『コンプリート武道館』英音楽誌MOJOレビュー訳
ボブ・ディラン『コンプリート武道館』 MOJO誌レビュー
試された信念
東京の伝説のアリーナで行われた実験的な両公演を完全な形でリリース
by デヴィッド・フリッケ
ボブ・ディラン『コンプリート武道館』 ★★★★ (4つ星獲得!)
1977年8月、ボブ・ディランは多くの懸案事項を心に抱えていた。最初の結婚の厄介な終わり。その残骸から生まれつつあった新曲。翌年のワールド・ツアー。そんな彼が、エルヴィス・プレスリーの死を知った。「彼の曲を初めて聴いたときは監獄から脱出したような感じだった」とディランはかつて語っている。閃光のように現れ去っていったメンフィス出身の彼が1966年の映画のサウンドトラックで「明日は遠く」をこっそりカヴァーしたとき、ヒビング(ミネソタ州)出身の吟遊詩人ディランは「僕にとって最も大切な録音」と称した。
彼の1978年のツアーは、その恩返しとして、キング・オブ・ロックにふさわしいトリビュートとなった。「ローリング・サンダー」キャラバンの結集的なピッキングとコーラスの輝きをプレスリーのヴェガス公演の壮麗なポップのスケールと組み合わせ、さらにブルース・スプリングスティーンのEストリート・バンドを彷彿とさせる、11人編成のバンドをディランが率いるというものだった。毎晩レアな曲を入れ替えながら行われた2時間余りのセットの中で、ディランはそれまでに発表した曲たちを改変している。
珠玉のプロテスト・ソング、エレクトリックなシュールレアリズム、『血の轍』の山のように高いノワールを、奇術師のような笑みを浮かべながら、アリーナ向けに華やかにしたのだ。「はげしい雨が降る」はインストゥルメンタルの入場曲となり、酒場で鳴っているような感じのギターや、フィル・スペクターのセッションのベテラン、スティーヴ・ダグラスによるサックスを擁している。ポーチ・ソング的でミニマルな「アイ・スリュー・イット・オール・アウェイ」はパワー・バラードのメロドラマに。「北国の少女」は教会のオルガンの音に包まれ、優しく、切々と、ディランは控えめにかつ明瞭に歌っているのが印象的だ。
これらの曲は、2月28日と3月1日に東京の伝説のアリーナで収録され、日本のファンのみに向けてリリースされることを意図していたものの、輸入盤の売れ行き好調により、米コロンビア・レコーズ(ソニーミュージック)がすぐに全世界リリースすることになった1978年の2枚組『武道館』には収録されなかった。ヴァイナル盤の収録時間が限られたため、限られた曲でリリースされた同作は、ジャネット・マスリンがローリング・ストーン誌のレビューに書いた通り「ショックであり、冒涜的行為であり、予想外の遊び心を持った掘り出し物」と受け止められたが、ディランが自身の曲を何度も転生させたり耐久力を試したりする過程の中で、何回成功して何回失敗したのかはあまり公平に評価されなかった。そして正直なところ、同誌の寛大な拡大解釈をもってしても、「ミスター・タンブリン・マン」「見張塔からずっと」の踊るようなフルートが受け容れやすくなる訳ではない。
しかし『コンプリート武道館』はこの留まるところを知らない神経の持ち主が仕事に臨む姿をより豊かな形でとらえている。ディランは毎晩序曲のあとの、実質オープニング曲では自身のルーツを前面に出し、ビリー・リー・ライリーやタンパ・レッドの往年の作品をカヴァーしている。『プラネット・ウェイヴズ』収録の「ゴーイング・ゴーイング・ゴーン」はスロー・テンポのカントリー・ソウルになり、『欲望』収録の「オー、シスター」は気ままな60年代風ポップのビートに唸るサックスが乗っており、まるでディランがシャングリラスのセッションに足を踏み入れたかのようである。本作の中で彼が最も大きなリスクを持って挑戦している「イッツ・オールライト・マ」はビッグ・バンドの気迫あふれる音で盛り上げられており、独創的で心を掴む成功作となっている。
『コンプリート武道館』は新しい発見をくれる。これらのギグは基本的に、同年(1978年)春に録音された『ストリート・リーガル』のサウンドの公開リハーサルともいえる。そしてディランのゴスペルへの傾倒は、本作における彼の女性シンガーたちが放つ炎のような歌声に既に垣間見えている。『新しい夜明け』収録曲「ザ・マン・イン・ミー」の3月1日のテイクは日曜日の讃美歌のように輝いており、’78年のアルバムに入ってもよかった。しかし、遅くはなったかもしれないが、決して聴くことができなかったこの曲が、今、救いのようにここにある