『フロム・ナウ・オン』本人による楽曲解説・公開!

2019.07.29

フロム・ナウ・オン(グレイテスト・ショーマン)

初めて「フロム・ナウ・オン」を聞いたのは日本をツアー中のときだった。「僕はこんなに色々素晴らしい仕事で世界中を回っているけど、常に独りなんだな」と実感したんだ。夢を追いかけるのはやめて、少しは夢に追いかけさせたいと思った。コーラス部分が始まったとき、自分のバンドが演奏している姿を思い描くことができた。40歳の誕生日がすぎたばかりだった僕は、人生について考えていた。みんなと同じようにね。初めて「フロム・ナウ・オン」を聞いたとき、歌詞にすごく重みを感じたんだ。この時点で僕とバンドとの付き合いは、妻と子供たちを除いて、僕の人生でおそらく一番長続きしたものなくらい長かった。自分の中で起こっていることを自分たちのバージョンに込めて、あの歌詞で歌うことにしたんだ。それがしっくりきた。他の曲はどれも、その後で自然の流れで出会ったんだ。

 

ムーヴィング・トゥー・ファースト(ラスト・ファイヴ・イヤーズ)

最年少で『オペラ座の怪人(Phantom of the Opera)』の主役に絶対なるって子供の頃決めて、実現したことを思い出す曲だね!26歳でついに「ファントム」になったとき、僕は「よし、今度はどうする?」みたいな気分になった。ジェイソン・ロバート・ブラウンは本当に素晴らしい作曲家だ。ありえないくらいにね。この曲を歌ったらいいだろうと思ったのは、僕のサウンドを少し前進させてくれるからなんだ。ファンはジャン・バルジャン(訳注:『レ・ミゼラブル』より)や「ファントム」をはじめ、色んなヘヴィな役で僕のことを知っているからね。この曲は僕の自然の声を披露するチャンスを与えてくれた。とてもクールな曲だよ。僕はこの曲みたいな感じの人生を送ってきたようなものだから、そういう意味で歌いづらくなかったね。

 

ユール・ビー・バック(ハミルトン)

僕たちのツアーのテーマソングだったんだ。エンディングを聞いたときはびっくりしたよ。「ユール・ビー・バック」を録音した理由としては、ライヴでプレイしたら最高に楽しいというだけで、深い意味を説明することはできないな。パーティ気分になれるんだ。

 

ウェイヴィング・スルー・ア・ウィンドウ(ディア・エヴァン・ハンセン)

あれは歌うのがきつい曲だよ。ツアーに出るというのはハードなことなんだ。僕はこんなにたくさん素晴らしい経験をしているけど、独りぼっちだった。独りでいるときって、人に気付かれるものなんだろうか?その価値は何だろう?分析はすごく堪えるものだった。痛いところを突かれた気がしたんだ。

 

イット・オール・フェイズ・アウェイ(マディソン郡の橋)

まず第一に、『マディソン郡の橋(The Bridges of Madison County)』は僕の大好きな映画のひとつなんだ。ブロードウェイでショウを観たときは「ぜひこれをイギリスでやってみたい」なんて思ったよ。とてもロマンティックな曲だよね。不倫という大人のテーマがあるのは明らかだけど、はっとするほど素晴らしいし、僕の心に何かしら響くものがあるんだ。妻のお気に入り曲だよ。妻はライヴで聴くのが大好きなんだ!

 

ホワット・ユー・オウン (レント)

初めて演劇に情熱を持ち始めていた頃、僕はトロントで独り暮らしをしていた。デュエット曲をソロ曲として歌うのはチャレンジになるというのは分かっていたけどとにかくやったんだ。この曲はハイスクール時代に戻った気分になるね。旅がものすごく多い既婚男性としては、すごく大きな意味を持つ歌詞なんだ。

 

ありのままで(アナと雪の女王) 

この曲はコーラス以外知らなかった。歌詞に耳を傾けていたら、すぐに妻のことを思い出した。妻のことはとても誇りに思っているんだ。…強い女性であり母親でもある。歌詞はその力を強く感じさせる。だからこの曲は、世にいる素晴らしい女性のみなさんに敬意を表したものなんだ。

 

メリー・ジェーン(ジャグド・リトル・ピル)

歌詞にぐっとくる。世の中の情勢をみていると、そのフェイクさにちょっと反社会的になってしまった自分に気づくんだ。ソーシャル・メディアでは誰も正直じゃない。そのうえみんなあまりに感化されやすいんだ。「メリー・ジェーン」は『ジャグド・リトル・ピル』の曲の中でも僕にとっては昔から際立つ曲だった。20年経った今も僕にとっては意味のある曲なんだ。

 

アンセム(チェス)

実は1999年にこの曲をオーディションで歌ったんだ。合格したのは妻だったけどね。当時は妻じゃなかったけど、妻になりつつあった。思い出があるんだ。僕はイランで生まれてカナダで育った。大人になってからの年月はニューヨークとイングランドで過ごした。それからはあらゆるところを訪れてきたんだ。僕はいつもこう言う。「僕の血はイランで、子供時代はカナダ、本拠地はイングランドで、作品はアメリカ。大変だよ!」帰るところは僕の子供たちがいるところだから、この曲は僕にとって現在地と帰るところの架け橋なんだ。それをたたえる機会だったよ。

 

オールウェイズ・ラヴ・ユー(ボディーガード)          

素晴らしいバージョンがあまりにたくさんあるから、僕たちは自分たちだけの個性を出す必要があった。緊張したよ。今もしている。演奏するときはいつも部屋の外に出ないといけないんだ!

 

ウィキッド・リトル・タウン(ヘドウィグ・アンド・ジ・アングリー・インチ)

「ウィキッド・リトル・タウン」を歌うのは僕たちのプロデューサー、ボブ・ヘルドの提案だった。ニール・パトリック・ハリスはこれでトニー賞®を受賞したんだ。僕が逃した年にね。じゃあ、負かすことができないなら、仲間入りすればいいということで。このアルバムに他とは違うダイナミクスを与えてくれた美しい曲だ。

 

悲しき世界(クイーン)

「悲しき世界」を歌う機会を長い間待っていた。ようやくスタジオの中でしっくりきたんだ。歌詞のことを考えると、時代の先を行っていたなと感じるね。今はそれまでよりもなおさら。

 

(訳:安江幸子)


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