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LINER NOTES

 ハードフロアが遂に帰ってきた!約2年ぶりとなるアルバム「ALLTARGETS DOWN」だが、その間は順風満帆というわけではなかった。彼等のホーム・レーベルでもあったスヴェン・ヴァスによるドイツ屈指のテクノ・レーベル「ハートハウス」が崩壊し、ギャラも支払われずに行き場を失うという最大の不幸に見舞われたのだ。昨年は初のベスト盤をイギリスの「EYEQ」(このアイQは基本的にはドイツでのEYEQとは全く別のスタッフによって運営されているらしい)からリリースし、名曲「アクペリエンス」と「マホガニー・ルーツ」を新たにシングル・カットして話題になったものの、やはりファンとしては純粋な新作を待ち望んでいたであろう。実はハードフロアはこの間もせっせと新曲を書きためていたのだが、彼らの理想とするレーベルになかなか出会えず発表されないままペンディングされていたのだ。全く不運としか言い様がない。しかし、こうしてやっとの思いでリリースされた「ALLTARGETSDOWN」はじっくりと時間をかけて練り上げられ、ハードフロアとしての真髄を感じさせるすばらしい内容の物となったのである。

 ここでハードフロアとしてのこれまでの輝かしい活動を軽く振り返ってみよう。91年にDJのオリバー・ボンジオとインタラクティヴ等で既にビッグ・ヒットを連発していたラモン・ゼンカーによって結成されたこのスーパー・ユニットはEYEQから「レット・ダ・ベース・ゴー」(91年)でデヴュー。セカンド・シングル「ドラッグオーバーロード」(91年)クラブ・ヒット。そして兄弟レーベルであるハートハウスが誕生し、その移籍第一段の「ハードトランス・アクペリエンス」(92年)がシーンをひっくり返すウルトラ・ヒットとなる。オーバードライヴをかけたTB303のサウンド、ブレイクでのスネアのロールなどは後に定番サウンドとしてあたりまえの手法となった。さらに4作目の「トランススクリプト」(93年)もヒットし、90年代を代表する傑作アルバム「TBリサスシテイション」(93年)を発表。このアルバムの成功によりテクノ・シーンでの不動の地位を確立する。続いて「イントゥ・ザ・ネイチャー」(94年)をリリース。ハードフロアと親交の深いリッチー・ホーティンをリミキサーに起用し話題となった。また、この頃はリミックス・ワークも数多く手掛け、ロバート・アルマーニの「サーカス・ベルズ」、ライジング・ハイ・コレクティヴの「フィーヴァー・コールド・ラヴ」、瀧勝の「人生」、ニュー・オーダーの「ブルー・マンデー」、モリ・カンテの「イェケ・イェケ」など数限りないリミックス・ヒットを作り上げてきた。
さらに「フナログ」(94年)、「MRアンダーソン−フィッシュ&チップス」(94年)が立て続けにビッグ・ヒット。日本でもテクノ界のスター的な存在になった。そしてセカンド・アルバムの「リスペクト」(94年)を発表。ここには彼等のサウンドの基となっているシカゴ・ハウスの面々の名前がずらりと羅列されており実に勉強になった。シングル・カットされた「マホガニー・ルーツ」(95年)ではTB303のサウンドは影を潜め新たな境地へと向かっている。その新境地をさらに深めたシングル
「ストライク・アウト(96年)ではリミキサーとして逸早くサージォンを起用。野球をテーマにしたサード・アルバム「ホームラン」(96年)ではファンキーなミニマル・グルーヴを展開している。そしてデイヴ・エンジェルをリミキサーに迎えた「ビーヴィス・アット・バット」(96年)がシングル・カットされた。その後さらにハードフロアは実験性を深めていき、ブレイクビーツにTB303を融合させた「DADAMNPHREAKNOIZEPHUNK?」(96年)をリリース。あまりにも意外性の強いサウンドの為、賛否両論を呼んだが「DADAMNPHREAKNOIZEPHUNK? VOLUME2」(97年)もリリースされた。これ以降、レコード会社問題の為作品をリリース出来なかったという訳だ。

ハードフロアのサウンドはアシッド・ハウスというスタイルをベースにしながらも確実に変貌していった。もちろんテクノ・シーン全体も彼等がデヴューした91年から考えると物凄い勢いで変化してきている。昨日流行った音がもう今日には古くなってしまっているような状況が長らく続いていた。そんな中でともすればハードフロア自体もまたオールド・スクールへと追いやられてしまう可能性もあった。今ではTB303なんて過去に流行した音となってしまったのか?ブレイクでのドラムロールなんて陳腐な手法となってしまったのか?それを生み出したハードフロア自体もダサくなってしまったのか?確かに一時期はそういったハイプな風潮があったのかもしれない。個人的に印象的だったのは2年程前にドイツのミュンヘンに行った時のことだった。ディスコBというレーベルに遊びに行った時に、日本ではどんなテクノ・アーティストが人気があるのかと質問され、ぼくはハードフロアの名前も挙げた。彼等は、いまだにハードフロアが人気あるのか??という感じだった。ぼくはすぐさま彼等が言わんとしていることが理解できたので状況を詳しく説明してやった。
 ぼくらはちょっと走りすぎたのか?今振り返ると速すぎて気が付かなかったものがたくさんあったのではないか?かつてハードウェアがそうだった。80年代、デジタル楽器は目まぐるしく進化した。一年前の楽器の音は確実に古く感じられた。誰もがよりハイファイな、よりクリアな、より便利なものを求めた。気が付いたらシンセサイザーやドラムマシンはみんな同じ音をしていた。耳のいいアーティストはそれに気付き、過去に見過ごしてきた楽器をもう一度振り返った。結果として実に個性的な音の出るものがたくさんあったのに気付いた。今のクラブ・ミュージック・シーンもそういう状況なのかもしれない。もっと大切に育てなくてはいけないサウンドがたくさんあったのかもしれない。ハードフロアは自分たちの状況をよく知っていた。インタヴューしたときにオリバーは実に印象的なことを言っていた。「みんなはTB303はもう死んだっていうんだ。ぼくらも実際TB303からはちょっと遠ざかっていた。かつては誰もがプレミアがついた高価なTB303を探し回り、誰もが使いたがった。そういう奴等は今じゃTB303なんて終わったって言っている。だからこそ俺たちは再びTB303を使おうと決心したんだ。かつて俺達がTB303を使い始めた時と今は同じ状況だよ。当時アシッド・ハウスのブームが落ち着いてTB303はゴミのようになっていたんだ。それを拾ってきて俺たちは新しいものを作り上げたんだ。TB303には新しい可能性がまだまだたくさんあるよ」これは実にたのもしい発言だった。

 さて、そしてこの4作目のアルバム「ALL TARGETS DOWN」である。今回はタイトルや曲名からも分かるようにピンボールをテーマにしたものとなっている。「テクノの作品のタイトルにはシリアスなものが多すぎるよ」と以前から彼等は言っていたが、今回もいかにもハードフロアらしいテーマだといえるだろう。「インサート・コイン」から始まり「チルト」で終るというユーモアたっぷりのものだ。CDにはボーナス・トラックが、さらに日本盤には特別にボーナス・トラックも収録されている。サウンドの方はといえば彼等の発言どおり全面的にTB303サウンドが完全に復帰している。しかも、アシッド・ハウス・マニアの方ならこの大きな違いが御分かりになるかと思うが、完全にオールド・スクール・アシッド・ハウス的なTB303のサウンドなのだ。以前の彼等のTB303はもっとストイックとでもいうか、実に品のいい、ある意味では抑圧されたものであった。しかし今回は惜しげもなく全開したTB303の音なのだ。そしてもっと重要なのはリズムである。TR707を大きく取り入れた、まったくシカゴの80年代のグルーヴだ。ハウスの黄金時代ともいえるあの頃のビートを忠実に取り入れているのだ。この辺はビキビキしたTB303の音に捕らわれずに耳を傾けて欲しいところ。そしてもう一つ重要なのはシカゴのPHUTURE303が「HARDFLOOR WILL SERVIVE」でゲスト参加しているという点。このPHUTURE303はあのアシッド・ハウスの生みの親ともいえるPHUTURE直結の新ユニットでDJAXやA1レーベルから作品をリリースしている。メンバーはDJピエールに一番近い男ロイ・デイヴィスJr、そしてあの独特のピッチを下げた声のオリジネーターであるスパンキー(「WE AREPHUTURE」のアレ)、そしてサウンドのキーとなるプロフェッサー・トラックス、デイモン・ネロムズ、さらにDJスカルことロン・マーニーが参加することもある。このアルバムからは現時点ではシングル・カット曲がまだ決まっていないというが、是非この曲をカットしてもらいたい。さらに後半は「DADAMNPHREAKNOIZEPHUNK?」から受け継がれるブレイクビーツのアシッドを展開。ドープなグルーヴはヒップ・ホップをルーツに持つオリバーらしいものだといえる。ゲームの音を使ったサンプリングはブリープをも彷彿させた。このようにTB303が完全に復活し、本来のハードフロアのイメージを回帰させつつも新たな境地に進む彼等に対する今後の評価はどんなものだろうか。個人的には多大なる影響を受けた彼等には是非とも第一線で末長く活躍してもらいたいと願っている。TB303に対してもこれから先再び見直すべきだろう。このハードフロアの新作にはアシッド・ハウスとは何か?そして自分たちのサウンドとは何か?という真髄を聴かされた気がする。

(佐久間英夫)

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