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darren hayes




2002年10月28日 月曜日

いま僕は、モスクワにいる。←こんなフレーズ、生きているうちに口にする日が来る なんて夢に思ってもみなかったことなんだけど、実際問題として、僕はいま、モス ク ワにいるんだよね。ということ自体は楽しいことではあるんだけれども、その一方 で、つらい気持ちがしている部分もあるんだ。というのは、例のテロ事件が今朝方 早 い時間に重大局面を迎え、なんとか決着をみたという状況があるからなんだ(人気 ミュージカル「ノルド・オスト」を上演していたモスクワ市内の劇場を武装勢力が 占 拠し、観客を人質にとって立てこもったテロ事件のこと。この日の朝、ロシア特殊 部 隊が劇場に突入し、人質を解放したものの、そのさい犠牲となった者も少なくな かっ た)。きわめてあたりまえのことなんだけれども、テロ事件というこの現実を取り 巻 く緊迫感と恐怖感によって、僕の今回のモスクワ訪問には暗い影がさしているとい う 状況だった。予定されていた二回のコンサート両方に対して、はたして開演のゴー サ インが出るのかどうかもはっきりわからなかったし、実際にコンサートをおこなっ た ところで、それがはたして正しいことなのか、こういう状況において道徳的にOK さ れるべきことなのか、そして、モスクワの人々のいま現在の気分を害するというこ と にならないのかどうかさえ、僕たちにはわからなかった。僕がその時点でいえるこ と があったとすれば・・・、それは・・・、音楽は人々を癒す力をもっているという こ と、そして、その次の日の夜、ステージに立てたならば、僕たちはその音楽の癒し の パワーをオーディエンスにできうる限り与えよう、ということだけだった。

モスクワにいたるまでのフライトは、ホントにクレイジーって感じだったよ・・・ マ ジな話、いつかどっかで墜落するんじゃないかと思ったくらい。そして、モスクワ に 着いたところで、記者会見をやったんだよね・・・(実際にみんなの前に姿をあら わ して、僕がホントにモスクワにいるということ、そしてライヴは予定通りおこなわ れ るということを納得させなくちゃいけなかったから、そのために・・・)。なんだ か まるで、現実のできごとじゃないみたいな気持ちがすごくした。テロ制圧のために 特 殊部隊が劇場に突入したけれども、そのさい、あれだけ多くの人が死んでしまっ たっ ていうのに、“ポップスのライヴ”なんてものについて語っている自分を、うすっぺ らい人間だなとさえ考えそうになってしまうところだったよ。ほとんど、「キャッ チ =22」の世界だよね(「キャッチ=22」は、アメリカ人作家ジョーゼフ・ヘ ラー が1961年に発表したベストセラー小説。戦争の不条理さを痛烈に風刺したブラッ ク・ コメディで、20世紀を代表するアメリカ文学作品のひとつとして名高い。日本語版 は ハヤカワ文庫より上下巻として発売されている。1970年にマイク・ニコルズ監督に よって映画化されたさいには、アート・ガーファンクルやアンソニー・パーキン ス、 オーソン・ウェルズらが出演をはたした)。だいたい僕は、東南アジアでのライヴ の 日程が延期されなくてはならなかったという事態についてだって、非常にイヤな気 分 になっていたところだったんだよね(東南アジア地域の昨今の政治情勢、特に、マ ニ ラおよびバリ島でのテロ勃発という状況を踏まえて、来日公演のあとに予定されて い たシンガポール、台北、マニラ、そしてバンコクでのダレンのライヴは延期され た。 ただ、あくまでも延期であってキャンセルではないということで、2003年の前半に は パフォーマンスがおこなわれる予定になっている)。遠路はるばる、ロシアまで出 か けてきたっていうのに、結局のところ、ロシアのファンをがっかりさせるだけの結 果 に終わったなんてことになったら、自分だってホントにがっかりしちゃうってもん だ ものね。すばらしいロシアのファンのためにも、ライヴがちゃんとおこなわれて、 す べてがうまくいくようになったらいいなと思ってるんだ(結果として、モスクワ・ ク レムリン宮殿で予定されていた二回のライヴのうち、26日の分は無事おこなわれた も のの、劇場占拠事件が解決をみた28日のライヴは中止となっている)。

昨晩(25日)のサンクト・ペテルブルグでのパフォーマンスも、僕にとってはま る で現実じゃないみたいな気分がしたよ。一万席もあるアリーナでのパフォーマンス で、チケットは最終的にはすべて売り切れということになったんだけど・・・、そ の チケットのうち半分以上は、ライヴの開演の数時間前になってようやく売り出され た という状態だったんだよね・・・(なんでそんなことになっていたかというと、関 係 者は、僕が空港に降り立ったというニュースをテレビで見て確認するまでは、僕が ホ ントにこの会場にあらわれるかどうかわからなかったから、チケットを売り出さな かった、という事情によるものなんだけどね・・・)。そんな売り出し状況だった に もかかわらず、完売したっていうのはホントに幸運なことだったよ。というのも、 ロ シアの現在の経済状況から考えると・・・、ライヴのチケットの値段っていうのは ホ ントに高いものなんだから。でも、ライヴが始まる時間ともなれば、アリーナはま ぶ しいくらいのほほえみを顔中に浮かべたオーディエンスでいっぱいになっていて、 僕 は、自分が与えられるものをありったけオーディエンスに与えるために、必死に なっ て歌っていた。あの夜、“Affirmation”、それに、“Spin”といった曲は、これま でとはまったく違った、新しい意味をもつ曲として聞こえたと、僕は思うんだ。

それはさておき・・・、結局のところ、それだけが、僕がやりとげたいと思ってい た ことなんだよね。つまり、会場に来てくれたオーディエンスのみんなに、僕の考え や 感情をわかちあってもらって、ホントに真剣な時間を一緒に過ごすということ。く り かえしになってしまうけれども、ファンのみんなが僕によせてくれる愛、そして誠 実 な思いやりに、心から感謝しているよ。僕たちが暮らしているこの世界の背負った 問 題が、近い将来、解決することを心から祈るばかりだ。昨年の同時多発テロ以降の こ の一年という時間は、人類にとって本当の意味での試練のときだったんじゃないか と 思う。ここへきて突然なんだけど、なんだかんだいっても、ジョン・レノンがただ の “空想家”だなんてことは思えなくなってきた。「想像してごらん、世界中のすべて の人々が・・・」(←これはもちろん、ジョン・レノンの名曲“Imagine”からの引 用である)。
世界中のすべての人々に、神のご加護がありますように・・・。


キスキス、D



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