『ボブ・ディランを追いかけて~特別編』 菅野ヘッケル
ボブ・ディランを追いかけて~特別編
菅野ヘッケル
76歳になったボブが6月13日から7月27日までアメリカ東部とカナダ全域を回るサマー・ツアーをスタートさせた。春のヨーロッパ・ツアーは見に行かなかったぼくは、初日となるキャピトル・シアターの3日間を見ることにした。
会場のキャピトル・シアターは1926年に建てられた古い映画館で、70年代からコンサート会場に使われてきたが90年代末に一時閉鎖された。2012年9月4日にボブ・ディランのコンサートで再開場し、再会場500回目の記念コンサートもボブが務めることになった。ニューヨークのグランドセントラルターミナルからメトロノース鉄道で40分、ポートチェスター駅と道路を挟んだ場所にあるので、旅行者にはとても行きやすい会場だ。収容人数2000人ほどだが、有名アーティストが連日出演している。2012年のボブは全席指定席だったが、今回は1階がスタンディング、2階バルコニー席が指定席で行われた。ちょうどゼップで行った日本公演のような感じだ。ただし2階バルコニー席も1000人近く入るので、高齢者には都合がいい。もちろんぼくは2階席に座った。
ぼくは昨年10月のデザート・トリップ以来なので、7カ月ぶりのライヴということになる。まず3日間のセットリストを書いておく。バンドは、トニー・ガーニエ、チャーリー・セクストン、ドニー・ヘロン、ジョージ・リセリ、スチュ・キンボールの不動の5人。この編成になってから10年以上になる。
6月13日
1. Things Have Changed.
2. Don't think Twice, It's All Right
3. Highway 61 Revisited
4. Beyond Here Lies Nothin'
5. I Could Have Told You
6. Pay In Blood
7. Melancholy Mood
8. Duquesne Whistle
9. Stormy Weather
10. Tangled Up In Blue
11. Early Roman Kings
12. Spirit On The Water
13. Love Sick
14. All Or Nothing At All
15. Desolation Row
16. Soon After Midnight
17. That Old Black Magic
18. Long And Wasted Years
19. Autumn Leaves
(encore)
20. Blowin' In The Wind
21. Ballad Of A Thin Man
6月14日
1. Things Have Changed
2. To Ramona (Bob on GUITAR)
3. Highway 61 Revisited
4. Stormy Weather
5. Summer Days
6. Scarlet Town
7. Duquesne Whistle
8. Melancholy Mood
9. This Nearly Was Mine
10 Pay In Blood
11. Why Try To Change Me Now
12. Early Roman Kings
13. Desolation Row
14. All Or Nothing At All
15. Soon After Midnight
16. That Old Black Magic
17. Long And Wasted Years
18. Autumn Leaves
(encore)
19. Blowin' In The Wind
20. Ballad Of A Thin Man
6月15日
1. Things Have Changed
2. Don't Think Twice, It's All Right (Bob on GUITAR)
3. Highway 61 Revisited
4. Stormy Weather
5. Summer Days
6. Scarlet Town
7. Duquesne Whistle
8. Melancholy Mood
9. This Nearly Was Mine
10 Pay In Blood
11. Why Try To Change Me Now
12. Early Roman Kings
13. Desolation Row
14. All Or Nothing At All
15. Soon After Midnight
16. That Old Black Magic
17. Long And Wasted Years
18. Autumn Leaves
(encore)
19. Blowin' In The Wind
20. Ballad Of A Thin Man
セットリストを見て気づいたと思うが、初日は前回ヨーロッパ・ツアー最終日と比べると5曲目が 「アイ・クッド・ハヴ・トールド・ユー」に変わっただけで、ほぼ同じだ。インターネットの時代なので、ヨーロッパ・ツアーのほとんどの音源はすでに聞いていたので、初日を終えた時点で、サマー・ツアーも同じスタイルで続行すると判断して、ぼくは少しばかりがっかりした。もちろんテープやYouTubeで楽しむのと、実際に生で見るのとは雲泥の差があるが。ダンスやジェスチャーは少なくなったが、ボブの声はさらに張りと力強さを増したようだ。
正直に告白すると、初日にあまり変化がなかったので、2日目も見に行くかどうか一瞬迷った。なぜならセントラルパークで毎年開かれるサマーステージの14日はクレズマー&イディッシュ・ミュージックだったからだ。ぼくが密かに好きだと思っているクレズマーを生で楽しむことは、日本は論外だが、アメリカでもそれほど多くない。そこで、ボブをスキップして見に行こうかと一瞬思ったが、ボブの行動はだれにも予想できない。何が起きるかわからない。さらに大枚を払ってチケットを購入していたので、ボブのコンサートに行くことにした。
正解だった。やはり邪な考えを抱いてはいけない。セットリストでわかるように、大幅な変更がなされた。1番目の驚きはボブが2曲目でギターを持って歌ったことだ。「ラモーナに」は美しいワルツに仕上げられている。もちろんリードギターはボブ、チャーリーがボブのリフに呼応するようにツインリードの様相でついて行く。何十年も見慣れていたはずなのに、ぼくの目にはボブがギターを弾く姿が少々奇異に映った。ボブもバンドも全員同じ淡いグレーベージュの上下スーツを着用していたことと、ボブがサンバースト・ストラトギターのネックをかなり斜めにして弾いていたので、格好だけ見るとややダサい。しかし3日目の「くよくよするなよ」では違った。格好いい。黒の上下を着用したボブはギターのネックがほぼ水平になるように持って演奏した。もちろんリードはボブだ。かつてのような単音や3連音符を執拗に繰り返すフレーズではなく、シンコペーションを効かせたリフを次々に繰り出す。呼応するチャーリーとのツインリードは見事。
2番目の驚きは「サマー・デイズ」がセットリストに戻ってきたことだ。しかも新しいアレンジで。以前はトニーがウッドベースをくるくる回転させ、50年代風のロックンロールだったが、今年のヴァージョンはまったく違う。まず、ドニーのフィドルで始まる。ダグ・カーショウを連想させるようなケイジャン風のフィドルだ。泥臭い南部のケイジャン/ザイデゴ/ブルーグラス風に味付けされた軽快なカントリー・ナンバーに仕上がっている。最近のボブのライヴはカントリー色が薄れてきていたので、この新アレンジはひときわ目立つ。それにしても夏のツアーを始めたばかりなのに、「夏の日々は過ぎさってしまった。夏の夜も終わってしまった」と歌うなんて、ボブらしいな。もっとも「枯葉」を年中歌い続けているので、実際の季節なんて関係ないのだろう。もしかしたらボブは人生の夏が過ぎ、秋に向かっていると思っているのかな? どうだろう。
3番目の驚きはぼくの大好きな「スカーレット・タウン」が戻ってきたことだ。アレンジも少し変わっている。コーラス部分のないこの曲だが、繋ぎの箇所でチャーリーとドニーが印象的なリフを繰り返し単調さを打ち消している。
4番目の驚きは、当然かもしれないが『トリプリケート』から新たに「ディス・ニアリー・ウォズ・マイン」が歌われたことだ。初披露の14日はややぎこちなさを感じたが、15日は完璧だった。
5番目の驚き、いや、ショックは、「ブルーにこんがらがって」「ラヴ・シック」がセットリストから消えてしまったことだ。「ブルーにこんがらがって」を歌わないコンサートは何年ぶりのことだろう。初日に聞いた「ブルーにこんがらがって」はヨーロッパ・ツアーの途中から始めた新しいアレンジだった。この曲の特徴の一つであったギターでG-G9thのコードを刻むイントロがなくなり、歌が始まらないとわからないほどまったく新しいアレンジに変えたばかりだったのに、もう歌わないのかな? あるいは新アレンジにしっくり感じていないのかもしれない。
「ラヴ・シック」も消えてしまったので70、80、90年代の曲はセットリストから1曲も無くなってしまった。ボブの自作曲に限れば、今回のセットリストは60年代の作品が5曲、2000年以降の作品が8曲。自作曲以外にアメリカン・スタンダード曲が7曲という構成だ。相変わらずボブは不思議な人だ。
毎日「廃墟の街」を聴きながら、ぼくはふとノーベル賞受賞レクチャーを思い出した。ボブの最高の詩の一つとされる「廃墟の街」だが、読まれるのではなく、歌われるべき詩なのだという思いを込めて歌っているんじゃないかと感じた。ボブのピアノとチャーリーのギター、ドニーのマンドリンでしつこいぐらいに繰り返すジャムを展開。ところでボブのノーベル賞レクチャーに対して、一部では『白鯨』の説明を語る部分で他からの引用が多過ぎるとか、盗作ではないかといった批判が出ているようだが、ボブの言動には必ず批判も付いて回る。有名税みたいなものと、ぼくは思っている。もう一つノーベル賞レクチャーのボブの語りバックに流れるピアノの演奏がアラン・パスカだとは驚いた。パスカ1978年初来日の時のメンバーだ。
アメリカン・スタンダード曲の中では「ザット・オールド・ブラック・マジック」が珠玉の出来に聞こえた。5人編成のバンドなのに、まるでビッグバンドのような華やかさを感じる仕上がりになっている。「メランコリー・ムード」では、イントロでもあまりフラフラ歩き回らずに、得意の決めポーズを披露した。マイクスタンドの上部を左手で、中ほどを右手でつかんで斜めに構え、やや左半身で軽く膝を曲げる。この時のポイントはやや内側、X脚風にすることだ。当然ボブはそのことを知っている。憎い。
昨年の日本公演と違い、ボブは途中に休憩を取らずに90分間歌い続ける。もちろん本編最後の「枯葉」が終わるまで一言も発しない。アンコールが」終わると恒例となった整列して観客に視線を送るだけだ。ただ、2日目はこの整列が長かった。「どうだ」とでも言いたげにステージに立ち尽くすボブ。ボブも観客も満足した1夜だったことの証明だろう。
今回のツアーで気づいたことをいくつか挙げておこう。ステージバックに照明効果が使われなくなった。スチュがオープニングで奏でるギターリフが変わったことだ。これまでは「フォギー・デュー」のフレーズを弾いていたが、今回は確認できないが聞き覚えのあるトラディショナル曲、「ザ・スター・オブ・カウンティ・ダウン」か「ワイルド・マウンテン・タイム」のフレーズのようだ。ステージ前方にスタンド付きマイクが5本、横1列に設置されている。ボブが使うのは向かって左から2本目のマイク。ギターを持って歌うときは右から2本目。残りは飾りだろう。ステージ右隅の台の上にオスカー像と胸像が並べられている。
入場時のセキュリティチェックも厳しくなった。必ず一人ずつボディチェックを行う。タバコの箱の中まで調べる。また、携帯電話は電源を切るように指示され、会場内ではカメラ機能はもちろんだが、通話もメールも一切使用できないと再三注意される。一瞬でも携帯の画面が明るくなるとセキュリティがフラッシュライトで照らし駆けつけてくる。
ニューヨークの3日間が終わった。ぼくは21日のプロヴィデンスのj公演を見て日本に帰る予定だ。サマー・ツアーの後のスケジュールはまだ発表されていないが、秋のツアーはヨーロッパだとか、オーストラリアだとか、アメリカだとか、色々と噂が流れ始めている。日本はどうなんだろう。