1st EP『my blue』ライナーノーツ
その歌声は様々な「個」やカルチャーを繋ぎ合わせる
krageの「青の時代」を刻んだ1st EP『my blue』 文:金子厚武
様々な女性シンガーが活躍する現在の日本の音楽シーンで、また新たな才能が本格的に活動を開始する。青いイン
ナーカラーの髪の毛と神秘的な雰囲気が魅力的な北海道出身のシンガー・krage(クラゲ)がその主人公だ。日本人の
父と中国人の母を持ち、幼少期にピアノの演奏を始めると、中学生の頃には歌唱動画をSNSなどに公開。その後バン
ド活動を経て、krage名義で最初にYouTubeに投稿したのが、TK from 凛として時雨「unravel」のカバーだった。ア
ニメ『東京喰種』の主題歌として世界中にファンを持つ「unravel」を、オリジナルとは異なるピアノアレンジで静謐
に聴かせ、現在では約160万再生を記録。2022年4月にはドラマ主題歌に起用された「HIBANA」をSony Music Lab
elsから発表し、エモーショナルな歌唱が物語の始まりを強烈に印象付けた。
krageの歌声の圧倒的な記名性。それは初のEP『my blue』からも確かに感じられる。低域から高域までレンジの広
いメロディーを見事に歌いこなし、抑えめに歌うパートは儚さを感じさせつつ、何より高音域をパワフルに歌い上げる
ときの爆発力が圧巻だ。近年は「日本人離れ」や「洋楽っぽい」といった言葉が過去のものになり、ロック、ジャズ、
R&Bなどをジャンルレスに歌うシンガーが増え、「歌ってみた」などのネットカルチャーがその大きな下支えになって
いるが、krageもそんな時代が生んだ歌姫の一人だと言っていいだろう。ねごとのボーカリストとして2010年代に活
躍してきた蒼山幸子が、心の内に悲しみや不安を抱えながら、それでも未来へ向かって歩み出したkrageの決意を映像
的な歌詞に落とし込んだ「HIBANA」は、後輩に贈られたエールのようにも聴こえる。
『my blue』には蒼山以外にも個性的な作家が多数参加。Galileo Galileiのメンバーとして活動した後、現在は自身の
プロジェクトであるFOLKSやBBHFのサポートでも活動する岩井郁人は「HIBANA」以前からkrageの楽曲に関わって
いて、北海道出身という共通点もある。さらには、ニューヨークでの活動歴があり、現在は日韓のトップアーティスト
に楽曲提供を行うTomoko Ida、Souやウォルピスカーターに楽曲提供をするなど、ネットカルチャーとも関わりの深
い神谷志龍、J-POPのシーンで幅広く活躍するプロデューサー/アレンジャーの福田貴史やNAOKI ITAIといった面々
が名を連ねている。
岩井が作曲とアレンジを手掛け、アニメ主題歌として先行で配信された「夏の雪」は「HIBANA」にも通じるスケー
ルの大きなバラードで、中国を舞台としたアニメの内容とリンクする二胡の音色や、中国語を用いた歌詞はkrageのル
ーツの反映でもある。ボーカルエフェクトやトラップビートが海外のトレンドとも並走する「ATTACHMENT」に続き、
Tomoko Idaが手掛けた「Xu」はK-POP的な立体感のあるトラックメイクが印象的で、日中英の三か国語を織り交ぜつ
つ三連のフロウも自在にこなすkrageのポテンシャルの高さに痺れる。また、〈溶け出しそうな青に暮れる〉〈遠く遠く
へ辿り着けるまで〉と歌う「drown」は、溺れてしまいそうな日々の中、歌の力で自らを救い上げようとする祈りのよ
うな一曲だ。どの曲もJ-POPのポピュラリティとグローバルポップとの同時代性を兼ね備え、ストリーミングでも多く
のリスナーを掴む可能性を十分に感じさせる。
krageは「unravel」以外にも数曲のカバーを公開していて、その中にはmiletの代表曲「inside you」も含まれてい
る。昨年末にmilet、Aimer、幾多りらがコラボをし、Vaundyがプロデュースを手掛けた「おもかげ」は、新たな女性
シンガーの時代を印象付けるとともに、様々な「個」やカルチャーの繋がりから創作が生まれる時代を象徴する楽曲で
もあった。krageもまたその歌声の力によって、J-POPからグローバルポップ、バンドカルチャーからアニメ/ネット
カルチャーをボーダーレスに横断し、様々な分野で活躍する「個」を繋ぎ合わせる。
彼女にとっての「青の時代」を刻んだ『my blue』は、その第一歩となる作品だ。