グラミー賞総括 筆: 新谷洋子
音楽界における年明け最初の関心事と言えば、グラミー賞の授賞式。今年の第66回も例外ではなく、来たる2月4日(日)(日本時間2月5日(月))、昨年と同じロサンゼルスのクリプト・コム・アリーナにて、南アフリカ人のコメディアン、トレヴァー・ノアをホストに迎えて開催される。今回は新たに3つの部門――最優秀アフリカン・ミュージック・パフォーマンス賞、オルタナティヴ・ジャズ・アルバム賞、ポップ・ダンス・レコーディング賞ーーが設けられ、AIの使用にまつわるルールを加えるなど幾つかのアップデートがなされたが、さる11月10日にアナウンスされたノミネーションのほうは、一瞥するだけでここ数年のトレンドを引き継いでいることが明白だった。それはずばり、「女性優位」というトレンドである。思えばグラミー賞を主催するレコーディング・アカデミーのニール・ポートナウ元会長が、主な受賞者が男性に占められたことを受けて「女性たちには努力が足りない」と発言し、激しい批判を浴びたのは2018年のこと。あれ以来状況は一変し、2019年の第61回はケイシー・マスグレイヴスやH.E.R.が、第62回はビリー・アイリッシュが話題をさらい、第63回はテイラー・スウィフトやミーガン・ザ・スタリオンが大健闘。次いで男女がバランス良く受賞した第64回を挿んで、昨年の第65回はビヨンセが主役に躍り出て、とにかく女性の強さが際立っていた。
そして第66回は、最優秀アルバム賞、楽曲賞、レコード賞の主要3部門全てにおいて、計8組の候補者のうち7組を女性が独占。辛うじて滑り込んだ男性は第64回の最多受賞者だったジョン・バティステのみで、ポップ勢が圧倒的存在感を示しているのも3部門の共通項だ。
もちろんジョン以外にもジャック・アントノフ、フー・ファイターズ、ドレイクといった常連男性アーティストは健在だし、マーク・ロンソンとアンドリュー・ワイアットが手掛けた映画『バービー』のサントラも、今回のグラミー賞を語る上ではずせない一枚。ビリーの『What Was I Made For?』を始めとする収録曲を含めて計12のノミネーションを叩き出し、制作者は男性ながら映画そのもののテーマも相俟って、女性パワーに寄与した感がある。
さて、そんな中でも本年のグラミー賞の顔として記憶に刻まれることになりそうな女性が、最多の9部門で候補に挙がっている、SZA(シザ)ことソラーナ・ロウである。セントルイス生まれのニュージャージー育ち、2017年にアルバム『Ctrl』でメジャー・デビューに至った彼女は、同作をアメリカだけで3百万枚売り、映画『ブラック・パンサー』の事実上の主題歌だったケンドリック・ラマーの『All the Stars』にフィーチャーされるなどして着々とブレイク。2022年12月に届いた待望のセカンド『SOS』は計23曲から成る大作ながら、ストリーミングのみでビルボード200で10週間にわたって1位の座をキープし(女性アーティストとしては2020年代以降最多記録)、初の全米ナンバーワン・シングルとなったリベンジ・ファンタジー仕立てのシングル『Kill Bill』ほか3曲のシングルがトップ10入りを果たしたのみならず、ドレイクやトラヴィス・スコットのヒット・シングルにもフィーチャーされたSZAは、2023年を通じて話題を提供し続けた。
グラミー賞でもすでにお馴染みの存在で、2018年の第60回で新人賞など5部門にノミネートされたのを皮切りに、客演作品を含めて計15回候補に挙がっており、受賞は第64回の最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞(ゲスト参加したドージャ・キャットの『Kiss Me More』で)だけだが、今の勢いを考えると今回はかなりの健闘を期待して差し支えないだろう。何しろ『SOS』は、R&Bからポップパンクやカントリーに至る途方もなく多様なジャンルを網羅。その分包含するエモーションの幅も実に広く、時に矛盾もはらんだリアルな女性像を取り繕うことなく描出した意欲作であり、多数のメディアが年間ベスト・アルバムの1枚に選出している。最優秀アルバム賞、プログレッシブR&Bアルバム賞、『Kill Bill』でレコード賞、楽曲賞、R&Bパフォーマンス賞、『Snooze』でR&B楽曲賞、『Low』でメロディック・ラップ・パフォーマンス賞、『Ghost in the Machine』でポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞、『Love Language』でトラディショナルR&Bパフォーマンス賞といった具合に様々なカテゴリーに食い込んでいることも、そのクロスオーヴァー力を物語っているのではないだろうか?
続いて7部門に名前があるヴィクトリア・モネも、ダークホース的ポジションに付けている要注目アーティストだ。長年売れっ子ソングライターとしてアリアナ・グランデやフィフス・ハーモニーのヒット作に関わってきた彼女は、昨夏満を持してソロ名義のデビュー・アルバム『JaguarⅡ』を発表。大ヒットこそしていないが曲の質は総じて高く、生楽器がふんだんに盛り込まれ、先人へのリスペクトを満々と感じさせる王道のR&Bを詰め込んだ同作は、各方面で賞賛を浴びたものだ。そして結果的に、遅ればせながらの最優秀新人賞、レコード賞、R&B楽曲賞(『On My Mama』)、R&Bパフォーマンス賞(『How Does It Make You Feel』)、R&Bアルバム賞、トラディショナルR&Bパフォーマンス賞(『Hollywood』)、アルバム技術賞(クラシック以外)にノミネートされ、この内『Hollywood』では、ゲスト参加している2歳の娘ヘイゼルが史上最年少のグラミー候補者となった。
最後にもうひとり、6部門でノミネーションを勝ち取ったマイリー・サイラスもまた、授賞式の行方が非常に気になるアーティストである。というのも、彼女がシンガーを演じたドラマ『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』時代を含めて20年近い活動歴と多数のヒット曲を誇り、確かな歌唱力とソングライティング力と影響力を備えたポップアイコンのひとりでありながら、なぜかグラミー賞となると、自身の作品では第57回で『Bangerz』(2013年)が最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム賞候補になったのみで、ほとんど縁がなかった。
だが30代に突入して最初の作品となった8作目『Endless Summer Vacation』は、これまでの音楽遍歴の集大成であるだけでなく、人生のアップもダウンも体験してきた自分の現在地を総括する誠実なセルフ・ポートレイトに仕上げられ、マイリーの最高傑作との高い評価を浴びている。しかも、シングル『Flowers』は計8週全米ナンバーワンに留まるキャリア最大のヒットを記録するという充実の2023年を経て、最優秀アルバム賞、ポップ・ヴォーカル・アルバム賞、レコード賞、楽曲賞、ポップ・ソロ・パフォーマンス賞(以上『Flowers』)、ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞(ブランディ・カーライルをフィーチャーしてルーツであるカントリーに接近する『Thousand Miles』)の6部門にノミネート。いよいよ初のグラミー賞獲得が現実味を帯びている。もちろんここに挙げたアーティスト以外にも、それぞれマイリーと並ぶ6部門の候補に挙がっているテイラー(もし彼女が4度目の最優秀アルバム賞に輝くとこの部門の最多受賞記録を更新することになる)にビリーにオリヴィア・ロドリゴ、ラナ・デル・レイ、インディ・ロック界の3人の実力派シンガー・ソングライターーーSZAの『Ghost in the Machine』に客演しているフィービ・ブリジャーズ、ルーシー・ダッカス、ジュリアン・ベイカー――から成るボーイジニアス……と大物が揃い踏み。誰が各部門で突き抜けるのか予測するのは不可能だと言っていい今回、気長に2月4日を待ちたい。筆: 新谷洋子