トム・ウェイツ
1949年12月7日、カリフォルニア州ポモーナにて、病院にすべりこんだタクシーの中で生まれる(本人談)。
10代の頃、カリフォルニア各地を転々とし様々な職業につきながら(いまだ健在のピザ・ハウス「ナポレオンズ」のキッチンで働いていたことは有名、後の彼の作品の中で数多く登場する。)、サンディエゴ周辺のクラブでギターやピアノをプレイし始める。72年、フランク・ザッパ、アリス・クーパー等のマネージメントを手掛けるハーブ・コーエンに見出され、アサイラム・レコードから73年「クロージング・タイム」でデビュー。ジャズ、ブルーズを基盤とするウェイツ独自の音世界を構築させ、これまで(サントラ、ベスト等含む)21枚のアルバムを発表、音楽だけでなく、演劇、映画への出演など幅広く活躍。70年代には2度の来日公演を行う。前々作「ボーン・マシーン」、そして前作「ミュール・ヴァリエーションズ」ではグラミー賞を獲得した。
映画の世界では、ジム・ジャームッシュ監督の「ダウン・バイ・ロウ」、フランシス・コッポラの「アウトサイダー」、「ドラキュラ」、ジャック・ニコルスンの「黄昏のチャイナタウン」など出演した映画は数知れず、楽曲が使用された作品も「キング・オヴ・コメディ」、「シー・オヴ・ラヴ」、「デッドマン・ウォーキング」、「12モンキーズ」など枚挙に遑がない。
また、ホリ・コール・トリオがウェイツ作品集をリリースしたり、イーグルス、エルヴィス・コステロ、ラモーンズ、ブルース・スプリングスティーン、ポール・ヤング、ロッド・スチュワート等が彼の楽曲をカヴァーしたり、ボノ(U2)やキース・リチャーズ(ローリング・ストーンズ)が「彼を愛してやまない」と公言。さらにはインスピレーションを受けた人物としてウェイツの名を上げるアーティストはエディ・バウダー(パール・ジャム)、ベック、プライマス、ポール・ウェスターバーグ(リプレイスメンツ)、ポーグス、PJハーヴェイ、エヴァーラスト(ハウス・オヴ・ペイン)、アル・バー(ドロップキック・マーフィーズ)など。誰もがウェイツに深い敬意を現しているのだ。
99年にエピタフ・レーベル傘下の“アンタイ”へ移籍、前々作「ブラック・タイガー」から約5年半ぶりとなる移籍第1弾「ミュール・ヴァリエイションズ」を発表、ビルボード初登場30位という、ウェイツ作品史上最も高いチャートを記録し2度目のグラミー受も獲得している。

<文:松山晋也>
73年にアサイラム・レーベルでデビューした頃から、カリフォルニアの青い空などちっとも感じさせない異色のハードボイルド・シンガー・ソングライターではあった。が、その後アイランド~アンタイと移籍するに従って、表現のダークネスと諦念を着実に深め、もはや「酔いどれ詩人」などという優雅なあだ名もふさわしくないように思われる。古いブルーズやジャズが歌作りのベースになっていることは昔から一貫しているが、近年は音響面など様々な点で過激なサウンド・プロダクションが際立ち、また、ノイジーなダミ声も、戯作趣味的伝統芸の極致に達している。キャプテン・ビーフハートとホーギー・カーマイケルとクルト・ヴァイルとフェリーニの世界を併せ持つドラマティックな男。