ライター本田隆氏による、名盤ライブ「SOMEDAY」ライナーノーツ掲載
1980年代の幕開けと同時に登場し、「都会の夜景ってやつが気絶しながら笑ってら」と叫んだ元春は、過去も未来も見ていなかったように感じた。ただ、今だけを前のめりに、天啓を受けた人なら誰もが感じた得体のしれないロックンロールという衝動に突き動かされているようだった。その熱量がレコードの溝に刻まれていた。だから僕は夢中になれた。ファーストアルバム、セカンドアルバムとロックンロールの熱量をダイレクトに放出していた元春だが、岐路に立ち、身体の中の疼きをそのままにセルフ・プロデュースという形でソフィスケートされた音に自身のすべてを落とし込んだのが大傑作アルバム『SOMEDAY』だったと思う。
あれから40年。元春は今も現在進行形のまま、自らの音楽を模索し、開拓し続けている。SOMEDAY(いつか)はTONIGHT(今夜)となっても、そこで立ち止まることはなかった。時にはエッジを効かせ、時には豊潤に、時代の一歩先を見据えながらクリエイトし続けた音の数々は懐かしさという言葉とは無縁の場所に存在している。『SOMEDAY』にしても例外ではない。ティーンエイジャーの頃、数々の生きるヒントを示唆し、退屈な日々に彩りを与えてくれた音たちは、長い年月を経て心の中で今の音として熟成していた。心の隅にはかつてこのレコードと出逢って間もない日々の残像を忍ばせながら。
2013年、そんな『SOMEDAY』の完全再現ライブが東京と大阪で行われた。その熱狂がこのBru-rayに余すところなく収録されている。つまり、レコードを再現するということだから、曲順はもとより、アレンジもBPMも当時レコーディングされた音のままにライブステージでオーディエンスに届けるという試みだ。予定調和のないこれまでの彼のステージから考えてみても意外とも思えるが、その真意はパフォーマンスが始まった瞬間からゆっくりと紐解かれていく。
ステージの背面、大きなスクリーンには、『SOMEDAY』のアナログ盤が映し出され、ターンテーブルにセットされる。レコードに針を落とした瞬間会場に鳴り響くのは、そう、A面の1曲目に収録されている「シュガータイム」だった。バックにはドラムスの古田タカシら古くからの盟友の姿も見える。彼らと奏でるドリーミーなイントロが流れた瞬間フロアのオーディエンスの揺れるざわめきが、心の奥に潜んだ光景をそっと引き出してくれる。それは40年前、ひとりきりの部屋で『SOMEDAY』に針を落とした瞬間の多幸感と同じもだった。だが、それだけではない。アルバムのイントロダクションがステージとフロアが一体化した唯一無二の空間を包む光景は、楽曲と共に人生を歩み、心の中で熟成していったリアルな今の「シュガータイム」だった。それは元春にしてもバンドメンバーにしても、この場所に駆けつけたかつてのKIDたちも感じていたことだと思う。それぞれが生きてきた証となったメロディは、目の前で再現されることにより、ここでしかありえない奇跡として共有されてく。まさに元春が言うように『俺たちは生き抜いてきたんだ』と確かめ合った得難い時間だった。
世の中の虚構と矛盾にぶち当たる度にブレずに生きるタフさを伝えてくれた「ハッピーマン」、人生をスタートラインに戻しギアを入れ直す時に幾度となく聴いた「ダウンタウンボーイ」…そして「サムデイ」でピアノの旋律が鳴り響くと、若すぎて見えない理想をやみくもに追い求めた自分がオーバーラップして胸が熱くなる。アルバムと同じ曲順で再現されていくステージから、自分のレコードについた微かな傷から生じるノイズを思い出し、曲間のわずかな空白にも次に収録されたナンバーのイントロが頭に鳴り響く。そんな極めて個人的な世界がライブとして再現されていく。
そして後半、レコードであればB面の3曲目「ヴァニティ・ファクトリー」で完全再現というパッケージからはみ出したロックンロールの熱量を目の当たりにする。バッグの強靭なビートが生み出す硬質なグルーヴに飲み込まれながら、感情が溢れ出た元春のシャウトは、一瞬がすべてというライブの本領だった。ここから「ロックンロール・ナイト」への流れは、当時アルバムに秘めた精神性そのものだった。たどりついたはずだったロックンロール・ナイトに「たどりつきたい」と願うこの曲の背景には、大人になると、形あるものすべてのものを超越したロックンロールという純粋無垢な衝動にたどりつけなくなるのではないか…という矛盾を内包しているように思えた。そして、僕はこの矛盾と対峙するのを宿命だと感じることもあった。しかし、この不確かな感情が一気に氷解していく。理想郷とも言えるロックンロール・ナイトは、確かにこの場所に存在していた。この場所で元春と同じ瞬間を共有した人たちが『SOMEDAY』と共に歩んだ人生がここに帰結していた。悩み、傷つき、それでも自分だけの真実を探し求めていたかつてのKIDたちの目の前に、すべてのギヴ&テイクのゲームにさよならした世界が繰り広げられている。それが答えだった。
当時聴いたアルバムの息づかい感じながら、時にはパッケージからはみ出した熱量を感じながら元春は楽曲を通じオーディエンスと対話してゆく。その姿から2022年現在、リリースから40年という時を経たこのアルバムが今に続く礎だということを実感する。それは元春にとっても同じことだろう。
最後に。このBru-rayにはボーナストラックとして、『SOMEDAY』と同じく82年にリリースされ、『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』に収録された「Bye Bye C-Boy」「マンハッタンブリッヂにたたずんで」「彼女はデリケート」も収録されている。特に、伊藤銀次を迎え「彼との出会いが僕にとって、とても大事なものになりました」というMCを添えた「彼女はデリケート」で体現されている疾走感もまた、あの頃のビートが素敵な未来へといざなってくれたと思わずにいられない名演だということも付け加えておきたい。
ライター:本田隆
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