史」を公開。
粉川しの氏による鋭い洞察力に満ちた考察に加え、ディレクターK氏によるデビュー時の苦労話や当時の貴重写真など、ファン必見の内容となっている。
以下全文。
ザ・ストロークス待望のニュー・アルバム、『ニュー・アブノーマル』がついにリリースされる。前作『カムダウン・マシン』から実に7年ぶりの帰還となる本作は、その長きにわたった空白期間を埋めて余りある傑作だ。ストロークスをずっと追い続けてきたファンは、彼らの全盛期を彷彿させる全てが「ジャスト」なロックンロールの復活に胸が熱くなるだろうし、ストロークスをレジェンドとして捉えていた若いファンにとっては、モダン・ロックの最前線に戻ってきた彼らの姿が新鮮に映るはずだ。「2020年代が始まる。2010年代は休んでいた俺たちだけど、こうして戻ってきたんだ」とジュリアン・カサブランカスが昨年の大晦日に宣言したように、『ニュー・アブノーマル』は2020年代の幕開けと共にカムバックを果たしたストロークスの再生の一作でもある。
本作を再生と呼ぶからには、以前の彼らには挫折もあったということだ。そして挫折を味わう前には無邪気な日々と輝かしい栄光があった。ここではそんなストロークスの約20年にわたる歴史をあらためて振り返ってみることにしよう。
2001年『イズ・ディス・イット』
1998年にNYで結成されたストロークスのデビュー・アルバム『イズ・ディス・イット』がリリースされたのは2001年。彼らは以降のロックンロールを決定的に変えてしまったこのデビュー・アルバムと共に、いきなり伝説になったバンドだった。当時、ストロークスや同時期に登場したホワイト・ストライプスは「ガレージ・リヴァイヴァル」を牽引するバンドとしてカテゴライズされていたが、今改めて『イズ・ディス・イット』を聴くと、このアルバムはリヴァイヴァルの産物ではなく、むしろロックンロールのリセット、初期化の一撃だったということが理解できるだろう。
ヘヴィ・ロックやラップ・メタルといった90年代末のロック・トレンドのマンネリと肥大化を断ち切るナイフのように鋭く大胆なストロークと共に、重く鈍したギター・ミュージックの贅肉を削ぎ落とし、ロックンロールの原初の骨組みを剥き出しにした『イズ・ディス・イット』は、ミニマルなモダン・アートのようなアルバムでもあった。2001年代以降のロックンロールはこの『イズ・ディス・イット』のブレイクスルーによって身軽になり、本作の骨格をベースに自由に肉付けをしていく新世代のロックンロール・バンドたちが後に続いた。
極端にラフでミニマルな『イズ・ディス・イット』は、その素っ気なさとは裏腹にこれ以上削ることも足すことも不可能と確信させる完璧なフォルムを持つ美しいアルバムでもあって、その奇跡のフォルムを生み出した5人のメンバー、ジュリアン・カサブランカス(Vo)、ニック・ヴァレンシ(G)、アルバート・ハモンドJr,(G)、ニコライ・フレイチュア(B)、そしてファブリツイオ・モレッティ(Dr)がバンドを組んだこと自体も奇跡だった。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやアンディ・ウォーホルの時代のNYの色気や危うさが立ち上ってくる彼らの佇まいは、ロックンロール・バンドの夢と理想を体現していて、彼らの登場によって、ロック・バンドを組むことは再びクールなユース・カルチャーとして返り咲いたのだ。
ルー・リードとも比較されるニヒルな歌声の中にナイーヴな焦燥を秘めた稀有のシンガー&詩人であり、ベロベロに酔ってステージでぶっ倒れる刹那や弱さも含めてロックンロールの化身だったジュリアン。往年のギター・ヒーローのようにカリスマティックなプレイで魅せるニック(ギターはローポジ)と、センスの塊のリフを次々に生み出していくアル(ギターはハイポジ)という鮮やかな対比をなすふたりのギタリスト。寡黙なベーシストらしいベーシストであり、幼馴染としてジュリアンのライナスの毛布でもあったニコライ。そして必要絶対条件だけで組み立てられたドラムワーク同様に素直で朗らか、5人の潤滑剤にしてムードメイカーだったファブーー誰か一人でも欠けたらストロークスは誕生しなかっただろうし、ビートルズが「ファブ・フォー」と呼ばれたように、ストロークスは間違いなく「ファブ・ファイヴ」と呼ぶべきバンドだった。
2001年のサマーソニックにオープニング・アクトとして朝一番のステージが用意されていたものの、メンバーの病気ということで当日キャンセル。。。当時レーベル担当はすでに大阪会場入り。来日時に取材予定だったROCKIN ON誌の担当氏は取材・撮影のロケハン中の幕張で一報を聞いたのでした。とりあえず最初の電話は、「とりあえずメンバーは日本行きの飛行機に乗ってない」。と。
現時点で最初で最後のJAPAN TOURが実現したのは2002年。プラチナ・チケットとなった東京公演の会場が急遽大きな会場に変更されたり、かなり異例の公演&熱気でした。名古屋公演でHappy Birthdayを歌ってくれたのと、バンドの登場SEがシンディ・ローパーの「ハイスクールはダンステリア」、マイケル・ジャクソンの「ビリージーン」が爆音で流れたのが印象的でした。
2003年『ルーム・オン・ファイア』
2003年リリースのセカンド・アルバム『ルーム・オン・ファイア』は、『イズ・ディス・イット』に勝るとも劣らない傑作だが、極端にシンプルだった前作から一転、本作ではジュリアンのソングライティングの深みとバラエティを体感できる一作となった。喩えるなら、『イズ・ディス・イット』がモノクロのシャープなドキュメンタリー写真のようなアルバムだったのに対し、『ルーム・オン・ファイア』はカラフルなポップ・アートのようなアルバムに仕上がっているのだ。それはアナログ・シンセを思わせるエフェクトをかけたギターがチャーミングな“12:51”や、多様なギター・リフが一曲の中で精緻に編み上げられていく“Reptilia”のようなナンバーにも明らかだろう。当初はレディオヘッドとの仕事で知られるナイジェル・ゴドリッチをプロデューサーに迎えた同作だったが、ジュリアンとゴドリッチが主導権を巡って対立して決裂、結局前作から引き続きゴードン・ラファエルがプロデュースを担当している。このエピソードからも、ストロークス史上最もポップでユニークな本作の原動力となったジュリアンの細部へのこだわり、コントロール・フリークぶりが伺えるのではないか。
ハードルが上がりまくった2ndアルバム”Room On Fire”の制作も佳境の中、Summer Sonicに来日。ジュリアンは1ヶ月くらい着たままのTシャツにガムテープで補強されたサンダルという姿で来日。ひょっとしてこれがCoolなのかもしれないと思いましたが、単に制作に追われていただけだったようです。日本では時間があったので、原宿のお気に入りのお店で買い物などを楽しみつつ、いくつかの取材をこなしておりました。当時宿泊していたホテルオークラのファブの部屋で新作”Room On Fire”を聴こうという話になり、ファブのiPod(だったはず)をTVに繋げて聞き始めたものの、三曲目くらいで「音が悪いなー、こんなんじゃないんだよ」ということで中止。音なんかどうでも良いから全部聴かせろよ、と思った記憶があります。原宿で手に入れたゴーストバスターズのTシャツが話題に。ちなみに出国の際に空港で、なぜかジュリアンの1ヶ月以上着たままのTシャツを、私が着ていたポーグスのTシャルと交換することに。交換したTシャツはそのままビニール袋に入れて封をして、即洗濯しました。
2006年『ファースト・インプレッションズ・オン・アース』
しかしその後、コントロール・フリークなジュリアンとその他のメンバーの間に徐々に亀裂が生じ始める。ジュリアンの「独裁」とも囁かれる中で5人の五角形のバランスは崩れていき、それがサウンドとして初めて露わになったのがサード・アルバム『ファースト・インプレッションズ・オン・アース』(2006)だった。とりわけニックとアルのフラストレーションがノイジー&ラウドなギターに乗り移っている “Juicebox”を筆頭に、5人のかつての求心力がここでは遠心力にとって代わり、バラバラに飛散していくような混沌が感じられるアルバムなのだ。同時にメンバー間でドラッグや飲酒の問題も浮上し、ストロークスは危機的状況に追い込まれていくことになった。
実はこの3作目くらいからインタビューなどをきちんと受けるようになった印象なんです。確かジュリアンは酒やタバコをやめる一方、アルバートはハマってしまい、、、と各メンバーの個性が出てきた時期かもしれません。初来日の時はニックは19歳でしたから、ちょうど大人になってきた時期というか。子供時代からの関係性から大人としての関係性をどう結ぶのか、という時期だったのでしょうか。でも急に海外のTV番組でIDをやったりしてたのは、どうかなと思いました。「カメラに向かって、Hi Japan〜とかダサすぎるでしょ。絶対やらねぇから!」って言ってたのに。
そういう意味でも、『ファースト・インプレッションズ・オン・アース』後の彼らが5年にも及ぶ事実上の活動休止期間を必要としたのは必然だったのかもしれない。この期間にはジュリアンを皮切りにアル、ニコライ、ファブがそれぞれのソロ・プロジェクトを始動させたことは、彼ら個々の問題を解決する上でも大きなモチベーションになったはずだ。ちなみに後にザ・ヴォイズへと発展していくジュリアンのソロにはストロークスでは発揮しきれなかった持ち味、シンセを多用したフリーキーでアヴァンギャルドなポップの新境地に達していて、それは『ニュー・アブノーマル』の“At The Door”の例を上げるまでもなく、以降のストロークスのサウンドにも大きな影響を与えることになった。
私はこの時期のThe Strokes本体には実は縁がなく、ソロの方でメンバーとやりとりしておりました。アルバート、ニコライのソロはとても良かったんです。キャラクターに合ってたし、ストロークスでいるためにミュージシャンとしての自分を確立する作業かな?といった感覚でした。ニックはストロークスとして自信があったりもしたのか、あまり自分を証明する必要性を感じてなかったのかもしれないですね。結局バンドはやりますが。ジュリアンはソロもバンドもある意味同じなのかな。それぞれがTHE STROKESであることを証明していた時期、と前向きに考えると良いかもです。
2011年『アングルズ』
こうしてバンドの危機を乗り越えた彼らが5年ぶりにリリースした4作目『アングルズ』は、ストロークスが初めて5人全員で曲作りを行ったアルバムだ。例えば先行シングルの“Under Cover of Darkness”にはジュリアンに加え、ニック、アル、ファブの名前がクレジットされている。ただしそのプロセスは変則的で、なんとジュリアンのボーカルと4人のバンド・アンサンブルを別々にレコーディングしている。別々に録りながらもバンドとしての阿吽の呼吸を取り戻せているのはの驚きだが、それだけ5人の関係の修復は探り探りで進んでいったということだろう。ちなみに“Under Cover of Darkness”のMVは、それぞれ別の部屋にいたジュリアンと4人が最後にようやく合流し、5人揃ってステージから客席にお辞儀をして終わる。戻ってきた5人、復活した5人の絆を象徴する感動的なMVだ。
多分、というか、どう考えてもそれぞれのソロのバンド、バンドメンバーの方がうまいんです。それでもやっぱり人が求めるのは”ザ・ストロークス”、それでも5人がザ・ストロークスに戻る理由、ということでの「アングルズ」だったのかなと。サマソニで戻ってきた彼らはザ・ストロークスらしいステージを見せてくれましたが、正解かどうかは手探な感じ。ちなみに来日時にニックの買い物に付き合って、駐車禁止のキップを切られました。
2013年『カムダウン・マシン』
そんな『アングルズ』からわずか2年のインターバルでリリースされたのが『カムダウン・マシン』(2013)だ。同作でようやく彼ら5人は共に曲を書き、5人一緒のスタジオで全ての作業を行い、本作を完成させている。サウンド自体もストロークスの「修復作業」の完了にふさわしいバンドの集大成的な内容になっていて、それは同時にストロークスがストロークスを「復習」しているように感じるアルバムでもあった。ちなみに彼らは『カムダウン・マシン』のプロモーションを一切行わず、アルバム・ツアーもやらなかった。つまり、同作は彼らが先へと歩みを進める一作ではなく、これまでの歩みにピリオドを打つ一作だったということだろう。そして再び、彼らは7年の空白期間を迎えることになった。
この時期は基本的にジュリアンがCult Recordsを始めたりとか、ジュリアンのビジネス志向にみんなが付き合ってた時期じゃないかなと思うんです。レーベルとの契約、CULT RECORDSの展開などインディペンデントでありつつ、ストロークスを取り戻すためにどうあるべきかを色々試してたんじゃないかと。音楽そのものより、音楽をやるためにどうするかを模索してた時期かもしれません。
ちなみにバンド結成時の目標は25万枚売ってゴールドディスクを獲得し、各地をツアーできるようになる。ということだったようで、その目標を達成した以上、あとは好きにやれば良いんだよ!とファブが熱く語ってた記憶があります。
2016年
ただし、『カムダウン・マシン』後の7年間に何もなかったわけではない。その間にはEP『フューチャー・プレゼント・パストEP』(2016)のリリースがあったし、断続的にツアーも再開してファンを歓喜させた。「2010年代は休んでいた」とジュリアンは言ったが、ストロークスにとっての2010年代は来たるべき時に備えて水面下で力を蓄えていた時期だった、ということではないだろうか。
2020年『ザ・ニュー・アブノーマル』
そんな潜伏と充電の2010年代を終え、新たなディケイドを迎えたこの2020年に「新・非常態(New Abnormal)」を高らかに宣言して戻ってきたストロークスは、戻るべくして戻ってきたのだ。『ザ・ニュー・アブノーマル』は『カムダウン・マシン』同様に『イズ・ディス・イット』の究極のミニマリズムとしてのガレージ・サウンドと、『ルーム・オン・ファイア』のポップ・センス、つまり最高最上のストロークスが奪還されている集大成的なアルバムであり、『カムダウン・マシン』とは真逆に、彼らがある種の切迫感や使命感に突き動かされて先へ、先へと突き進んでいくアルバムだ。
彼らの切迫感、使命感はその歌詞にも明らかだ。退路を絶たれながらも見えない敵との戦いに挑む“At The Door”や、気候クライシスへの危機感を滲ませる“Eternal Summer”、そして時の権力者たちを「なんてひどい決断なんだ」と糾弾する“Bad Decisions”など、本作は彼らの歌いたいこと、今こそ伝えたいことが詰まったメッセージ・アルバムでもある。2020年が4年に一度の米大統領戦の年であることも、ストロークスのカムバックと無関係ではないだろう。
「誰も理解してくれない、でも、俺だって俺のことなんか理解できないんだ」(“Last Nite”)とかつて歌っていた彼らが今、「約束する、俺は真実を見出すよ」("Ode to the Mets")と歌う。今度こそ本当に、ストロークスは還ってきたのだ。
正直にいえば、2nd “Room On Fire”以来の大傑作といえるでしょう。とにかく変なんですけど、どこかの、何かのツボを突いているのは間違いない感というデビュー時から持っている”あの感じ”がひしひしと伝わってきます。永遠の自問自答というか。自分で見つけた、でもわからない問いの答えを探している感じ。Is This It? アートですね。思い出しましたが、そういえば私は担当していながらもデビュー時からバンドのことをよくわかっていませんでした。最大の不理解者だったかもしれないなと、新作を聴きながら思います。ちなみにジュリアンはNY METSの大ファンです。
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