「ゲーデル・エッシャー・ポンチャック」第五回
DAY4(1996/10/4)  Bangkok→Singapore
――マーライオンですね。
「でも工事中で風情ないですね」
――こんなものビデオに入れても仕方ないかも。
「しかも想像してたのより全然しょぼいですね」
――パクサ遅いっすねえ。
「遅いっすねえ」
――迷ったのかな。
「強盗かも」
――松尾さんは彼女いるんですか?
「何ですかこんなところでいきなり」
――やっぱハメ撮ったりするの?
「ほっといて下さいよ」
――しかし来ないですね。
「あっちのタクシーは山下が乗ってるから大丈夫だと思うんですけどねえ」
――仕方ない、ビデオでも回しますか。
「白井さんのビデオいいですね、いやさすがソニー」
――どうせすぐ壊れますよ、最初のモデルだから(実際そうなった)。
「はいキュー。じゃあまず自己紹介から」
――ああ、ええっと白井です。あのディレクターです。趣味は読書と音楽鑑賞…です。
「初体験はいつですか?」
――19歳で、友人の家でした。
「しかしどこ行ったのかな」
――パクサ腹減ったから勝手に飯を喰いにいったのかもね。
「こんなところで待ち合わせしなきゃよかったですね」
――しかしマーライオンって言ってもタクシーの運転手はだれも理解してくれませんね。
「でも、シンガポールって、こことタイガーバームガーデンぐらいしか名所ないんでしょ?」
――しかもタイガーバームガーデンって悪趣味だから国民揃って隠蔽したがってるみたい。
「なんだかねえ、この国は」
――でも、松尾さん、彼女にお土産買ったりするんでしょ?プラダとか。
「………」
――ブランド天国ですからねここ。
「いや…」
――俺なら買うな。彼女いないけど。
「まあ、でも撮影がありますから」
――シンガポールが一番自由時間が多いですよ。
「………」

カンパニー松尾。31歳。大学卒業後テレビ制作会社に就職するも、あえなく倒産。仕方なく転職したV&RプランニングというAV制作会社も今年円満退社し、現在フリーのAV監督となる。もちろん今回のこの作品が非AV作品としては初めての仕事。帰国後は噂のパラダイスガレージのPVを監督。

彼を抜擢(?)したのは理由があって、簡単に言えばハメ撮りの巨匠だからだ。今やV&Rのドル箱シリーズとなった「私を女優にして下さい」や「麗しのキャンペーンガール」「燃えよテレクラ」など、彼の全ての作品の基本がこの「ハメ撮り」と呼ばれる方法による。勘の悪い人と性体験が貧弱な人のために言うと、この「ハメ撮り」とは監督と女優が二人っきりでホテルの部屋などにしけ込んで、監督自らが性行為をすると同時に片手でビデオカメラを回すという手法である。で、当然そういう次第であるから、テクニックなんてのは二の次、要はその場の濃密な空気をいかに伝えるかというビデオになる。そんな訳なので、AV女優のかわりにポンチャック・シンガーを被写体にしてみればという思いつきが、いまここに形になろうとしているのだ。

――インタビューの続きでもしますか。
「じゃあ、白井さんの好みのタイプは」
――ええっと、知性とスケベが両立してる背の高い女かな。
「コンプレックスまるだしですねえ」
――うるさいよ。しかし、AV監督とかしてると、撮影後も女の子といろいろあるんでしょ?
「いや、これが結構厳しくてね、事務所があるし」
――なんだ、想像とずいぶん違いますね。
「あとV&Rの社長(安達かおるという人、ちなみに監督兼社長)が厳しい人なんですよ。
 遅刻とか金勘定とかのチェックが細かい」
――ああ、そういや松尾さん絶対遅刻しませんね。
「みっちり鍛えられました」
――やってる内容が内容だけに、そういう規律がないと無茶苦茶になりますか。
「たいてい潰れるメーカーはそうですね」
――人の会社のこととは思えませんねえ。
「でも、うちの社長はあんだけオフィスの掃除とか口やかましいのに、その後の撮影でオフィス使って、机の上に○○○とかさせてますからね」
――うわ汚い。松尾さんの会社はAV女優の○○○が乗った机で仕事してるわけですか。
「そういうことになりますねえ。訳わかんないですよ、ホント」
――しかし…。まだかな。
「あ、来た来た。何か扇子振ってますよ、パクサ」
――しかも純白のスーツだ。シンガポールにぴったりの雰囲気。ビデオ、ビデオ。
「何か言ってますよ」
――大体想像はつきますけどね。

分乗していた片方のタクシーの運転手が名所マーライオンを知らず道に迷ったため、イ・パクサとバクシーシ山下は集合場所に遅れてやってきた。そして、我々の期待を全く裏切ることなく、パクサが最初に言った言葉は「腹減った」であった。

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