「世界の中心でポンチャックを叫んだけもの」第四回
DAY3(1996/10/3) BANGKOK


 腕立て伏せを20回、腹筋を20回、スクワットを20回、また腕立てを20回…

香港についた日から改心した。怠惰な生活ではとてもこれから14日間も旅を続けられない。なにしろ二泊できるのはバンコク、NY、ハワイの三カ所のみ。残りは全て一泊の強行日程で、しかもその全てにおいて私がコンダクターをしてロケハンして衣装を探し全員に飯を喰わせなければならない。ここで倒れたらそれこそ全てがおじゃんになる。なので、今までのいかにも業界人な生活を改め、酒とタバコを控え、朝食をしっかり食べ、毎日運動をすることにした。もはやこれは健康の問題ではなくサバイバルの問題なのだ。

 今日は、ローズガーデンというバンコク郊外の公園で象に乗って撮影である。起床後に運動してから、エアコンが強烈に効いたホテルのレストランで和洋韓タイ折衷のものすごい朝食をたっぷり食べ、我々はタクシー2台に分譲して出発した。もちろん後部座席でちびちびと携帯バッテリーを充電しながらなのだが。

 アジア諸国はおおむねどこでもタクシーの運転手は好意的だ。なぜなら日本人は金を持ってるからである。で、多めに請求する運賃は当然として、さらに金をむしり取ろうと運転手は様々なオプショナルツアーを勝手に推薦してくれる。ただ、今日乗せた日本人の横にはとても変な人が乗っている。おそらく韓国のものであろう派手な伝統的衣装を見につけた男がマイクとラジカセを持ったまま乗っている。あ、サングラスをかけた。ひょっとしたら怖い人なのかな、それともコメディアンかな。あんまり料金ふっかけない方が安全かな。日本のヤクザだったらどうしよう。

だが、その運転手が見たのはロケ先の公園で、象に乗って撮影をすると聞いてびくびくしているただの小心者だった。

イ・パクサは本当に乗り物に弱い。何度乗っても飛行機の離陸前にはおどおどしているし、タクシーがスピードを上げた瞬間に隣に座っている俺にも分かるぐらい緊張する。ましてや、素で乗る象をや。やだやだ高い怖いと嫌がるパクサに、撮影のためだこれに乗ればもっと日本で人気が出ると説得するとしぶしぶ納得。芸のためなら、ってやつですな。でもこれはエジプトの伏線。

そして象がのそのそ這い回る広場をバックに、「木綿のハンカチーフ」。前夜屋台で購入したムエタイのパンツ一丁でがりがりの上半身裸をアピールしたイ・パクサがキムさんとまた踊る。タクシーの運転手も面白そうなので寄ってきた。一応有料の公園なのだが、誰も文句を言わないどころか、率先して警備員が合いの手をいれてくれる。いやあタイの人は心が暖かいなあ。

パクサはこのローズガーデンで、よく言えば不思議な、普通に言って悪趣味な虎の置物を娘のお土産として購入。ちなみにこの公園に虎はいません。
そして、我々はホテルに戻り、キムさんとの別れのシーンの撮影をする。キムさんは以前も述べたがパクサの大親友だ。50歳を過ぎ、半盲で、幼い頃アメリカ兵に銃を向けられ「日本の曲を唄ってみろ、さもなくば殺す」と言われ唄った男。彼の友人はそれで殺されたらしい。多分想像を絶する苦労人なのだろう。だからといって暗い影は引きずっていない。むしろ、スタッフは皆キムさんが大好きだ。何というか、この人の天真爛漫さが、たまらん。パクサは自分のギャラの一部を必ずキムさんに分ける、老後のためだ取っておけ、ということらしい。

韓国での税金の滞納が原因でキムさんはアメリカのビザが取れていない。従って、旅程のどこかで帰韓しなければならないのだが、彼の本国の生活も考え、我々は彼がタイから韓国に戻る旅程を組んだ。出発する前の予想では、ビデオを見た人が、あれっ、あの人いなくなったな、と思う程度だろうと思っていたのだが、ここまで撮影した時点で各所で面白い踊りを披露するキムさんというのがに内容的に不可欠になってしまった。。そこで、わざわざホテルの部屋で劇的な帰国シーンを撮影することにしたのだ。 簡単に言えばヤラセです。なので、みんなあんまりAVの内容信じちゃだめよ。

それはさておき、話の筋はこうだ。ディレクターである私が、ホテルの部屋で二人と打ち合わせをしている。昨日今日と日本の曲だったので明日はちゃんと韓国の民謡を唄おう、シンガポールに大韓魂を見せてやろう、と言うような内容だ。で、二人はその場で明日の曲の打ち合わせを始める。と、そこに突然韓国からキムさん宛てに国際電話がかかってくる。すると今までさんざんパクサと一心同体だの明日の演奏も楽しみだだのと言っていたキムさんが、急用が出来たと言ってなりふり構わず帰国してしまうという次第。これの、どこが劇的なんだと思うが、ま、そんないい加減きわまりないシナリオをバクシーシ山下が作った。あんたいつもそんな仕事してるだろ。

はい、用意、スタート。

「おい、今日は象が怖かったな」
「いや、でもテンジャンチゲは旨かったぞ」

カット。あの、そういう世間話じゃなくて。もう一回行きます。スタート。
「明日はばりっと民謡ポンチャックでいこう兄さん(パクサはキムさんをこう呼ぶ)」
「よし、じゃあなにをする?」
「カクソリ(民謡のタイトル)」
「あんまり好きじゃないけどいいよ」
「よし行くぞ、ほら手拍子」

と、打ち合わせのはずがいつの間にか唄い出す二人。
「バンババババンバ、チャカチャンチャンチャチャ、トゥルゥイヒー、恋人よお」
「パクサそれは日本の曲だよ、今日唄った」
「ああ、そうか、やりなおしやりなおし」
「全く」
「チャカチャカチャンチャン、ジョワジョワジョワ、ピーヒャラピーヒャラ」
「それも日本の曲だ」
「ああ、すまんすまん兄さん、カクソリはやめよう、アリランにしよう」
「よっしゃ、アリランはいいなあ」
「ジャンジャカジャンジャジャ、ノレノレミッチョジョワ」
「アリアリアリラン、スリスリスリラン」
「おいおい、兄さんが唄ってどうするんだよ」

と、言う訳で、劇的なシナリオを全く無視して二人は素でコントを初めてしまった。通訳のグレースが腹を抱えて笑っている。

つづく...   TOPへ