「ボブ・ディランを追いかけて」スペシャル版:世界中のディラン研究家が集まったディラン・シンポジウム「ワールド・オブ・ボブ・ディラン」レポート。
ディラン研究家菅野ヘッケルさんの「ボブ・ディランを追いかけて」のスペシャル版、5月30日にタルサで行われた、世界中から500人のボブ・ディラン研究家とファンが集まったボブ・ディランのシンポジウム「ワールド・オブ・ディラン」のレポートです!
「ワールド・オブ・ボブ・ディラン」
2019年5月30日-6月2日、オクラホマ州タルサ
世界中から500人のボブ・ディラン研究家とファンが集まった!
タルサ大学ディラン研究室、ボブ・ディラン・センター、ジョージ・カイザー・ファウンデーション、ギルクリース・ミュージアム、オクラホマ・ジャズ・ホール・オブ・フェイム、タルサ大学人文科学科が共同で開催した「ワールド・オブ・ボブ・ディラン2019」会議(だれでも参加できる)行ってきたので、簡単に報告しよう。
「ワールド・オブ・ボブ・ディラン2019」が、世界中から500人を超える熱心なディラン研究家やファンが、オクラホマ州タルサに集まり、パネラーとなる170人のディラン研究家たちが20分でそれぞれの研究成果を発表し、そのあと参加者と質疑応答をおこなう形式で4日間おこなわれた。90分のセッションが同時に4つの部屋を使って開かれるので、参加者はどのセッションに顔を出すべきか迷う。ぼくは面白そうなセッションに顔を出し、それなりに充実した4日間だったと感じている。もっともパネラーのほとんどがそれぞれの大学でディランをテーマに講座を開いていたり、ディランに関する書籍を執筆したりしている「学者」だったので、かなりアカデミックな内容にかたよっていたような気もする。ミュージシャンやファンがパネラーをつとめるセッションがあってもよかったと思う。
●4日間の詳細な内容とハイライト
第1日:会場:ハイアット・リージェンシー
「ディランの曲作り」「古い歌をよみがえらせる」「歌に登場する多彩な人物」「21世紀のディラン」など8つの大きなテーマに分けて31人のパネラーがそれぞれの研究成果を発表。
最後に全員が一堂に集まった会場でグリール・マーカスが開催を記念する基調講演をおこなった。
マーカスは1921年に「オイル・キャピタル・オブ・ザ・ワールド」と称されたタルサで起きた黒人ウォール街の暴動からスピーチを始め、ブルースの歴史をたどりながら、デビューアルバムで死にまつわるブルースを多く歌っていたディランが、1997年に傑作「ラヴ・シック」に到達するまでを簡潔に話してくれた。ブルースはその人が座る椅子だと締めくくった。マーカスが書く文章はかなり難解だが、スピーチは感動的でわかりやすかった。
第2日:会場:ギルクリース・ミュージアム
タルサ郊外の美しい丘陵地に建つギルクリース・ミュージアムに会場を移して2日目のセッションがおこなわれた。この美術館にボブ・ディラン・アーカイヴが保管されていて、2021年に「ボブ・ディラン・センター」をオープンさせるために作業がおこなわれている。またディランの歌詞を大きな垂れ幕に印刷し、美術館の廊下に天井から吊り下げて展示した「シェイクスピア・イン・ジ・アレー」や「フェイス・ヴァリュー・アンド・ビヨンド」という部屋でディランがパステルで描いたポートレイト絵画とアーカイヴの貴重な一部が展示されている。「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」のオリジナル歌詞や『ブラッド・オン・ザ・トラックス』の歌詞が手書きで書かれたノートブックなども展示されていた。
セッションは、「イングランドとディラン」「ディランとメディア」「インフィデルズ」「正義について」「ディランとアメリカ西部」「ディランと映画」など17の大きなテーマに分けて60人のパネラーがそれぞれの研究成果を発表。午後の最初はボブ・ディラン・アーカイヴのキュレーターをつとめるマイケル・チェイケンが基調講演をおこなった。1958年にディランが録音した”Ready Teddy”、「見張り塔からずっと」「ある朝出かけたら」のファーストテイク、「ラヴ・シック」や「ニュー・ポニー」のファーストテイクなど、初めてきく音源に興奮させられた。さらに1967年にウッドストックでタイニー・ティムといっしょにいるボブの動画や『新しい夜明け』のレコーディングセッションで「マン・イン・ミー」を歌うボブの動画まで見せてくれた。アーカイヴには貴重なフィルムが大量に保管されているのだろう。上映されなかったが『タイム・アウト・オブ・マインド』のレコーディングセッションのドキュメント映像もあるという。
2日目の最後はハイアットに戻り参加者全員が集まった会場で「ボブ・ディラン・アーカイヴ・コレクション1963-2001」が上映された。数年前から毎年アズベリー・パーク・フィルム・フェスティヴァルでディランの貴重な未公開フィルムが上映されている。今年のフェスティヴァルで上映されたフィルムに加えて、ここでは初めて公開される貴重なフィルムも上映された。1993年にサパー・クラブで撮影された「タイト・コネクション・トゥ・マイ・ハート」の高画質に驚いた。MTVのために撮影されたサパー・クラブの4回のショーは、いつかブートレッグ・シリーズで発表してほしい。もちろんDVDで。さらに1976年のTVスペシャル『ハード・レイン』の未公開映像、「ゴーイング・ゴーイング・ゴーン」「きみは大きな存在」も上映された。また1975年のローリング・サンダー・レヴューで撮影された「ハリケーン」は感動的だった。
第3日:会場:ハイアット・リージェンシー
セッションは「ヴィジュアル・アート」「ガッタ・サーヴ・サムバディ」「出版物について」「ブラッド・オン・ザ・トラックス」など12の大きなテーマに分けて49人のパネラーがそれぞれの研究成果を発表。
午前のセッションを締めくくってアン・パワーズが「ボブ・ディランのボディ」というテーマで基調講演をおこなった。
この日のハイライトは夜に開かれた「ロジャー・マッギンと対談」だ。『モア・ブラッド、モア・トラックス』のライナーノートを執筆した、ミュージシャンでもあるジェフ・スレイトが聞き手となってマッギンからディランに関わる話を聞き出す。話だけでなく、マッギンはディランが64年のニューポート・フォーク・フェスティヴァルで歌った「ミスター・タンブリン・マン」をその時のアレンジで歌ってくれた。ほかにも数曲披露してくれた。
第4日:会場:オクラホマ・ジャズ・ホール・オブ・フェイム
セッションは「フォークと別離」「ブルースとの関わり」「グレート・アメリカン・ソングブック」「ディランの哲学」など8つの大きなテーマに分けて31人のパネラーがそれぞれの研究成果を発表。
4日間開催された「ワールド・オブ・ボブ・ディラン」は成功だった思う。ボブ・ディラン・センターがオープンする2021年に第2回会議が開催されるかもしれない。
菅野ヘッケル 2019年6月2日タルサにて
●The World of Bob Dylan in the Heart of Tulsa