2021年4月9日にリリースされたBROCKHAMPTONの新作『ROADRUNNER: NEW LIGHT, NEW MACHINE』は、彼らにとって通算7作目となるフル・アルバムだ。これまで毎年何らかのアルバムを発表してきた彼らにとっては、2020年は初めてフル・アルバムを出さなかった年である。まずは2019年夏リリースの前作『GINGER』から『ROADRUNNER』を完成させるまで彼らがどうしていたのかを、ざっと振り返ってみよう。
待望の初来日を果たした直後に『GINGER』をリリースした彼らは、2019年末までUSツアーを敢行。年末年始のオフを取った後、春からはヨーロッパ・ツアーをスタートする予定だった。しかし、COVID 19が世界に蔓延。BROCKHAMPTONもスケジュールの延期を余儀なくされた。
彼らが現在の拠点としているロサンゼルスでも、2020年3月からロックダウンがスタート。従来のような活動ができなくなった時間を使い、彼らはまたしても曲作りを始める。TwitchやインスタグラムといったSNSにクローズドなアカウントを用意し、新曲のスニペットやメンバーのDJプレイなどを配信したりして、彼らをフォローできたラッキーなファンに随時近況を伝えていた。また、2020年にジョージ・フロイド氏の死によって過去最大規模で広がったBLM運動をBROCKHAMPTONもサポート。有志メンバーが配信でDJパーティーを開催し、遺族支援の基金への寄付を呼びかけた。
2020年5月には「Technical Difficulties」というシリーズ名で、新曲の公開をスタート。音源は公式サイトから無料DLできたほか、YouTubeでも聴けた(現在はいずれも削除済み)。この時に制作された曲の中から、「CHAIN ON」と「BANKROLL」の2曲は後に『ROADRUNNER』に収録されている。彼らは当初、『GINGER』からのヒット・シングルとなった「SUGAR」の路線を継承し「BABY BULL」のようなソフト&メロウな曲も作っていたが、こちらはアルバム収録曲からは外された。個人的には「Technical〜」の中でも出色の出来だったので、ぜひとも何らかの形で正式リリースされてほしいと願っている。
ところで、少し前まではBROCKHAMPTONの活動形態について「BHハウスと呼ばれる家で共同生活を送りながら音楽制作をしている」と説明されることが多かったが、『GINGER』期でそれは終わりを迎えた。しかし本作の制作にあたり、Kevinは再びメンバーを招集。彼らはKevinの家と、多くのメンバーの故郷であるテキサスの農場に泊りこみ、かつてのように雑魚寝で休息を取りながら楽曲のアイディアを形にしていったという。
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また、前作から本作までの間に訪れた大きな変化の一つとして、パフォーマンス・メンバーの増員について書いておかねばならない。これまで6人だったラッパー/シンガー・チームに、これまでソングライティング/エンジニア担当だったJabari Manwaが新たに加わり、マイクを持つメンバーが7人となった。メロディもラップも得意とする彼は、BearfaceやJobaとはまた違ったタイプのスムースな声で本作に新たな彩りを加えている。
では、話題を『ROADRUNNER』の内容に移そう。リーダーのKevinは本作のコンセプトを「レトロフューチャリズム」と説明している。本作の制作中に彼らが好んで聴いていたのはドクター・ドレーの『Chronic』や『2001』、そしてビースティ・ボーイズなど。ソングライティングの要であるRomilは、ビートルズにも夢中だったそうだ。
ビースティについてKevinは「彼らのドキュメンタリー(スパイク・リー監督の『ビースティ・ボーイズ・ストーリー』)を観てアルバムの方向性が見えた」と明言しており、アルバム・リリース前にビースティの作品群を手掛けたプロデューサーであるリック・ルービンに助言を求めたり、彼が米マリブに所有するスタジオで有料配信ライヴの映像を収録したりもしている。アルバムから公開されている「BUZZCUT」や「COUNT ON ME」のMVがブラウン管テレビ時代のアスペクト比やチープなVFXで構成されているのも、90年代のビデオゲーム風を追求してのことなのだろう。彼らにしては珍しく「THE LIGHT」のトラックに生のバンド・サウンドを採用したのも、ハードコア・パンク・バンドから徐々に姿を変えていったビースティの歴史に刺激されたと推察できる。
▼「BUZZCUT」ミュージックビデオ
参加しているゲストは前作以上に多彩で、「BUZZCUT」のDanny Brown、「CHAIN ON」のJPEGMAFIA、「BANKROLL」のA$AP Rocky & A$AP Fergなどビッグネームが並ぶ。さらにトラックリストには書かれていないゲストとして、「COUNT ON ME」のコーラスには大人気シンガーのShawn Mendesと、BH作品でおなじみのRyan Beattyが参加。なんでもKevinがアルバム収録候補曲を友人であるShawnに送ったところ、彼が一番気に入った「COUNT ON ME」にコーラスをつけて送り返してきたというのがこのコラボ実現の経緯だという。さらにMVには友人であるDominic FikeとLil Nas Xが出演し、サイケデリックなラブシーンを演じたことでも話題になった(BROCKHAMPTONのメンバーは登場しない)。
▼「COUNT ON ME」ミュージックビデオ
SoGone SoFlexyはKevinとRomilが新たにスタートした音楽レーベル&ファッションブランド「Videostored」と契約した同郷テキサス出身のラッパーで、「WINDOWS」他数曲に参加。まだスポットライトが当たっていない才能を積極的にフックアップしていく姿勢は相変わらずだ。前作『GINGER』でも曲の大部分を外部ゲストに委ねる場面は何度かあったが、本作ではそれがさらに加速。「マイクを握ってるのは実は正式メンバーじゃない奴だけど、ちゃんとBROCKHAMPTONの作品に聞こえるように作るっていうのはクールな挑戦だった」とKevinが言う通り、実験的なトラックと鬼気迫るパフォーマンスで知られるJPEGMAFIAも、「CHAIN ON」ではBH流グルーヴに合わせてシンプルかつシャープなフロウを披露している。
そして本作の精神性について解説したいと思うが、ここから先にはメンバーの家族の自死や、ドラッグやアルコールの問題について言及している箇所がある。これらが何らかのトリガーとなる可能性が高い人は、無理に読み進めないことをおすすめする。
『ROADRUNNER』におけるキーパーソンがJobaであることは、リリース前から各メンバーが明言していた。アルバム・ジャケットに使われている人物のシルエットもJobaのもので、本作の核が彼であったことを端的に表わしている。
全13曲の中でもハイライトとなるのは「THE LIGHT」と「THE LIGHT pt.2」だ。曲順は前後するが、この2曲からまとめて紹介しよう。まず「THE LIGHT」でJobaは彼の父の自殺について明らかにし、父親の死によって彼や家族が陥った混乱、そして自身のドラッグやアルコールをともなうメンタルヘルスの問題について描写。それに寄り添うように、後半ではKevinが息子のゲイというアイデンティティを否認した彼の母親への感情を綴る。二人は共に、人生が暗闇に包まれている時期の心情を痛々しく吐露している。
そして最終曲「THE LIGHT pt.2」で、Jobaは「光は待つ価値があるもの、約束する。だからそんなことしないでくれ」と繰り返し呼びかける。この一節は自ら命を絶ってしまった父への言葉であると共に、まさに今人生がつらい局面にあるリスナーへの、遺された者としての呼びかけでもある。ここで言う「光」とは人生における暗闇の出口であり、やがて訪れる苦しみからの解放の瞬間を指す。一方、Kevinはここで長年不和にあった母親と和解したことを明かし、彼を包んでいた暗闇の一つが終わったことを示唆する。Kevinのもとには光がやってきたのだ。
この2曲以外に、Jobaは銃社会や白人至上主義をテーマにした「DON’T SHOOT UP THE PARTY」でも父が自死の手段として拳銃を使ったことを歌った。家族を自殺で失った体験を赤裸々なリリックにした理由について、彼は「書けば誰かのためになると思ったから」と語る。この大変な痛みをともなう作業を支えたのはまぎれもなくリーダーであるKevin、そして長年行動を共にしてきたメンバーたちで、その構図はそのまま配信ライヴでの演出にも反映されていた(「THE LIGHT pt.2」を歌い終えて座り込むJobaとKevinの周囲に5人が静かに加わり、7人が揃って終わるという感動的なエンディングだった)。
▼「THE LIGHTS pt.2」オーディオビデオ
他メンバーの「Jobaを支えたい」という気持ちを雄弁に語るのが、「THE LIGHT pt.2」の前に収録されている「DEAR LORD」だ。ゴスペル・クワイアをバックに「どうか俺のブラザーを救ってほしい」と神に訴えるBearfaceの歌声はどこまでも温かく、傷ついた友人に対する愛にあふれている。ローマ皇帝カール5世は「神と話すならスペイン語」と言ったとされるが、神に届く歌声があるのだとしたら、それはきっとBearfaceのような声のことを言うのではないか。前作の「VICTOR ROBERTS」でも彼は曲のクライマックスにマジカルで荘厳な響きを与えていたが、彼の声がいかに特別なものかを「DEAR LORD」は再確認させてくれる。
▼「DEAR LORD」オーディオビデオ
BROCKHAMPTONでは誰かが苦しい体験や想いを曲にしようとする時、決して独りではない。Domは「表現する必要のあるメンバーがいるなら、そいつにマイクを譲る。それでBROCKHAMPTONとして納得できる作品が作れたら、誰にどう評価されようと関係ない」と言い切る。その言葉通り、『ROADRUNNER』は彼らにとってこれまでで最もセラピー色の強い作品だ。同時に、かつての「全米1位を獲りたい」「ボーイバンドとして評価されたい」といった野心からは距離を置いた作品でもあると言えるだろう。Romilはグループとして人々の記憶に残るヒット曲を出したいとも考えているそうだが、少なくとも本作で彼らは「SUGAR」のようなヒットではなく「表現することで得られる癒し」を追求しているように思える。
約1年半ぶりの新作が出た直後で気の早い話ではあるが、Kevinは早くもBROCKHAMPTONの今後について「近いうちにもう1枚アルバムを出す。2021年中に自分のソロ・アルバムも出す」と宣言している。これまで驚異的なスピードで作品を発表してきた彼らなだけに、実現するならばファンとしては嬉しい悲鳴である。『ROADRUNNER』のリリース直前には「あとアルバムを2枚出したらBROCKHAMPTONは終了」とも発言したKevinだが、彼の解散宣言はこれで何度目かのことだし、悲観するのはまだ早い。少なくとも彼らには2022年1月~2月までヨーロッパ・ツアーの予定があり、これを終えるまでは活動が続く見込みだ。願わくばその時までにKevinの気が変わり、COVID 19に関する状況も改善して、BROCKHAMPTONの再来日公演の目途が立たんことを。
Text by 中嶋友理