ボブ・ディラン 2014年4月7日 Zepp DiverCity第6夜ライヴレポート by菅野ヘッケル
2014.04.08
INFO
見逃すな、この奇跡。世界がうらやむ日本限定特別公演ZEPPツアー!
東京6日目4/7(月)、なんと日本語で「ありがとう」!ステージ上でサイン!!
菅野ヘッケルさんからの第6夜ライヴレポートです!!
【ボブ・ディラン、2014年4月7日Zepp DiverCity6日目ライヴ・レポート】
ボブ・ディラン
2014年4月7日
Zepp DiverCity
「ありがとう」ボブの口から日本語が飛び出した。うれしい。今回の日本ツアーでは、1部が終わって休憩に入る前にボブのしゃべりことばが聞ける唯一の機会が訪れる。毎日、すこしずつことばはちがう。初日はていねいに「サンキュー。これから15分ほどステージから消えるよ。きみたちも休憩してくれ」とやや長くしゃべったが、回を重ねるにつれ、だんだん短くなってきた。今夜も簡単なことばを残すだけだろうと思っていたら、「サンキュー。アリガトウ。5分で戻ってくるよ」と告げたのだ。そう、日本語をしゃべった。一言だけだったが、めずらしい。今夜のボブは気分がよかったのだろう。
コンサート終了時には、さらなる奇跡が起きた。いつものように横1列の並んで観客の反応を見渡していたボブが、前方に出てきて前屈みになって、最前列中央の女性ファンが差し出すプレゼントを受け取った。それだけではない。その女性のとなりにいたふたりのファンが求めるサインに応じたのだ。ボブはその場に腰を落とし、ひとりにはタオルに、もうひとりにはボブが表紙のローリング・ストーン誌に、かなり時間をかけてサインをしたのだ。何度もコンサートを見ているが、ステージ上でサインをすることなどありえなかった。まさに奇跡だ。
今夜は7時ちょうどに場内が暗くなり、スチュのアコースティックギターのリフが流れはじめた。スチュは毎回おなじリフを弾いている。何かの曲の一部なんだろうか? 今夜の衣装は、バンドはグレーのスーツ。ボブは前身頃と背中が淡いグリーンとブラックのブロックパターンで分けられたジャケットを着用している。昨年秋のヨーロッパツアーでも来ていたステージ衣装だ。日本ツアーに向けて、5種類のステージ衣装を用意してきたようだ。おしゃれなボブらしい。
オープニングの「シングス・ハヴ・チェンジド」から今夜はていねいに感情を込めて歌っている気がする。ジョージがマレットで叩く行進曲風のビートが響く「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」でも、ボブのヴォーカルのよさが感じられる。バンドの音量がすこし上がったようにも感じた。ボブのハーモニカもいい。「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシン」ではドニーのエレクトリックマンドリンが効果的にリズムを刻む。ボブはピアノの低音部を中心にリフを繰り返す。つぎは定番セットリストから「ホワット・グッド・アム・アイ?」。アップシングを多用しながら、やさしくていねいにワルツを奏でる。さまざまな種類の声を使い分けるボブだが、今夜は深みのある低音も聞かせてくれた。それにしても暗いステージだ。一段と照明が暗くなったように思う。2階席から見ていると、一瞬ボブがどこにいるのかわからなくなるときがあるほどだ。エンディングではハーモニカも吹いた。日によってちがうが、今夜はハーモニカの演奏頻度が高い。ハーモニカ・ナイトかな。
続く「ウェティング・フォー・ユー」でもボブの低音が美しい。ジョージがブラシで刻むワルツのリズムにのせて、ボブのピアノ、ドニーのペダルスティール、チャーリーのギターが優雅なカントリーワルツを展開する。一転して「デュケーン・ホイッスル」になると、めずらしく照明が明るくなった。ようやく一般的な明るさのステージだ。ただし、ピンスポットはない。軽快なリズムで『テンペスト』収録曲を歌う。途中でかなり派手なジャム演奏もくりひろげる。ノリノリだ。このまま明るい照明のステージが続くかなと思ったら、いつものような暗さに戻り、「ペイ・イン・ブラッド」がはじまった。この曲はビートを効かせたロックナンバーに仕上がっている。最後は「どうだ?」と言いたげに、ボブが仁王立ちのポーズを決める。代表曲「ブルーにこんがらがって」では、頭上の照明も消されてしまった。いままでいちばん暗いステージだ。ほとんど暗がりのなかで歌っているように見える。この歌ではボブの自由なヴォーカルとハーモニカがみごとだ。1部を締めくくる「ラヴ・シック」でも頭上の照明は消されたままだ。その効果もあって、より不気味さが増す。恋に悩む男の苦しみを吐き出すように、ボブのヴォーカルは説得力にあふれている。それに呼応するように、観客も大歓声をあげる。今夜は観客の反応が目立つ。ボブも派手に両手を動かすジェスチャーを交える。こんな夜は、すばらしいコンサートが生まれるチャンスだ。
休憩中に1階フロアを見て、観客は思ったよりも若いことに気づいた。もちろん古くからボブを聞き続けているだろう思われる高齢者もいる。日本まで見に来たと思われる外国人も大勢いる。それでも72歳のアーティストを見に来る観客にしては、年齢層が若い。ボブが、過去のアーティストではなく、いまでも新しいことに挑戦し、進化を続ける現役のアーティストである証だろう。新しくファンの仲間入りをする若者達が多くいるということだ。シェイクスピア、バッハ、ピカソなど天才アーティストと言われる人は何人かいる。ただ、みんな歴史上の人物だ。でも、ディランはちがう。ボブという天才とおなじ時代、おなじ空間に生きていて幸せだとぼくは思う。そんなことを考えていると、ドラムセットの前に置かれていた白いエレクトリックギターが片付けられる光景が目に入ってきた。ボブはギターを弾かなくなって久しいが、万が一のために毎回ボブのギターが準備されているが、今夜はそれも片付けられた。
2部、ボブは帽子をかぶらずに登場し「ハイ・ウォーター」がはじまった。ボブのヴォーカルは、歌うとも、しゃべるともちがう独特なフレージングだ。だれにも真似のできないリズム感に圧倒される。ボブは片手でマイクスタンドをつかみ、わずかにヘッドバンギングのような動きを見せる。迫る洪水の恐怖を表すようなドニーのバンジョーをバックに、ボブのヴォーカルが切迫感を伝える。「運命のひとひねり」は、どうしてこんなにやさしい歌い方ができるのだろうと思うほど、ニュアンスを込めながら愛で聞き手を包み込む。この曲でもハーモニカが印象的に響く。代わって激しいピアノブルース「アーリー・ローマン・キング」。叩くようなピアノとギターの掛け合い、ヘヴィーなサウンドに乗せてボブのヴォーカルがクリアに伝わる。つぎは「ハックス・チューン」ではなく、定番の「フォゲットフル・ハート」に戻った。レアな歌はもちろん聞きたいが、ぼくは「フォゲットフル・ハート」が省かれるのは嫌だ。ハーモニカのイントロでスタートしたこの歌でも、トニーのストリングベースとドニーのヴァイオリンが奏でる物悲しいサウンドに乗せて、ボブのヴォーカルがクリアに聞こえてくる。本当にドアがあったことさえも、忘れてしまったのだろうか? 一転して軽妙な「スピリット・オン・ザ・ウォーター」でも、ボブのヴォーカルはみごとだ。今夜はハーモニカナイトであり、同時にヴォーカルナイトでもある。曲の終わりでジャム演奏が繰り広げられる。
「スカーレット・タウン」はヴォーカルナイトを象徴するできだ。ボブは最高のヴォーカリストであり、最高のストーリーテラーでもある。コーラス部分のない歌なので、いつまでもエンディングを迎えることなく、永遠に聞き続けたい気分にさせられたのはぼくだけか? 「スーン・アフター・ミッドナイト」は星空の下で聞く、甘い調べのポップスのようだが、歌のなかの世界では殺人事件が起きているようだ。2部の締めくくりは、もちろん定番となった「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」。ようやく明るくなったステージの中央にボブが大きく足を広げて立っている。帽子を脱いだボブは若々しく見える。コンサートの興奮がピークに達した瞬間だ。長く無駄に費やされた歳月があったしても、もはやここまで。両手を延ばしてボブなりの派手なアクションを交え、短い歌詞を叫ぶようにくりかえす。観客はワイルドな反応を返す。こんなに大騒ぎをする観客は初めてだ。歌の最後、ボブは右手を上げて決めポーズで2部が終わった。今夜は最高の夜になった。
アンコールの「見張り塔からずっと」では、何かが起きる不安さを示唆するかのように、鍵盤に頭ぶつかるんじゃないかと思うほど前屈みでピアノを叩くボブを中心にジャムが展開する。ハーモニカのイントロで「風に吹かれて」がはじまる。ボブのピアノとドニーのヴァイオリンがユニゾンのように同期する。すべてが終わって整列したとき、冒頭に書いた奇跡は起きた。ボブはその日の反応を確かめるために、整列して観客の様子を観察するのだ、とぼくは思っている。今夜のようにすばらしい反応を返してくれた観客に対しては、ボブもプレゼントを受け取ったり、ありえないことだがステージ上でサインをしたりして応える。さて、今夜から4日間連続でコンサートは続く。この後どうなるだろう。ぼくの心のなかで楽しみが暴走する。今夜のコンサートは、記憶に残る一夜だった。ありがとう、ボブ。ありがとう、今夜の観客のみなさん。(菅野ヘッケル)
Bob Dylan
April 7, 2014
Zepp DiverCity
1.Things Have Changed
2.She Belongs To Me
3.Beyond Here Lies Nothin'
4.What Good Am I?
5.Waiting For You
6.Duquesne Whistle
7.Pay In Blood
8.Tangled Up In Blue
9.Love Sick
(Intermission)
10.High Water (For Charley Patton)
11.Simple Twist Of Fate
12.Early Roman Kings
13.Forgetful Heart
14.Spirit On The Water
15.Scarlet Town
16.Soon After Midnight
17.Long And Wasted Years
(encore)
18.All Along The Watchtower
19.Blowin' In The Wind