冨田勲 1932.4.22-2016.5.5

東京に生まれる。慶応義塾大学在学中に作曲家・平尾貴四男、小船幸次郎に師事。1950年代前半から放送、舞台、映画、コマーシャルなど多彩な分野で作編曲家として優れた作品を数多く残している。

トミタの名前を世界的に決定づけたものは、彼のシンセサイザーによる本格的な第1作「月の光−ドビッシーによるメルヘンの世界」である。このレコードは当初まずアメリカで発売(アメリカにおけるタイトルは"Snowflakes are dancing")され、ビルボード誌のクラシックチャート第1位を獲得、全世界で空前のヒットとなった。この作品はオーケストラのすべての音色づくりはもちろん、全パートの演奏と録音も冨田自身が一人でこなしたもので、この音楽制作方法は現在主流となるパーソナルスタジオでの音楽制作の先駆けとなった。

このアルバムの発売の翌年('75)日本人として初めて"Album of the Year"他、グラミー賞の4部門にノミネートされた事で話題を集めたが、アメリカにおけるレコード・セールス上、もっとも実質的な意味を持つNARM(National Association Of RecordMerchandiserers 全米レコード販売者協会)の'74年度最優秀クラシカル・レコードに選ばれるという栄誉にも輝いた。

その後「展覧会の絵」('75年度NARM同部門最優秀レコード2年連続受賞、'75年度日本レコード大賞・企画賞受賞ビルボード・キャッシュボックスの全米クラシックチャートの第一位を獲得)、「火の鳥」と、立て続けにヒットをとばし世界に於けるトミタの名前を不動のものとした。彼の音楽は、クラシック・ファンのみならず、幅広い層から支持されロック・ミュージシャンの間でも彼の名は神格化されるようになった。

「惑星」以後、「宇宙幻想」「バミューダ・トライアングル」と、2作のスペース・ミュージックが発表されたが、「惑星」と合わせて、宇宙を素材とするスペース・サウンドの3部作を構成している。中でも「バミューダ・トライアングル」は、今まで以上にオリジナル性を持たせている事もさることながら、左右の広がりのみならず、音の上下への方向も意識してミキシングされた画期的なアルバムになり、翌年のグラミー賞 "Best Engineered Recording"に2度目のノミネートとなった。

これらの宇宙3部作の後、'79年に「ダフニスとクロエ」を発表したが、これは第1作のドピッシーに見られた幻想的で煌めくような色彩美に、より一層磨きをかけたもので、聴き手をファンタスティックな幻想の世界へ導いてくれた。この年、彼は今までの全ての功績に対して米コンテンポラリー・キーボード誌の読者投票により“ベスト・スタジオ・シンセシスト”に選ばれている。'83年に発表した「大峡谷」は、彼にとっても3度目になるグラミー賞のノミネートを受け、国際的評価を確立した。

 シンセサイザー以外にも、NHK大河ドラマ「花の生涯」「天と地と」「新平家物語」「勝海舟」「徳川家康」等があり、その他のテーマ音楽としては「新日本紀行」「現代の映像」「海峡」等がよく知られている。また映画の分野では「千一夜物語」「飢餓海峡」「ノストラダムスの大予言」「警視庁物語シリーズ」その他多数がある。アニメ映画では手塚治虫作品の「ジャングル大帝」「新宝島」「展覧会の絵」、東映動画「シンドバットの冒険」「ガリバー宇宙旅行記」他多数がある。'74年にはTV文化の向上に貢献したとしてTV大賞を受賞している。

また'84年にはオーストリアのリンツ(ドナウ川)で8万人のコンサートを成功させ、大きな話題となった。その後この"トミタ・サウンドクラウド"はニューヨーク、シドニーを始め日本国内でも展開されており、'90~'92の3年にわたってはBunkamuraオーチャード・ホールにて「トミタ・サウンドクラウド・オペラ "ヘンゼルとグレーテル"」を上演している。

'91年にNHKスペシャル「大モンゴル」、映画「学校I」('93年公開)、「学校II」('96年公開)の音楽を担当。そして'94年6月22日、幻の名曲「新日本紀行」をタイトルにして、冨田の劇伴作品の最新録音盤を発売。大友直人指揮/東京交響楽団の他、多彩なアーティストの演奏によるこのドラマ/アニメ作品集は、発売週のクラシック・チャートでは第2位に躍り出ている。また「RCAニュー・ベスト100」シリーズの中に冨田自身の選曲による「ベスト・オブ・トミタ」を2枚収録する等、冨田勲の集大成とも言える作品群を発表。また京都遷都1200年記念イベントとして、御寺‘泉涌寺’において五十嵐麻利絵、鼓童等をゲストに迎え、トミタのサウンドスペクタルが展開された。

さらに98年~2000年、冨田はこれまでの音楽人生の全てをかけて2つの“源氏物語”に挑戦。まず98年には、千年前に描かれながら、今日にも十分通じる愛憎ドラマである源氏物語の交響化に挑んだオリジナル作品「源氏物語交響絵巻」を作曲。東京、ロサンゼルス、ロンドンと自らの指揮で初演後、アルバム『源氏物語幻想交響絵巻』にまとめあげました。もう一つの作品は、東映が社運をかけて制作した50周年記念作品『千年の恋―ひかる源氏物語』(2001)のサウンドトラック。この作品も日本アカデミー優秀音楽賞を受賞し、ここに冨田音楽の集大成ともいえる2つの「源氏物語」が完成した。

21世紀を迎えた2001年3月には、放送事業の発展や放送文化に貢献した人に贈られる第52回「日本放送協会放送文化賞」を受賞。そして同年9月オープンの東京ディズニー・シーのエントランス・ミュージックや、NHK大型ドラマ「聖徳太子」(2001)、NHKスペシャル「アジア古都物語」シリーズ(2002)の音楽も手がけるなど、席の温まる暇もない活躍が続いた。

2016年5月5日逝去。亡くなる直前まで新作の創作を行なっていた。