1995年、結成。我が国のラテン音楽シーンをリードし続けて来たパーカッショニスト、プロデューサーの カルロス菅野 がオルケスタ・デ・ラ・ルスを脱退後にスタートさせた、日本のインストゥルメンタルシーンを代表するミュージシャンを一堂に集めたラテンジャズ・ビッグバンド。16人の個性溢れるメンバーが“音楽はエンタテインメントだ!”をコンセプトにステージ上で正に縦横無尽にラテン名曲はもちろんラテンアレンジのポップス名曲/ジャズ名曲を繰り広げる。そのパワフルなリズムとハーモニーは幅広い層の観客を魅了する。これまでに13枚のアルバムと2枚のDVDをリリース。バンドスコアブックも出版され全国のアマチュア・ビッグバンドや吹奏楽部の学生たちからも熱烈な支持を受けている。NYで開催されるJVC JAZZ FESTIVALに2年連続出演すると共に、RMMレコードより3枚のアルバムを全米発売するなど、国内外を問わずワールドワイドに活躍中。2010年、結成15周年を迎え、ソニー・ミュージックジャパンインターナショナルより14枚目のアルバムを発売。




カルロス菅野(熱帯JAZZ楽団リーダー/パーカッショニスト/プロデューサー)
1957年、東京に生まれる。21歳にしてパーカッションと出会い、1984年、松岡直也グループへの加入でフュージョンシーンの表舞台へ進出を果たす。これとほぼ同時期、大儀見元、ノラによって結成された「オルケスタ・デ・ラ・ルス」に参加。1989年、松岡直也グループを脱退。「オルケスタ・デ・ラ・ルス」の一員として自費で訪米、NYのクラブ6ヶ所でライヴを行い、翌年の世界デビューを決める。1stアルバムは全米ビルボード誌ラテンチャートで首位を獲得、以後11週連続キープする快挙となる。1990年5月~1995年までオルケスタ・デ・ラ・ルスのリーダーとして全米、中南米、ヨーロッパを含む世界22ヶ国を飛び回り、1993年、国連平和賞受賞。1995年、グラミー賞トロピカル・ラテン・アルバム部門ノミネートなど「オルケスタ・デ・ラ・ルス」を世界的サルサ・バンドへと導く。1995年12月、「オルケスタ・デ・ラ・ルス」を脱退。ラテンジャズ・ビッグバンドをコンセプトにした「熱帯JAZZ楽団」を結成。(以下、上記参照)