【タイラ】デビューアルバム『TYLA』を記念して、池城美菜子氏による寄稿
南アフリカのシンガーソングライター、タイラは2024年の「itガール」だ。2023年7月にリリースした「Water」がTikTokを中心に火がつき、本国、アメリカ、イギリス、オランダ、デンマーク、オーストラリアのチャートでトップ10入り。ニュージーランドにいたっては1位に輝いた。南アのアーティストとして、ビルボードのHot100に入ったのはじつに55年ぶり。その前が2018年に他界した大物トランペッター、ヒュー・マセケラの「Grazing in the Grass」なのだから隔世の感がある。2024年のグラミー賞の最優秀新人賞にノミネートされたうえ、「Water」で同年から新設された最優秀アフリカン・ミュージック・パフォーマンス賞を受賞。同カテゴリーにはナイジェリアのバーナ・ボーイやアヤナ・スターなど、アフロビーツ/アフロポップの人気者がノミネートされたなかでの快挙だ。
「Water」は、南アの注目ジャンル、アマピアノをベースにしている。ミュージック・ヴィデオでわかるように、タイラの魅力は新人離れした歌唱力とフレッシュなダンス、インド系とモーリシャス系の血を引くキュートな容姿とすべて揃っている点。ルッキズムの誹りを受けようが、恵まれた外見を無視して紹介するのも偽善だと思うのであえて強調するが、彼女や本稿に出てくるアフリカのアーティストたちのファッションや振る舞い(=スワッグ)、ダンスがフレッシュであるのも、アフロビーツやアマピアノの盛り上がりを引っ張っているはずだ。
まず、タイラとセットで検索されるアマピアノについて、ざっくり解説しよう。11もの公用語がある南アフリカで、複数の言葉で「ピアノの」という言葉を指す、比較的新しいジャンルだ。2010年中頃に始まり、2020年代に入ってすぐに各国ダンス・ミュージックの動向に聡い人々の口に上っていたので、耳にした人も多いかもしれない。「ハウス・ミュージックのサブ・ジャンル」との説明は広義では正しいものの、アマピアノの魅力を正確に伝えていないだろう。ディープ・ハウスのほか、南アフリカ独自のクワイト(Kwaito)やジャズ、ヒップホップの要素も入った、4つ打ちの金属的なクールさとパーカッシヴなうねりの熱さの両方をもつ。特徴は、名前の通りのピアノの調べと、ログドラムと呼ばれる独特のベースラインに特徴がある。ベースラインなのに「ログドラム」と名づけられているので混乱しやすいが、ログドラムは木の幹(ログ)を打楽器にしたスリット・ドラムの別称である。木製のドラムの音色からヒントを得たベースラインが肝であるため、オーガニックな響きがあるのだ。ストリート発祥のダンス・ミュージックのせいか、進化も早い。南ア発祥であるのはまちがいないが、インターネットであっという間に広まったため2024年春現在、さまざまな国と地域に偏在している。
混同されがちなアフロビーツや、そこから派生したアフロポップとは似て非なるジャンルである。こちらは、ナイジェリアを中心に西アフリカ諸国で盛んだ。南アは人口6000万人弱、アフリカの西部に位置するナイジェリアは2億人を超えている。どちらも人口が増えて勢いがある新興国家であり、アフリカ大陸を経済的に引っ張る存在。その勢いが、音楽シーンに反映されている点は共通している。アフロビーツはシーンが確立されてしばらく経ち、前述のバーナ・ボーイやウィズキッド、ファイアボーイDMLなど世界的に活躍しているビッグアーティストもいる。ジャマイカのダンスホール・レゲエやヒップホップの影響が入っており、アマピアノとはリズムが異なる。ただし、アフロビーツとアマピアノはお互いを刺激し、双方のアーティストが交流したり、音楽の要素を取り入れたりしている。ナイジェリアン・アマピアノもある。歯切れの悪い文章で申しわけないが、聴き比べて違いを体得してもらうしかない。
そろそろ、本題のタイラの話を。首都・ヨハネスブルグでタイラ・ローラ・シーシャルとして生を受け、高校時代に音楽活動を開始。インスタグラムの投稿から始め、高校卒業したばかりの2019年の終わり、クールドリンク(Kooldrink)がプロデュースした「Getting Late」が南ア国内でヒットする。パンデミックの時期にマネージャーが撮影したミュージック・ヴィデオは歴史を感じさせる街並みと、時折、膝を横に伸ばしたまま踊る複雑なステップのダンスを紹介して注目を集めた。急激に広がったアマピアノは、音楽ジャンルとして確立するのと同時に、クラブ・カルチャーに敏感な人たち以外にも伝わりやすい、「顔」となるアーティストが求めていた。2002年1月30日生まれで文字通り、21世紀の人であるタイラにその役割がふり充てられたのは、時代の必然だろう。南アのFAXレコーズとアメリカのエピック・レコーズと契約。起爆剤となった「Water」はロンドンのプロデューサーを起用し、アマピアノをベースにしたしたポップに仕上がっている。
セルフ・タイトルのデビュー・アルバムが出る直前のタイミングで本稿を書いているので、すでにリリースされている曲を紹介したい。2022年の「To Last」は徹底的に音を絞ったトラックとタイラの抑えた歌唱が魅力だ。2023年の5月にリリースされた「Girl Next Door」はアマピアノのログドラムがよくわかるトラック。ナイジェリアのアヤナ・スターを招いたヴァージョンもあり、ふたりはフレンドリーな歌唱力対決を披露している。「どこにでもいるような、あの女の子のために私を振らないで」というコーラスがおもしろい(ラブコメのドラマや映画だと、確実に振られる設定だ)。
デビュー作に収録される予定の「Truth or Dare」は真実を話すか、ほかのことに挑戦するかの二択を迫るゲームをタイトルにした曲。この曲はアマピアノのリズムをはっきり打ち出しているが、「On and On」のようにほぼR&Bの曲もある。「Water」のバイラル・ヒットに大きく貢献したのが、バカルディという腰ふりダンスだ。ダンスホール・レゲエやソカのワイニングは腰を落として回し、ヒップホップ・カルチャーで盛んなトゥワークは腰を突き出して回す。バカルディは速さではワイニングっぽく、スタイルとしてはトゥワークに近い。ただし、アフリカのダンスで特徴である、ほかでは見られない膝を伸ばしたまま踊るステップがある。興味のある人は、タイラのプロモーションである#waterchallengeと#bacardichallengeといったハッシュタグのついたダンス系のショート動画で確認してほしい。
また、2023年はアトランタの人気R&Bシンガー、サマー・ウォーカーの「Girl s Need Love」のリミックスにも参加。2018年の曲だが、翌年にドレイクのリミックスで再浮上した。さらに『Girl s Need Love(Girls Mix)』としてヴィクトリア・モネとタイラ、ティンクを招いたEPがリリースされて話題になった。また、「Water」はヒットを受け、2023年の11月にはトラヴィス・スコットを招いたヴァージョンと、マシェメロが速度を上げてよりハウス寄りにしたリミックスがある。トラヴィス・スコットとのミュージック・ヴィデオはリリースされたばかりだ。
タイラのミュージック・ヴィデオは、すべて見入ってしまう。2010年代のアリアナ・グランデをほんのり思わせるキュートな装いとクールな振る舞い、幼い頃から踊っていそうなこなれたダンス、ヨハネスブルグやケープタウンの街並み。私たちと同じようにアメリカを中心にしたポップ・ミュージックに触れてきたのは、伝わってくる。そこに親近感を感じつつ、漂う空気とリズムが決定的に新しく、目を奪われるのだ。アルバムをリリースされていないにもかかわらず、これだけ騒がれているのも同じ反応をした人がたくさんいたからだろう。タイラは、南アフリカの勢いと若さ、そしてプライドを感じさせる。デビュー・アルバムが楽しみでしかたない。
池城美菜子
|最新リリース情報|
Tyla | タイラ
デビュー・アルバム
『TYLA | タイラ』
3月22日発売
|最新ミュージックビデオ|
●タイラ「Water Remix feat Travis Scott」オフィシャルMV
●タイラ「Water」オフィシャルMV
●タイラ「Truth or Dare」オフィシャルMV