ヘッケルのボブ・ディランUSツアー・レポートVol.1(2014年11月25日)
ヘッケルのボブ・ディランUSツアー・レポートVol.1
2014年11月25日
3月31日に東京からスタートした今年のボブ・ディラン・ネヴァーエンディング・ツアーは、6-7月にヨーロッパ、8-9月のにオーストラリア&ニュージーランドを回り、10月からはじまったUSツアーで締めくくられる。しかも、今年の最終日はニューヨークだ。日本公演のすべてを見たばかりだというのに、どうしてもまた見たくなったので、フィラデルフィア、ニューアーク、ニューヨークと最後の9公演を見ることにした。インターネットのおかげで、かなりの情報はすでに知っている。固定セットリスト、マイクが3本(4本のときもある)、オスカー像に加えてポージーとベートーヴェンの胸像が置かれている、アンコールの最後はフランク・シナトラのカヴァー曲「ステイ・ウィズ・ミー」など、もちろん音源も当然ながら入手していた。というわけで、それほど大きな期待を持たずにフィラデルフィアにやってきた。フィラデルフィアでは74年のザ・バンドを従えたアメリカ・ツアーを見て以来、87年のグレイトフル・デッドとのジョイントコンサートなど、何度も来ている。昨年もディランのアメリカーナラーマ・コンサートを見る予定でフィラデルフィアにいたのだが、あまりの豪雨のためにコンサート会場の近くまで行っておきながら、あきらめた因縁の地でもある。
今年のディランは、アカデミー・オブ・ミュージックという全米最古のオペラハウスが会場だ。収容人数2500人なので、Zepp DiverCityとそれほど変わらない。ステージの横幅もほぼ同じだが、客席の奥行きはかなり短い。古い劇場で円形に近い1階客席の周りを取り囲んで垂直に4階建てのボックス席がそびえ立っている。もちろん、室内の装飾もみごとだ。ぼくは、11月21日に1階中程の左寄り、22日に2階バルコニーやや右寄りの最前列、23日にオーケストラボックスのやや右寄り最前列で見た。フィラデルフィア・オーケストラが100年以上も本拠地にしてきた劇場というだけに、席が違っても音響のすばらしさに毎夜驚かされた。ボブは1965年にホークスをバックに歌ったことがある。じつに49年ぶりに戻ってきたということになる。念のために3日間のセットリストを書いておこう。
セットリスト(boblinks.comより転載)
1. Things Have Changed
(Bob center stage, Donnie on pedal steel, Stu on acoustic)
2. She Belongs To Me
(Bob center stage with harp, Donnie on pedal steel)
3. Beyond Here Lies Nothin'
(Bob on piano, Donnie on electric mandolin, Stu on acoustic)
4. Workingman's Blues #2
(Bob center stage, Donnie on pedal steel, Stu on acoustic)
5. Waiting For You
(Bob on piano, Donnie on pedal steel, Stu on acoustic, Tony on standup bass with bow)
6. Duquesne Whistle (Bob on piano, Donny on lap steel, Tony on standup bass)
7. Pay In Blood
(Bob center stage, Donnie on pedal steel, Stu on acoustic)
8. Tangled Up In Blue
(Bob center stage with harp then on piano, Donnie on pedal steel, Stu on acoustic)
9. Love Sick
(Bob center stage, Donnie on electric mandolin)
(Intermission)
10. High Water (For Charley Patton)
(Bob center stage, Donnie on banjo, Tony on standup bass)
11. Simple Twist Of Fate
(Bob center stage with harp, Donnie on pedal steel, Stu on acoustic)
12. Early Roman Kings
(Bob on piano, Donnie on lap steel, Stu on acoustic, Tony on standup bass)
13. Forgetful Heart
(Bob center stage with harp, Donnie on viola, Stu on acoustic, Tony on standup bass with bow)
14. Spirit On The Water
(Bob on piano, Donnie on pedal steel, Tony on standup bass)
15. Scarlet Town
(Bob center stage, Donnie on banjo, Stu on acoustic, Tony on standup bass)
16. Soon After Midnight
(Bob on piano, Donnie on pedal steel, Stu on acoustic)
17. Long And Wasted Years
(Bob center stage, Donnie on pedal steel, Stu on acoustic)
(encore)
18. Blowin' In The Wind
(Bob on piano, Donnie on violin, Stu on acoustic, Tony on standup bass)
19. Stay With Me (song by Jerome Moross and Carolyn Leigh)
(Bob on piano, Donnie on pedal steel, Tony on standup bass)
日本公演と比較してもそれほど大きな変化はない。最大の違いはアンコールでフランク・シナトラの曲「ステイ・ウィズ・ミー」をカヴァーすることだろう。かつては、ディランが何を歌うかファンは賭けの対象にしたほどだったが、そんな時代は遠くに過ぎ去った。2年ほど前から、まれに驚くほどの例外もあるが、毎回ほぼ固定セットリストだ。これによって、観客の反応も変わってきた。かつてはレアな曲が歌われるだけで大満足していたものだが、近年はどのように歌うかに耳をそばだてるようになったと思う。そう、同じセットリストでも、日によって歌い方やバンドの演奏が変わるのだ。同じセットリストだからといって、決してルーティン化したわけではない。だから、ファンは何度でも見たくなる。ボブとバンドはいまでも毎日本番の前に入念にサウンドチェックをおこなっている。同じ曲であっても、毎回ちがったリフが演奏される。ボブも歌詞を書き換え続けている。ステージ上でメンバーの視線はボブに釘付けだ。緊張感が伝わって来る。絶対に客席に向けることはない。
開演予定時刻の8時ちょうど、場内の照明が消され、耳をつんざくほどの大音量の銅鑼の音が場内に3回響き、スチュ・キンボールが弾くアコースティック・ギターの音が流れる。ぼくには大好きなタウンズ・ヴァン・ザントの「ダラー・ビル・ブルース」のリフに聞こえるのだが、はたしてどうだろう。すぐにボブを含む全員がステージに現れ、1曲目の「シングス・ハヴ・チェンジド」がはじまる。ボブはセンターステージに立ち、3本設置されたマイクの中央で歌う。日本公演とくらべると、動きが少なくなった。とくに膝を曲げて腰を落とすポーズは皆無。間奏部分でマイクから離れ、ドラムセットの前に両足を大きく広げて立ち、左手を腰に当てて得意なポーズを決めるだけだ。曲の終わりもかならず茶目っ気と威厳を混ぜ合わせたような「どうだ!」と言いたげな微笑ましいポーズで決める。フィラデルフィアのコンサート評でも、ボブは1曲歌い終わると毎回客席に向かって「Look, I’m Bob Dylan」と左手を腰に当ててポーズを決めると書かれていた。だれもが、同じように感じるようだ。
1曲ごとの詳細は省かせてもらうが、ぼくにとってのハイライトだけを書いておこう。「シー・ビロングス・トゥ・ミー」で聞かせたハーモニカは最近では傑出したものだった。「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」や「デュケーン・ホイッスル」でボブのピアノがリードする緊張感あふれるジャムがみごとだ。とくにチャーリーのギターが日本公演とくらべると全面に押し出され、本領発揮といった感じがする。ほかの曲でもチャーリーは長いソロは弾くわけではないが、じつに繊細な短いリフを押し挟む。「ラヴ・シック」のスチュ・キンボールのアコースティック・ギターとドニー・ヘロンのエレクトリック・マンドリンが鋭利なナイフのような鋭いリズムを刻む。もちろん、「ワーキング・マンズ・ブルース#2」、ぼくにはアメリカの現状に対するプロテストのように聞こえる「ペイ・イン・ブラッド」、代表曲「ブルーにこんがらがって」もすごい。1部はあっという間に終わってしまう。じつによく考えられたセットリストだ。
2部のハイライトはもちろん「フォーゲットフル・ハート」だ。アルバムが発売されたとき、ぼくは瞬時にこの曲が好きになったが、何度もライヴで聞くたびにその思いは深まるばかりだ。ボブが卓越したソングライター/パフォーマー/ヴォーカリストであることをこの1曲を聴けばわかるだろう。「スピリット・オン・ザ・ウォーター」で「トップを過ぎたと思っているんだろう? ぼくの時代は終わったと思っているんだろう?」とボブが歌うと観客は大声で「ノー!」と叫ぶ。これは日本公演でも同じだった。「スカーレット・タウン」は聞くたびに、物語に惹かれる。そして、最近のツアーのハイライトになっている「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」。独特の「ボブ・ダンス」や派手な手の動きをすることのなかったボブが、最終日に初めて左手を頭上まで掲げるジェスチャーを交えてこの曲を歌った。
アンコールの最後はフランク・シナトラが歌った1963年の映画『枢機卿 The Cardinal』のテーマ曲「ステイ・ウィズ・ミー」。事前に聞いていた感じでは、特別な印象を持てなかった曲だが、ライヴで聞くとまるでちがった。「いろいろなことが起きたが、これからもいっしょにいてくれるかい?」とボブが訴えているように聞こえるのだ。残念ながら、古い時代のポップ曲なので3分余りで終わってしまう。
ボブは今年の日本公演の前に、ハリウッドのキャピトル・スタジオでフランク・シナトラのカヴァー・アルバムをレコーディングしたようだ。その中からbobdylan.comで1曲「Full Moon And Empty Arms」が発表され、アルバム『Shadows In The Night』のジャケットも公開され、秋に発売される予定だったが、ブートレッグ・シリーズ『ザ・ベースメント・テープス・コンプリート』と重なるので、2015年に延期された模様。正式ではないが、レコーディングした曲は以下のように伝えられている。
Some Enchanted Evening
We Kiss in a Shadow
London by Night
It’s Only a Paper Moon
That Lucky Old Sun
Full Moon & Open Arms
Night after Night
If You Stub Your Toe on the Moon
(I Offer You the Moon) Senorita
The Night We Called It a Day
Night and Day
(Once Upon) a Moonlight Night
Lost in the Stars
This is the Night
Somewhere in the Night
The Moon was Yellow
Stars in your Eyes
What makes the Sunset?
Saturday Night (Is the Loneliest Night of the Week)
A Lovely Way to Spend and Evening
I Couldn’t Sleep a Wink Last Night
それにしても、1976年の『欲望』、1980年の『セイヴド』の収録曲も事前のコンサートで歌ったことがあったが、ボブが発売前に収録曲をライヴで披露するのはめずらしい。
フィラデルフィア余談
11月23日午後3時30分、信じられない出来事が起きた。ボブ・ディランはたったひとりの観客のためにプラヴェート・コンサートをおこなったのだ。会場は本来の会場と同じ2500人収容のアカデミー・オブ・ミュージック。スウェーデンのPAFという会社の企画で「Experimennt Aloneひとりで体験する」賭け企画があり、スウェーデン人の熱狂的ディラン・ファンでポッドキャスターでもあるフレデリック・ウィルキンソンの「ボブ・ディランのコンサートをひとりで見る」という願いが叶ったようだ。ボブはバンドを従えて、20分間彼のためにカヴァー曲4曲を歌ったという。この模様は15分のドキュメントビデオで12月15日にYouTubeで公開される予定だという。詳細を知りたい人は日本のサイト、「ボブのニュースBob Dylan and other music news」や「How to Follow Bob Dylanボブ・ディランの追いかけ方」を見るといい。このふたつのサイトは、ファンの知りたいことを、いち早く、じつに細かなことまで、ていねいに知らせてくれる。世界に誇れるディラン・サイトだと思う。
ヘッケルのボブ・ディランUSツアー・レポートVol. 2はニューヨーク・ビーコン・シアター5日間を中心に報告させてもらう予定だ。