宮本笑里、熊本マリに加え、AIによるピアノ演奏で命日に捧げる「グレン・グールド・トリビュート」イベント・レポート
革新的な解釈による演奏により今もなお多くの人々を魅了し続けているピアニストのグレン・グールド。今年生誕90年と没後40年を迎えた彼の命日である10月4日にカナダ大使館で行われた「グレン・グールド・トリビュート」では、グールドに所縁のある演奏家による演奏とトーク、最新AIシステムによる自動演奏の披露が行われた。
まずはヴァイオリニストの宮本笑里によるステージ。彼女はショート・ムービー『アンジュール』のために、坂本龍一プロデュースで、グレン・グールドの録音と時を超えたコラボレーションを行った縁がある。今回はその時と同じくバッハ=グノーの「アヴェ・マリア」が演奏され、多彩なニュアンスで奏でられるグールドのバッハにのせて、宮本があたたかい音色で旋律を紡ぐ。透明感のあるグールドのタッチと宮本の音色の融合は特別な体験を届けてくれた。
続くピアニストの熊本マリは、15歳のときにトロントで過ごしたタイミングでグールドと運命的な出会いを果たしており、“自分の才能は自分で作るものだから自分を信じて演奏してほしい”というメッセージをもらったという。トークのあとはバッハの「ゴールドベルク変奏曲」からの抜粋と、グールドが生涯最後に録音した曲であるリヒャルト・シュトラウス「ピアノ・ソナタ 作品5」の緩徐楽章の最後を演奏。クリアな響きのタッチと旋律の方向性の明確な演奏は、どこかグールドを彷彿とさせるものがあった。
「グールドの革新性とその可能性」というテーマによる対談では、“グールドらしい音楽表現”による演奏を実現するAIシステム「Dear Glenn」を開発したヤマハ株式会社の前澤陽と、日本を代表するグールド研究者である宮澤淳一が登壇。宮澤によれば、“グールドらしさとは、内発的なエネルギーのようなものだと思う”と話す。今回の「Dear Glenn」は、グールドの演奏がもたらす感動や秘密に違う角度から迫ることができるのではないかと期待すると結んだ。「深層学習技術」を採用した同システムは、100時間を超えるグレン・グールドの演奏音源を解析して得られたデータをはじめ、彼の演奏方法を熟知した複数のピアニストの演奏を学習しており、かつてない再現度を実現した。最新テクノロジーの可能性にいちはやく気が付いたグールドへの強いリスペクトが感じられる。
イベントの最後では「Dear Glenn」がグールドの演奏傾向を基に再解釈した「ゴールドベルク変奏曲」をはじめ、クープランの「クラヴサンの技法」から序曲第8番などのグールドが生前録音しなかった作品、バッハの「音楽の捧げもの」からの抜粋といった彼の録音が残されていない作品を自動演奏。最新の技術によって再現されたグールドの演奏には血が通ったような生々しさがあり、緩急の自在な変化と多彩な音色によって、楽曲の構造を鮮やかに浮かび上がらせながら、作品に込められた魂まで呼び起こす彼の情熱まで味わうことができた。グールドの演奏を“学び続けている”というこのシステムの未来に、さらなる期待が高まる。
文:長井進之介
写真:山路ゆか
アーカイヴ映像(ハイライト)は下記よりご覧下さい。(2023年1月4日までの期間限定公開)
https://www.youtube.com/watch?v=g5ILwGDfOJU
関連情報
NHK Eテレ「クラシックTV」
10月6日(木)午後9時~、グレン・グールド特集が放送されます。是非ご覧ください!