【ライヴ・レポート】アレクシス・フレンチ『エヴォリューション』UK発売記念ショーケースatロンドン、カフェ・ド・パリ(2018.09.04)
【ライヴ・レポート】アレクシス・フレンチ『エヴォリューション』UK発売記念ショーケースatロンドン、カフェ・ド・パリ(2018.09.04)
ジャマイカからの移民の両親のもとに生まれ、奨学金で音楽の最高学府3ヵ所で学ぶという異色の背景を持ち、英国クラシック界に新風を巻き起こしたピアニスト、コンポーザーのアレクシス・フレンチ。ソニー・ミュージックからの第1弾となるアルバム『エヴォリューション』のUKリリース(8月31日)を記念して、9月4日、ロンドン、カフェ・ド・パリでショーケースが行われた。カフェ・ド・パリは、普段は厳めしいセキュリティが入口に立ち、ちょっと入りにくい雰囲気のある、内装の美しい高級ナイトクラブである。今宵は、招待されたメディア関係者、ジャーナリスト、クラシック音楽関係者、それにレーベルやマネジメントのスタッフも交えた100人強ほどの観客がシャンデリアの下に集まり、グランドピアノを弾くアレクシスを囲むようにして彼のあたたかいピアノ曲を鑑賞するという、実に贅沢な時間がそこに流れた。
披露されたのは、『エヴォリューション』から「目覚め/Reborn」「ブルーバード~愛のテーマ/Bluebird」「ためいき/Exhale」「哀しみのモーメンツ/Moments」「待ちこがれて/At Last」の5曲。曲の合間に気さくなお喋りを挟みながらの進行となった。まず彼は「前にこの場所へ来た時は、身分証を偽って何とかもぐり込もうとしたものだけど、今日は出演者としてここに入れてうれしいです」と言って場内を笑わせ、さらに幼い頃、ピアノのない家庭でピアノの指真似を続け、それにうんざりした両親がついに古いピアノを買ってくれた話など、音楽との出会いを語った。「Bluebird」を弾き終わったあと、今年のクラシック・ブリッツ授賞式においてバレリーナである17歳の娘サヴァンナとこの曲で共演したステージをふり返り、「感無量でした」と話した。また周囲のスタッフと、18歳の時に知り合って以来ずっと一緒にいる奥さんに感謝して、涙ぐむ一幕も。
ラストの曲の前にアレクシスは、さまざまな聞き手からSNSを通じて送られてくるフィードバック、レビューに対し、全部返事を出している、と言って会場を驚かせた。近くにすわっていた英国ソニー・ミュージックのスタッフが、「いいフィードバックはもちろん、たとえ悪いレビューでも全部返事を書いてるんですって。普通できることじゃないわよね」と耳打ちしてきた。いや、それもそうだけれど、今でも数が多いところへこれから格段にフィードバックは増えていくだろうに、どこまでも律儀なアレクシス、それでも全部返事を書くのだろうか、とむしろその作業量の方が気になった。
音楽にボーダーはない、普段からクラシックを聞く人にもそうでない人にも自分の音楽を届けたい、そんな強い想いを抱えるアレクシスのおだやかでやさしい、しかし芯の強い音色は、あらゆる人の心の琴線に触れる。そのやさしさは、音だけのやさしさでなく、彼のキャラクターとハートからにじみ出てくるものであることが確信できた夜だった。
『エヴォリューション』は、発売と同時にiTunesのUKクラシカル・アルバム・チャートを駆け上ってNO1を記録、iTunes一般アルバム・チャートでもNO3に入るヒットとなった。ミニ・リサイタルを終えて、客席の方に出てきたアレクシスのところへ行き、「おめでとう」を伝えずにいられなかった。過日、この人にインタビューしたので覚えていてくれて話が弾んだ。「何十年も音楽に関わる仕事をしてきて、一生音楽を聞き続けていますが、音楽を聞いて泣きたくなったこととか一度もありませんでした。でも、今夜はちょっと違いましたね」。この人を前にすると思わずフィードバックしてしまう。「そんなこと言われると、こちらが感動してしまうよ!」と、筆者も御本人から直に返事をもらった。
レポート/清水晶子(ロンドン在住ジャーナリスト)
Live Photo by David Nelson