「エジプト旅行(前編)」第七回
DAY7(1996/10/7)   CAIRO
朝の五時に空港に着いた。さすがにインパクトがある国だ。砂漠の中に悠然と空港がたたずんでいる。その砂漠を抜け、街を抜け、しばらく車を走らせると、唐突に目の前のピラミッドがそびえ立っていた。しばし絶句。でかいでかいとは聞いていたが、さすがに本物は違う。一瞬にして自分の人生を振り返るほどでかい。ファラオの偉大さが身にしみるほどでかい。などと古代に思いをはせていたのだが、イ・パクサはそもそもピラミッド自体を知らなかった。
「なに、なに?あのでっかい三角形の石は?」


車中でピラミッドとは何か、いつ作られたのか、何のために建造したのか、そしてなぜ我々はここに居るのか、など世界遺産の基礎的な知識を博士に伝授しているうちにホテルに到着した。これまた素晴らしいホテル。全室からピラミッドが見える、いわばピラミッドフロントなホテルですわ。バクシーシ山下いわく「F1ドライバーが宿泊してそうなホテル」。あんたのいいホテルの概念はそれかい。

今回の行程は結局予算の関係で、ガイドやコーディネイターの類を一切ナシにしていたのだが、エジプトだけはガイドを一日つけることにした。アラブのマナーはさすがに私でも分からない。日本から代理店を通じてホテルへその旨をFAXしていたのだが、基本的に全く返事が来なかった。FAX代がもったいないからだ。本当にF1ドライバーが宿泊しているのか。従って現地に到着するまで本当にガイドが来るかどうだか不安だったのだが、ベルボーイのチーフとおぼしきブルースでも唄いそうなじいさんが、「タクシーは何時に呼べばいい?」とかすかにイギリスなまりのエジプト英語で聞いてくる。どうやらこちらのリクエストは届いていたようで、アントニオという運転手が我々を案内してくれるそうだ。機内で一夜を過ごし、心なしかそろそろ時差ボケも出てきた我々は2時間ほど仮眠をしてから出発することにした。なにしろまだ朝7時にもなっていないのだ。

一眠りして、9時。待ち合わせのロビーには既に全員がそろっていた。そして、サムペキンパーの映画に出てきそうなサングラスの浅黒い男が俺に寄ってくる。俺やバクシーシやカンパニーの名前が書いた紙切れをかざして、「これはお前たちか?タクシーはもう出発できるぞ」と確認してきた。

こいつがガイドのアントニオか。英語も流暢だし一応安心した。事前の情報ではカイロには観光客をカモにするあまり信用のおけない人々がたくさんいると聞いていただけに、なかなかどうしてしっかりしたホテルではないかとジャパンマネーに感謝したりもした。ちなみにこのいいホテルの宿泊費がわずか1万円ちょっと。

ま、しかし世界中どこにいっても、我々が何をしたいのかを理解してもらうには時間がかかる。後部座席でタバコをふかしている小男は韓国の有名な歌手でビデオの撮影のためにピラミッドの前で唄いたいのであるそのために我々はラジカセとマイクを持ってきたのだ従って博物館やら土産物屋に立ち寄っている暇はないのだ、というような内容をアントニオに伝えるのに一苦労である。念のためパクサに鼻歌など唄わせてみたりして、なんとか納得させる。

唄う前に衣装を購入したいのでどこか店を紹介してくれと頼んで連れて行かれたのは、いかにもぼったくられそうな観光客相手の土産物屋。有名店を調べている時間もないので、観光客価格を覚悟の上で例のエジプトの人々が着ているローブのようなものを購入する。すっぽり上から布をかぶるだけなのだが、焼けるように暑い砂漠ではなかなか機能的かつ絵になる優れた衣料だ。しかも誰が着てもこの土地であれば結構似合うものだ。

で、お約束のように店員がカーペットを買えだの銀の食器を買えだのと五月蠅い。よせばいいのに、興味津々のパクサはいちいち店員の案内を熱心に聞く。アントニオは奥で知り合いとおぼしき別の店員と談笑している。どうせバックマージンが入るのだろう。笑顔も出るわな。

いよいよピラミッドだ。MTV世代の私でもピラミッドの前で唄っているビデオは見たことがない。前人未踏の試みなのだ。ひょっとしたら年末にスペースシャワーで賞なんてもらったりして、むふふ。などと甘い期待と純粋な観光魂を抱きながら、ロケポイントを車で探す。テレビでは分からないことなのだが、ピラミッドの周辺は以外に開発が進んでいて、すぐそばまで街が広がっている上に、有名絵葉書ポイントはほとんどが車でまわれる。

その中でも一番有名な小高い丘のポイントで我々は車を降り、少し丘を下って撮影することにした。後ろを振り返ると各国の観光客が「何をするんじゃい」といった顔で我々を見ている。ま、さすがにこの手の視線には慣れてきた。多分慣れない方が人間として健康なのだろうけど。

純白の衣装に身を包み、ヘビの杖を片手にイ・パクサが唄う「エジプト旅行」。わざわざこのために韓国の作曲家に作ってもらった曲である。単純だがほのぼのしていて凄くいい曲だ。タクシーのみちみちでラジカセで流し、みんなで口ずさみながら来た。雄大なピラミッドをバックにこの曲を唄うパクサを何とはなく幸せものだな、と思う。灼熱の砂漠で5分近いこの曲を3テイクとった時点で、既に全員へとへとになった。こりゃ暑すぎて誰も今までこの前でビデオを撮影しなかったんだな。あっと言う間に日焼けした。

だが、パクサはまだ興奮さめやらぬようで、ずいずい砂漠の方へ歩いていく、遠くから手を振って雄叫びをあげている。あれは何だ、と同行しているソニー・ミュージックコリアのグレースという女性に聞くと、「どうやらターザンの物まねみたいですよ」とのこと。

ビデオでは、ピラミッドをバックに唄って踊るイ・パクサが、暑さにやられて曲の後半からみるみる疲労困憊して弱っていくという、世にも珍しいライブ風景が収録されている。
(エジプト編つづく)

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