現在25歳のティナ・ノヴァック。フロリダのタンパ出身で、1999年のミス・フロリダ決勝まで勝ち残ったこともある彼女はいままでの人生のほとんどをNBAやNFLのハーフタイムやアトランタ・オリンピックなど様々な場所で自分の歌声を披露することに費やしてきた。その年齢以上に熟練を感じさせるボーカルを聴けば、彼女のデビュー・アルバム『Been Around The World』がArista RecordsとTLCやデスティニーズ・チャイルドなどを手がけグラミー賞も受賞している敏腕プロデューサー、ケヴィン・シェイクスピア・ブリッグスとのジョイント・ベンチャーである新レーベル”Spere”からの第1弾リリースであることもたやすく納得できるはずだ。

 当然そのシェイクスピアは彼女のプロジェクトに関して完全にバックアップ体制だ。彼は言う。「最初に彼女の声を聴いた時、まっさきに『このアーティストは長命だ』って確信したよ.。まだ若いのにちゃんと自分のスタイルを確立していたんだ。俺の音楽と彼女の声のコンビネーションで新しい”Pop Groove”とでも言うべきジャンルを作れるって思ったんだ。」TLC、デスティニーズ・チャイルド、P!nk、マライア・キャリー、フェイス・エヴァンスなど数え切れないアーティストを手がけてきた彼が彼女のために全力を注いだ。

 成功を嗅ぎつけるシェイクスピアの抜群の才能が彼女の音楽的方向性をリードし、正統派ポップR&Bというべきボーカル、フレンドリーでありつつも決意を持ったアティテュードを武器にティナとシェイクスピアはTOP40チャート/クロスオーバー・マーケットへとなぐりこみをかける。「このアルバムで自分の才能をもっともっと証明したいって気持ちなの。最初は自分がどんなにすごいことをしてるかって意識があんまりなくて、普段どおりな気持ちでやってたんだけど、レコーディングがはじまると『いかにすごいスタッフが私といっしょにこのプロジェクトをやってくれてるか』ってことを痛感したわ。すごくスペシャルなプロジェクトなんだってね。だから今では自分の夢がかなうチャンスを手に入れたってことを実感してるの」とティナは語る。

 アルバムからのファースト・シングルは聴けば聴くほどクセになるタイトル・トラック「Been Around The World」。アップビートなグルーヴに軽快な歌詞とリズムが最高のコンビネーションで彼女の表現力豊かで喚情的なボーカル、さらには彼女の温かいパーソナリティまでをもアピールする曲で2002年春に最も話題になる曲に間違いない。また「Been Around The World」が春にぴったりの曲であるならば「Summertime」は文字通り2002年のサマー・アンセムになるに違いない。ひたすら楽しむ季節である夏を謳歌するこの曲はスムーズなダンス・グルーヴでビーチやバーベキューといった夏の喜びを満喫する歌だ。今までのサマー・アンセムがそうであったようにこの「Summertime」を聴けばオープンカーでボリュームを最大にしてドライブしたくなるはず。

 このほかにもアルバムには「Oh Oh」や「Not With Me」などポジティヴでバウンシーなトラックが満載だ。なかでもティナにとって思い入れが深いのが「Still」だ。この曲では一度は失恋した女性が再びチャンスを手に入れる。その楽観的ながらも感傷的なところがティナのお気に入りである理由だそう。「この曲が本当に好き。書いてくれたのはしばらくの間ルームメイトだった女の子なんだけど、彼女は私の気持ちをとてもうまくとらえていたわ。歌の内容は実際に私のことではないけど、私であってもおかしくないわ!すごく歌いやすくて5時間でレコーディングしちゃったの」と彼女は言う。

 もう1曲彼女の思い入れが深いのがホームタウンであるフロリダのタンパへのオード(叙情詩)ともいえる「That’s What I’m Talking About」。彼女は笑いながら「実はこの曲はタンパにいったことなんかない人たちが書いたの。でも私があんまり地元のことを話すからうまくパーソナライズしてくれたのよ!」と告白する。

 このデビュー・アルバムの制作期間中に関わったスタッフは当然皆お互いのことをよく知るようになった。レコーディング期間中は全員でマイアミのマンションを借り切ってそこで生活しながらレコーディングも行ったという。「シェイクスピアがサウス・ビーチのど真ん中に借りてくれたの。ソングライターやバックアップ・シンガーなども入れて17人くらいの人々がこのプロジェクトに関わって、そこで生活したのよ。とってもやりがいのある生活だったわ!」と彼女は笑う。「いっしょに生活していたからソングライターの人たちも私のことをよくわかってくれたし、実際に歌う本人が目の前にいるわけだからその曲も私がどんな人間かっていうことに基づいて書いてくれたの。」そのマンションには3つものスタジオがあり、並行して作業が行われたため、ティナは休む間もなく作業を続けた。しかし「夜遊びしなかったの?」という問いに対しては「ちょっとだけね!」と彼女は答える。

 このプロジェクトにティナ本人と同じくらいいれこんだ人物、それはシェイクスピアしかいない。「彼はすべての曲のソングライトの段階から関わってくれたの。実際に5曲は彼がプロデュースしたし、それ以外の曲も細かく指示してくれた。スタジオからスタジオへと移動し続けてその曲がどうかとか、いまやっている事がどうかとかいろいろとアドバイスをしてくれた。彼と働くのは素晴らしいわ。とってもハードワーカーなのよ!みんなそうだったけどね。」そう彼女は思い起こす。

 そのハードワークは見事に実った。「このアルバムには本当にエキサイトしてるの。こうなってほしいって思ったとおりに出来上がったから。私はとってもシンプルな人間なの。このアルバムが私が作りたかったすべてよ。でも実はこんな風に夢がかなうって確信できなかった頃もあったわ。レコード契約をとろうって何年かがんばったんだけど、大学を卒業してプロとして歌う夢はあきらめようかなって迷ったことがあった。そんな頃、急にすべてがうまく進みはじめたの。だから次に何が起こるかとっても楽しみ!」