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プラスティックマン「コンシュームド」
ライナーノート

佐久間英夫


大湖で有名なエリー湖と小さなセント・クレア湖を結ぶ川の両岸にデトロイトとカナダのウィンザーはある。
地図で見る限りはまったく隣り合わせだが国境線があるために遠く感じられる。
リッチー・ホーティンはこのウィンザーで第二期デトロイト・テクノの要として90年代初頭から積極的に活動をしてきた。
その作風は彼の運営するプラス8(ターンテーブルのピッチ・コントローラーの最速の位置)というレーベル名のごとくハードなスタイルのアシッド・サウンドだった。
デトロイトのシーンでは珍しい白人アーティストであるリッチーは、そのサウンドにおいても特異な存在であったといえる。
常に斬新な手法を用い、これまでのルールを覆すような作品を作りだしてきた。
サイバーソニック、FUSE、ハード・ブラザーズ、ロボットマン、サーキット・ブレーカーなど数々のユニットを手掛けテクノ・シーンを先導してきた。
またスピーディJ、ケン・イシイ、DBX、スティーヴ・ストール、クリス・サティンジャーなどの新鋭アーティストを真っ先に世に紹介してきたのも彼だった。
ヨーロッパではプラスチックマンとしてノヴァミュートと契約し一躍時代の寵児として迎えられた。
なにもかもが上向きに進みメジャー街道に突進するのかと思いきや・・・、沈黙。
そしてこのアルバムの登場である。



ず、正直に言うがぼくはこのプラスチックマンの新作を聴いて困惑した。
一体全体リッチー・ホーティンに何が起こったのか?何故に彼はこのようなサウンドに変貌したのか?全くもって理解できなかった。
過去の彼のヒット作の数々をご存じのファンならば恐らく大部分の人がこう思うに違いないだろう。
前記のFUSE、サーキット・ブレーカー、ロボットマン、サイバーソニックなどで聴けるアッパーなダンス・ミュージックはここには無い。
ぼくはなんとしてもリッチー・ホーティンの今の音楽に対する心境を知りたかった。
そして運良くこのアルバムのデモ・テープを聴いた直後に彼が来日し話しをすることが出来た。
彼とじっくり話すことによってこのアルバム「CONSUMED」の奥深いすばらしさが理解できてきたのである。


が言うにはこうである。

確かに以前はアッパーなダンス・ミュージックをたくさん作っていたよ。
ぼく自身もアシッド・ハウスとか踊れる音楽という部分に大きな興味を持っていたしね。
でも、今はもっと違う新しいテクノを作っていきたいんだ。
それにはダンス・ミュージックという枠には捕らわれないよ。
今出ているテクノのレコードの殆どはゴミのようなものばかりだろう。
過去の焼き直しみたいなものばかりだ。
ぼくはそんなシーンに飽き飽きしているし抜け出したいんだよ。

リッチーのこの発言にはすごく納得し勇気づけられた。
確かに今のテクノ・シーンはある意味では成熟し飽和した状態である。
かつての、92年頃のように、出る作品すべてがおもしろいという時代ではない。
シーン全体が次なる何かを模索し彷徨っている状況であるといえるだろう。
そういった中で今のテクノ・シーンを作り上げた本人自らが既成の範疇から足を踏みだそうとしているのはまさにリスペクトするべきであろう。
ただ、やっぱり昔からのファンの正直な心情というのはまたアッパーなダンス・トラックを期待したいというのが正直なところでもある。

みんながサーキット・ブレーカーやFUSEみたいなのを望んでいるのは分かっているよ。
もしぼくがまたそういった作品をリリースしたらみんな喜ぶだろうさ。
でも、それは2、3週間で忘れ去られるだろうね。
ぼくがFUSEとかを始めたころはアレが全く新しい誰もやっていないスタイルだったんだ。
だからあの時代に大きく評価されたんだよ。
プラスチックマンにしてもそうさ。
当時あんな音を作っている奴は誰もいなかった。
でも今さらまた同じことをやってどうするんだい。
周りがみんなマネしつくしているし、新しさなんて感じないだろう?

これはリッチーの音楽というものに対する基本的な姿勢のように感じる。


に新しいことに挑戦して進化していく。
実際に彼が作り上げてきたこれまでの作品というのは常に時代の先を行っていたしお手本とされてきた。
今のように殆どがかつてのコピーで終わってるシーンにおいて、FUSEやサーキット・ブレーカーの焼き直しが意味を持たないことは彼自身が一番分かっていることなのだ。
さらにリッチー・ホーティンはこれまでの彼の代名詞ともいえるレーベル、プラス8を停止すると発言した。

プラス8でやるべきことはすべてやったと思っているんだ。いろいろ考えて活動を停止することにしたんだ。その代わりに新たにマイナスというものをスタートさせるんだよ。このプラスチックマンのアルバムがその第一弾ということになるね。マイナスってのは特にレーベルだとかユニットだとかっていう位置づけはないんだ。いわばひとつのコンセプトのようなものかな。

これはファンにとってはショッキングなことだろう。
これまでリッチーの活動の場であったプラス8を自ら停止するというのだから。
2年ほど前にサブレーベルにあたるプローブに終止符を打ち、そして今回プラス8の活動停止。
ある意味では過去のものをすべて捨てて、一から自分の音楽を作り上げたいという彼の気持ちの現れであるかのようにも感じる。
確かにここしばらくプラス8のリリースのペースは非常に遅かったし、それに代わるマイナスの前兆だったともいえるコンセプト・シリーズに彼は力を注いできた。
コンセプト・シリーズは一躍テクノ・シーンのメジャーに躍り出た彼を自分自身で静まり返らすかのような実験的なエレクトロニック・サウンドだった。
出た当初はかなり戸惑ったのだが、やはり今聴き直すと非常にすばらしい一歩先行くものである。

プラスチックマンがヨーロッパでヒットしてからコンセプト・シリーズ以外に作品をリリースしなかったのは今思うと正解だったと思うよ。
その間、曲作りを行っていなかったというわけじゃないんだけど時期尚早しという感じだったんだ。
いろんな意味で考えがまとまった段階で次のステップに移ろうと思ってた。
このアルバムの前にプラスチックマンとして「シックネス」というシングルをリリースしたけど、あの曲も既に2年前に作った作品なんだよ。
A面はかなり実験的なビート、B面はまあいわばDJの為の4つ打ちのヴァージョンなんだけど、個人的にはA面の方が重要なんだ

プラスチックマンにしてもFUSEにしても言えることだが、リッチー・ホーティンのサウンドとは一言でいうならばアシッド・ミュージックという言葉が一番しっくりくる。
一般的にはアシッドというとTB303のビキビキしたサウンドを差すであろうが、彼の作ってきた音楽は様々なものに置き換えてアシッドという方法論を実践してきたといえるのではないだろうか。
もっと端的に表現するならば、それはハマリとか覚醒といえるのかもしれない。
このアルバムを聴くにおいてもそのアシッド的な方法論という部分では常に一貫したものを感じさせられる。
しかもより深く追及したものを。

ぼく自身はTB303やTR909、TR808を使った音楽が息詰まりを感じているとは感じないよ。
確かにTB303はこれまでの使い方では飽きられているだろうけど、まだまだ未知な部分はあると思っているし、これから先ももっと新しいことが出来ると思っているんだ。

かつてのインタヴューでリッチーはTB303を舐め回すように研究したと発言していたが、そのエキスパートである彼自身からまだまだ可能性が残されているという言葉が聞けるとはたのもしい限りだ。
このアルバムでも彼は再びTB303を多用しているし、これまでにないディープな効果を実戦している。
深いエフェクトにスロー・テンポのエレクトロを感じさせるビート、以前に「フロム・ウィズィン」でコラボレートしたピート・ナムルックを感じさせる現代音楽的サウンド、コンセプト・シリーズを発展させたようなエレクトリックなメディテーション効果。
プラスからマイナスへポジティヴに向かう彼の意欲が実に伝わる。
かつてアンビエント・ミュージックなどに対してサイレント・パンクということを言った人がいるがまさにこの作品でのリッチーは静かにアグレッシヴな活動をしているといえるのではないか。


回、日本盤だけの特別ボーナスとして1995年の8月4日に新宿のリキッド・ルームで行われたリッチー・ホーティンのライヴCDが追加されている。
ぼくも実際にその場でこのライヴ・パフォーマンスを見ていたが、リアル・タイムでドラム・マシーンやシンセを操作しミックスしていく姿は実験室の博士さながらだった。
ちょうどロボットマンが人気だった頃でアシッド・ハウスっぽい雰囲気も漂ってくる。
使用していた機材はTR808、TR909、TB303を中心にシンプルなものだったが、そこから飛び出す音は強烈なインパクトを僕達に与えてくれた。
もちろんリッチー・ホーティンのライヴがCD化されるのは今回がはじめてでありかなり貴重な音源といえるのではないだろうか。
これからは普段のDJプレイでもライヴ的な要素を加えていきたいという。
DJブースにドラム・マシンやシンセを持ち込んでのプレイを積極的に行っていくと言っていた。


て、この作品を聴いてあなたはどう感じたであろうか?
最初はぼくと同じように戸惑う方もいることだろう。
だが、思い起こせばリッチー・ホーティンの場合はいつもはじめはやることが早すぎて理解されるのに時間がかかったし今回も例外ではないのかもしれない。
いずれにしろこれまでにない大きなターニング・ポイントであるのは確かであろうが、これから先のテクノ・シーンに新たな息吹を吹き込んでくれることを期待していきたい。

佐久間英夫


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