昨今のR&Bシーンに絶大な影響力を誇るチャカ・カーン(発音はシャカ・カーン)はアメリカ、イリノイ州出身。芸名のChakaはアフリカの言語で「炎」「赤い」という意味。「シャカ」と発音されることもある。Khanは最初の夫の姓。11歳で初めてのヴォーカル・ユニットを結成し、10代後半でブラック・パンサー(黒人の人権運動勢力)に参加、子供の為の無料朝食サービスを率先して行っていた。1973年に70年代の草分け的な人種混合ファンク・バンドルーファスのヴォーカリストとしてデビューし、伝説的なミュージック・アイコンとなる。そして1978年、一流プロデューサー、アリフ・マーディンの元で、アルバム『恋するチャカ』でソロ・デビュー。デビュー曲「アイム・エヴリ・ウーマン」は後にホイットニー・ヒューストンがカバーしたことでも有名。

1982年にはルーファスが解散、ソロに専念する。同年ルーファス名義でリリースした「エイント・ノーバディ」がヒット。この曲は1996年にリリースされたLLクールJの「Ain’t Nobody」にサンプリングされヘビー・プレイされた。1984年、プリンスのカバー「アイ・フィール・フォー・ユー」が全米3位の大ヒット。デイヴィッド・フォスター作のバラード曲「スルー・ザ・ファイア」と共に1980年代の名曲に挙げられる。「スルー・ザ・ファイア」はカニエ・ウェストの出世曲「スルー・ザ・ワイアー」に速まわしで使われたことも記憶に新しい。1989年、クインシー・ジョーンズがプロデュースしたレイ・チャールズとのデュエット曲「アイル・ビー・グッド・トゥ・ユー」でグラミー賞“ベストR&Bパフォーマンス”を受賞、又1992年のアルバム「ザ・ウーマン・アイ・アム」でもグラミー賞”ベストR&Bヴォーカル・パフォーマンス“を受賞している。

90年代以降も、ヒップホップやR&Bアーティストたちからの熱いリスペクトを受けながら活発な活動をし、1995年キャピタル・ラジオ・リスナーズ・ポール・アワードにて最優秀女優賞、インターナショナル・アソシエイション・オブ・アフリカン・アメリカン・ミュージック (IAAAM)のダイアモンド・ライフ賞、『ソウル・トレイン』リナ・ホーン・レディ・ソウル・キャリア・アチーブメント・アワードといった数々の賞を受賞、『Vibe』マガジンには「パワー・ムーヴァー」と絶賛されている。またイリノイ州とシカゴ市が10月19日をチャカ・カーンの日と認定する等チャカがポップ・カルチャーへ与えた影響は計り知れない。

2002年、映画「永遠のモータウン」に提供したマーヴィン・ゲイのカバー「ワッツ・ゴーイン・オン」で2003年に通算8回目のグラミー賞「R&B トラディショナル・ヴォーカル・マフォーマンス」賞を受賞。2004年にはイギリスのサンクチュアリ・レコードよりジャズ・スタンダード集「クラシカーン」をリリース。2006年、ソニーBMG傘下の新レーベル、バーガンディー・レコーズと契約し、2007年に同レーベルから新アルバム『ファンク・ディス』を発売する。

『ファンク・ディス』はスーパー・ヒットメーカー、ジミー・ジャム&テリー・ルイスが手がけ、アルバムタイトルが適切に表現する通り、ルーファス時代を彷彿とさせるチャカの原点回帰といえる。デビュー当時からチャカの力強くて挑戦的なサウンドに魅了され、彼女のキャリアを支えてきた多くのファンにとって待望のアルバムだ。

「このアルバムはルーファス時代の曲を思い起こさせるかもしれないわね。私のソウルも原点に戻ったから不思議じゃないわ。ここ数年自分探しの旅をしてきたんだけど、精神的に不安定な時期を乗り越え今は新しい道を見つけたの。私は変わった。今の私を表現したって意味だと、これまでの作品とはまったく違う新しいアルバムが完成したと言えるわね。」とチャカは話す。

ロンドン交響楽団とのコラボレーションやシカゴでの幼少時代を歌った曲を収録して絶賛された『クラシカーン』(2004)をはじめとする最近の作品と比べ、今作はチャカの激烈なアプローチがふんだんに盛り込まれている。長年の友人プリンスのヒット曲「サイン・オブ・ザ・タイムス」のカバー、チャカがリスペクトするジョニ・ミッチェルによる「レイディース・マン」やジミ・ヘンドリックスの「キャッスルズ・メイド・オブ・サンド」、ルーファスの代表曲「パックト・マイ・バッグス」と「ユー・ゴット・ザ・ラヴ」のメドレー、そしてメアリー・J.ブライジとの迫力たっぷりのデュエット・ナンバー「ディスリスペクトフル」等、という豪華ラインナップ。

バーガンディ・レコード移籍後初のアルバムについてタイトルの由来とコンセプトを尋ねると、チャカはニコっと笑い「ファンキーなアルバムだから、このタイトルにしたの!実際のところ寝ているときに夢の中でアイディアが浮かんだのよ。どんなアルバムかってすぐ分かるタイトルでいいと思わない?」と説明した。実体験に基づく自分探しの旅についての「スーパー・ライフ」、ディー・ディー・ワーウィックによる60年代のソウル・クラシック「フーリッシュ・フール」のチャカらしさ溢れるリメイク、また叙情的な「エンジェル」からインティメイトな「ウィル・ユー・ラヴ・ミー?」まで。グラミー受賞数を数えるときりがない名プロデューサー、ジャム&ルイスによりチャカの得意分野は更に磨きがかかりバラエティ豊かなアルバムが完成した。

ジャム&ルイスと彼らの仲間ミュージシャン達(アヴィラ兄弟、“ビッグ・ジム”ライトやスペシャル・ゲストのジェッシー・ジョンソンなど)とのレコーディングについて、「初対面からお互い尊重できる環境ができあがっていたの。そもそもジミーやテリーと仕事したくない人なんていないでしょ!」とチャカ。その最強のコンビネーションによって一曲一曲が2007年現在絶好調なチャカを象徴している。

チャカは嬉しそうに収録曲全曲について以下のように語ってくれた。「ディー・ディー・ワーウィックの「フーリッシュ・フール」は小さい頃に初めて聞いた時とても強烈な印象を受けて、それ以来ずっと強さをもらっているお気に入りの曲なの。今回収録するカバー曲について話し合っていた時、真っ先にこの曲が浮かんだわ。とても激しい曲だしディー・ディーの歌い方からすると彼女もトラウマ的な思いを抱えて歌ったんでしょうね。それと『もし私からあなたを奪えると思っているなら彼女ってバカよね!』っていうフレーズと同じことを多くの女性が考えているでしょ!」

心打たれるバラード「エンジェル」は数年前におとずれた精神的に辛い時期に書いた詩がベースとなっている。「しばらくたって読み返して『私がこれを書いたの?!』って驚いたくらいよ。気が狂った激しい歌詞なの。今は新しい道を見つけてすっかり人生が変わったから、この曲をとてもスペシャルに感じるわ。」

ダグ・ラシードと書いたアップテンポな「ウィル・ユー・ラヴ・ミー?」は「悲しくて深みのある綺麗な曲。『誰が私を救ってくれるの?』といった私自身の不安定な部分を歌ったの。」

テリー・ルイスと書いたアコースティック曲「ワン・フォー・オール・タイム」について、「これはルーファスっぽい曲ね。永遠の愛についての曲だけど、ジョニ・ミッチェルがもしブラックだったらこういう歌を書くでしょうね(笑)」ジョニ・ミッチェルといえば今回彼女の「レイディース・マン」をカバーしているが、「ジョニとは20年来の知り合いで、彼女がソングライターの殿堂入りした時プレゼンターに選んでもらえてとても光栄だった。そのとき久々に彼女と話す機会ができてジョニの曲をレコーディングしたいと言ってみたの。そしたら(ジョニを真似た口調で)『それならレイディース・マンじゃなきゃ駄目よ』と言われて。ジョニ・ミッチェルにノーなんて言える訳ないわよね!?」

1984年のグラミー受賞のミリオン・ヒット「アイ・フィール・フォー・ユー」を提供してもらう前から、プリンスもチャカにとって特別な存在だった。そして「サイン・オブ・ザ・タイムズ」は新作アルバムにすんなりくる選曲だ。「この曲はずっとお気に入りで、今はメッセージがとても予言的に感じるのよ。それと「アイム・エヴリー・ウーマン」(1978年発表、チャカのソロ・デビュー曲)の一部分を取り入れてみたの。レコーディング中に思いつきで歌ってみたらぴったりだったのよ。」またジミ・ヘンドリックスの名作LP「アクシス、ボールド・アズ・ラヴ」から「キャッスルズ・メイド・オヴ・サンド」のカバーも収録。「辛い時期に何度も聞いていた曲よ。LPは当時誰もが聞いてる一枚だった。歌詞は寂しげで悲劇的だから、私はポジティブに歌うように心がけたの。問題は自分の城を建ててもちゃんともつかってことよね。」

チャカ自身が作曲した特別パーソナルな「スーパー・ライフ」は、似た問題を独自の表現で投げかけた楽曲だ。「私が悩んだ末に新しい道を見つけた頃今後の決意について書いた曲で、「赤ちゃん、そして子供のためにスーパーライフを生きていこう。それが私がやっていること」という内容よ。」同じく本音が歌われている「ディスリスペクトフル」はメアリー・J.ブライジによる楽曲だ。「そもそも一緒に曲を書くつもりだったんだけど、メアリーが先に書き始めたら物凄く力強い曲ができて結局彼女が一人で仕上げたの。」とチャカは明かす。「最強にクレイジーな曲でしょ!聞いててどちらが歌っているのか分からなくなるのよ!これは最高傑作だわ!」というチャカの自信たっぷりな曲だ。

1974年から1981年まで数々のプラチナ/ゴールド・アルバムやヒット・シングルを発表しトップの座に君臨したルーファス時代の楽曲から人気の2曲がメドレーで収録された。このメドレーにはルーファスのギタリスト、トニー・メイデンが参加している。(トニーとは「バッグ・イン・ザ・デイ」も一緒に書いている。)「まず「パックト・マイ・バッグス」を選んだの。私が書いた曲でお気に入りだし、何回歌っても飽きないのよ。そして「ユー・ゴット・ザ・ラヴ」をつないだらうまくいったの。」その他注目すべきナンバーはマイケル・マクドナルドとデュエットしたカーリー・サイモンの名曲「ユー・ビロング・トゥ・ミー」だ。

『ファンク・ディス』はチャカの20年のソロ・キャリアで築かれたディスコグラフィに新たに加わる重要な一枚だ。グラミー賞受賞回数8回を誇るチャカこそ「ルネッサンスの女王」と呼ぶべきアーティストだ。独特のヴォーカルは年代を超えて有名アーティストに多大な影響を与えている一方で、自身の財団法人チャカ・カーン・ファンデーションを運営し人道主義者、慈善家として積極的に活動を続けている。

チャカの自叙伝『スルー・ザ・ファイア』はソウルフルで正直な告白、そしてチャカ・カーン・ファンデーションを通して、女性や危険にさらされている子供たちに対する献身的な姿勢が記され高い評価を獲た。1999年に設立されたチャカ・カーン・ファンデーションはロスの学区域と提携して大学進学を予定する小学5年生・6年生の子供たちの相談、指導に当たっている。ファンデーションとは別に多くのAIDS・HIV予防チャリティ・イベントに参加したりと精力的に行っている慈善活動について、「自分を高める時間であり、還元する時間」だとチャカはあっさりと言う。

また企業家としてチャカ・カーン・エンタープライズを家族と共に運営している。母サンドラ・コールマンはチャカのビジネス・マネージャー、姉妹タミー・マクラリーはパーソナル・マネージャーを務める他、娘ミリニはプリティ・イン・ピンクというユニットのヴォーカリストから若手ソロ・アーティストの道を進み始め、息子ダミアンはレコード・プロデューサーとして活躍している。そのほかに自身のレコード会社アース・ソングからチャカ・オリジナルのチョコレート「チャカレート」をアメリカの一流デパートで販売中。

BETのライフタイム・アチーブメント・アワード受賞で証明される通り、音楽や人生に対する揺るぎない情熱で彼女は世界中の音楽ファンの心を掴んだ。「人生のBGMとして音楽はいつでも存在しているから、人々はその時その時聞いている音楽に大きな影響を受けているの。私はずっとそうやって生きてると信じているし、それこそ私が表現するものなの。今までは何となく感じていたけど、今ははっきりと分かるの。」とここ数年の転機について話した。「新作の全収録曲に人生のためになるメッセージがあって、一語一句心を込めて歌ったわ。私は感じたことしか歌わないのよ。」

最後に、挑戦的なタイトルの今作は「これまで10年もの間ファンのみんなに期待させてしまった作品ね。」そしてどんなタイプのファンクCDかというと、「沢山の感情が詰まったあらゆるファンク要素と言えるわ。私のソウルからソウル溢れる一枚よ。」これ以上の説明は不要である。