'71年作品。UKトラッド・フォークの歌姫、アン・ブリッグスの2作目は、TOPICからCBSに移籍しての意欲作になりました。ほとんどトラッドを題材にしていた前作とは一転して、彼女自身のオリジナルを中心に、バート・ヤンシュとの共作など、一段と成長の跡を伺わせる充実した内容になっています。爪弾くギターを唯一のバックに淡々と歌うアンのヴォーカルは、ジャケットにあるように、心地良い早朝の森に漂う空気のような清らかさに溢れており、魂が洗われるような不思議な感覚に包まれる貴重な名盤です。
1. 夢の国から
2. 野うさぎの丘
3. ファイアー・アンド・ワイン
4. ステップ・ライト・アップ
5. ライド・ライド
6. ザ・タイム・ハズ・カム
7. クレアはうさぎをつかまえた
8. もつれた男
9. ウィッシング・ウェル
10. 岸辺にて
11. 波
12. いつも
13. 優雅な騎士
 アンがCBSに残した最初で最後のアルバム『森の妖精』は、エコーに包まれた曲群が織りなす、ルイス・キャロル的な夢の世界の雰囲気をまとっている。13曲のうち8曲がオリジナル(うち1曲はバート・ヤンシュと共作)、残り5曲がカヴァーで、すべて彼女自身による弾き語りだ。カヴァー曲の作者は、ジョニー・モイニハン、ヘンリー・マカロー、スタン・エリソン、スティーヴ・アシュリー、そしてラル・ナイト(旧姓ウォータースン)である。
「優雅な騎士」を書いたラルは、ハル出身の有名なファミリー・グループ、ウォータースンズのメンバー。アンは彼らのステージにたびたび参加し、長いあいだ「5番目のウォータースン」としても知られていた。オリジナル・アルバムのライナーノーツで、アンはラルが歌うのを聴きたいと書いているが、実際、ラルはのちに自作曲をレコーディングする機会に恵まれて、夢を叶えることになる。最初にかたちになったのがラルの兄マイクとのジョイント・アルバム『ブライト・フィーバス』で、ここには「優雅な騎士」が収められている。
 軽快なインストルメンタル曲「クレアはうさぎをつかまえた」を書いた作曲家スタン・エリソンは、アンがトラッド・ソング「ブラックウォーター・サイド」をトピック盤に収める際、シンプルだが美しいギター・アレンジをした人物として知られている。彼がリー・ニコルソンと共作したアルバム『ゴッド・ブレス・ジ・アンエンプロイド』には、アンの「水辺の暮らし」の美しいカヴァーも収められている。

 まるでドラッグでトリップ中に見る風景を歌っているかのような「岸辺にて」はジョニー・モイニハンの作品で、アンはこれを以前にも録音したことがあった(著作権の管理団体は同曲をトラディショナル・ソングとしているが、これは間違いだ。今さら言っても、どうにもならないだろうが)。1969年9月、レイディオ1のジョン・ピールの番組『トップ・ギア』用のセッションでのことである。1966年のBBC出演時の歌だけの録音は残っているが、このセッションのテープはどこかに消えてしまったらしい。彼女の弾き語りによる初録音だっただけに、じつに残念だ。モイニハン自身による同曲の録音は、彼の2枚目にして最後になったアルバム『ザ・トラックス・オブ・スウィニー』に収録されている。ここで歌われている岸辺の情景――アン自身の手になる「夢の国から」や「波」、そしてもちろん「水辺の暮らし」もそうだ――には、自然界とのつながりに対する強い思いが現われている。

 このアルバムには、彼女とスウィニーズ・メンとのつながりを示す曲がもうひとつある。ヘンリー・マカローの手になる「ステップ・ライト・アップ」だ。これは1968年、彼がバンドに在籍したわずかな期間中――エアラ・アパレントの一員としての米国ツアーとジョー・コッカーとのウッドストック出演のあいだ――に書かれたものである。ヘンリーが脱退してから発売されたスウィニーズのアルバムに収録された他の数曲と同じく、これもヘンリー本人は今後も録音することはまずないのだろう。
「当時はおんぼろのフォルクス・ワーゲンのバンでツアーをして回っていたの」とアンがスウィニーズ・メンと活動を共にしていたころを振り返って言う。「男が3人に女の子がふたり。みんなでよくそのバンに乗ってたな。マネージャーがいたんだけど、ある日そのマネージャーがステージ衣装のシャツにアイロンをかけなくちゃって言いだしたのよ。もちろんわたしはそんなの即座に断ったわ、冗談じゃないわってね。確か、ギグの前になるといつもジョニーがシャツを洗っては、一生懸命アイロンをかけてたわね。このころからいろんなことが変わり始めたのよ(中略)。でも、(ヘンリーが加わったころは)とってもエキサイティングだったな。彼が入って、音楽的な可能性がわっと広がったの。ヘンリーがトラッド界に帰ってきてくれたのは、ほんとに嬉しかったな。彼はそれまで、すごくヘヴィーなロックものを演っていた。それでトラディショナルなものに戻ってきて、あのグループの方向性に大きな影響を与えたのよ」

 1971年当時、リスナーの大半は、アンとバート・ヤンシュの共作曲「ウィッシング・ウェル」でさえカヴァー曲だと思ったことだろう。同曲はその数年前、すでにヤンシュのアルバム『バースデイ・ブルース』に収録されていたからだ。アンのトピック盤に収められたヤンシュとの共作「ゴー・ユア・ウェイ・マイ・ラヴ」もしかりである。これら宝石のような名曲を産んだふたりのコンビは、じつはその何年も前に始まったものだった。アンを代表する1曲「ザ・タイム・ハズ・カム」はこの蜜月期に書かれているし、彼女がレパートリーにしていたトラッド曲(たとえば「ブラックウォーター・サイド」)に、ヤンシュがすばらしいアレンジを施したのもこの期間だ。ふたりの関係は1965年1月の始め、彼らがロンドンで出会ってから始まった。ふたりともまだ時間があり余っていたころの話である。

 当時フォーク・シーンは活況を呈し始めていたが、トラディショナルとコンテンポラリー・スタイルは依然としてはっきり区分されていた。そのため、アンのようなトラディショナル・シンガーがバートのようなボブ・ディラン風のソングライター/ギタリストと組むなど、前代未聞の出来事だったのである。バートはこの共同作業で産まれた果実を、その後1966〜71年にかけて数枚のアルバムで発表し、ライヴでも頻繁に披露した。だが一方のアンはというと、しばらくのあいだ尻込みし、ギターを抱えて人前でプレイすることさえしなかった。
「何年も何年もあとね」と彼女は言う。「60年代の終わりになってからだったかな。バートと一緒に取り組んだのは、そのずっと前、60年代の初めのころだったから、けっこう経ってからね。一緒に演ったことはなかったな。ただの一度もね。お客はわたしたちのことを、まるで無関係のパフォーマー同士だと思ってたし、ある意味、そのとおりだったから。当時のひとたちの見方と、受け取り方に関して言えばね」

 1997年のインタビューで『森の妖精』の中でお気に入りの曲はと聞かれたとき、アンはすかさずこう答えた。「何が入ってるのか覚えてないのよ。教えててくれるかしら……」。そして思い出したあと、彼女は「〈クレアはうさぎをつかまえた〉と〈もつれた男〉が好きね」と答えた。後者は彼女の自作曲で、「とっても個人的な歌なの」としか言わなかった。

 では、彼女の手になる他の曲はどうなのだろう?「〈いつも〉はかなり苦しい感じの曲で、あんまり好きじゃないな。〈波〉はね、キャラヴァンに寝泊まりするようになった友だちについての歌。彼女、心にかなり大きな問題を抱えてたのよね。わたしはあのころ、彼女のことが心配でしょうがなかった。それであれを書いたの。結局、自殺しちゃったのよ。悲しかったな。亡くなるのは何年かあとのことなんだけど、とにかくわたしは彼女の力になろうとしていた。だからあの曲は、力になりたいっていうわたしの気持ちを歌ったもので、彼女に対していつも抱いていた不安と心配も入ってるの」
「波」はのちにロビン・ドランスフィールドがカヴァーし、1980年のトピックのアルバム『タイドウェイヴ』にタイトル曲として収録されている。だが、アン・ブリッグス作品のカヴァーといえばやはり「ザ・タイム・ハズ・カム」に尽きるだろう。この曲は彼女自身のアルバムに収められる前からすでに、バート・ヤンシュとジョン・レンボーンの『華麗なる出会い』、ドリス・ヘンダースンの『ウォッチ・ザ・スターズ』、名作と評されたペンタングルの『スウィート・チャイルド』、さらにはアラン・プライスの1968年のヒット・シングル「ドント・ストップ・ザ・カーニヴァル」のB面に収められた見事なポップ/ソウル風アレンジが施されたヴァージョンまでと、さまざまなかたちで登場している。
「あれはどうしてあんなに人気があったのかしら。理由は想像もつかないわ」とアンは言う。「あれを書いたとき、わたしはまだ19だった。まだ若かったな。曲はすごくシンプルだし、ギターのリフもシンプル。生まれて初めて書いた曲だった。信じられないくらいわかりやすい曲よ。歌詞だってそう。たぶん、そういうシンプルさが必要なのね。大人になるとみんな、そういうのを失くしちゃうんじゃないかな」

 残りの収録曲についても触れよう。「野うさぎの丘」はスタン・エリソンのプレイを伴った短いインストルメンタル。「ライド・ライド」はアン名義となっているが、歌詞は使い古された感もあるほど有名なアメリカのフォークソング「レールロード・ビル」をアレンジしたもの。彼女らしいメロディーが非常に魅力的だ。最後になったが、「ファイアー・アンド・ワイン」はスティーヴ・アシュリーの作品で、アンはこれと「もつれた男」を1971年12月半ば、ジョン・ピールの番組への2度目にして最後の出演時に披露している。