10/23にアルバム「Unknown Places」をリリースする、インド出身のシンガーソングライターtea(ティー)が、音楽評論家の渡辺亨さんに語ったオフィシャル・インタビューを公開!
teaは、IT産業が盛んな商業都市かつ学術都市として知られるインドのプネで生まれたシンガー・ソングライター。ビリー・ホリデイやエラ・フィッツジェラルドをきっかけにジャズに開眼したteaは、インドでのプロ・シンガーとしての活動を経て、2011年にソングライティングを本格的に学ぶためにボストンにあるバークリー音楽大学に入学。同校卒業後は、学友だった時枝弘(Electric Bass,Electric Guitar,Percussion他)をパートナーとして日本を拠点に活動してきた。
teaは、狭義のジャズ・シンガーではなく、ゼロ年代以降のジャズやネオ・ソウルの流れを汲むシンガー・ソングライターと言っていいだろう。つまりジャズに軸足を置きつつも、音楽的なスタンスは幅広く、作詞と作曲もする。というのも、teaは、ジャズに加えて、アラニス・モリセットやホイットニー・ヒューストン、シャーデーなどの音楽にも親しみ、影響を受けたきた。もちろんインド音楽からも、大切なスピリットや音楽的滋養を得ている。
「私にとって重要なインドの伝統音楽の歌手を、あえて一人だけ挙げるなら、キショーリ・アモンカール(Kishori Amonkar)になります。もちろん、私はキショーリー・アモンカールを歌手としても尊敬していますけど、彼女の言葉にも感銘し、大きな影響を受けてきました。“最初から有名になりたいという邪念を抱いてはいけない。地位や名声は、あとからついてくるものです”━━私は、この彼女の言葉を肝に銘じてきました」
『Unknown Places』は、2017年にリリースされ、高い評価を得た初のフルアルバム『INTERSTELLER(インターステラー)』以来のアルバムにあたる。計3曲のカヴァーを除く、オリジナル曲はすべてteaが単独で作詞し、時枝弘と一緒に作曲している。なおかつ全曲のアレンジは時枝弘が手掛けているので、実質的にはteaと時枝弘のコラボレーション・アルバムと言っていい。
「『INTERSTELLER』では、恋愛に限らず、色々なテーマやトピックの曲を歌いたかったし、音楽的にも色々な要素を取り入れたかったのですが、実際にそうしたアルバムに仕上がったと思います。今回は前作の音楽的方向性を受け継ぎつつ、より幅広い層のリスナーに届き、なおかついつまでも飽きずに聞いてもらえるようなアルバムにしたいと思いました。ですから、よりシンプルでナチュラルなサウンドになっています」
今回teaが強く意識したことのひとつは、『INTERSTELLER』との“連続性”だという。その一例を挙げると、『Unknown Places』の一曲目“Russian Roulette”は、前作の最後に収められていた“All She Had (Amy’s Song) ”と繋がっている。
「“All She Had (Amy’s Song) ”は、子供の頃に性的虐待を受けた少女のエイミーを主人公とした曲ですけど、“Russian Roulette”はその少女が大人になったという設定の曲です。性的虐待は、世界中のどこでも起こっている問題ですけど、この話題に触れること自体がタブーとされている国もあります。私としては、この問題をもっと広めて、現状を変えていかなければいけないと思っています」
この発言から分かるように、teaは現代社会に対する真摯な眼差しを持つ、社会的意識の高いシンガー・ソングライターである。「Russian Roulette」に加えて、「I'm Coming Out」や「The Other Side」も、アーティストとしてのteaの姿勢が伝わってくる曲だ。
「“I'm Coming Out”は性的指向をカミングアウトするという内容、つまりセクシュアル・マイノリティのLGBTをトピックとした曲です。LGBTについては、根強い差別や偏見がありますけど、もちろん、この問題も解決しなければならないと思ってます。“The Other Side”は、カルト教団のような組織に幽閉されていたけれど、そこからようやく抜け出し、外の世界へ出てきた人物を描いた曲です。私は普段の生活の中でも、常にアンテナを張り巡らせ、現実の問題に目を向けるように心がけています」
teaは、曲作りの面でもっとも影響を受けたシンガー・ソングライターの一人として、トーリ・エイモスを挙げる。
「トーリ・エイモスはストーリーテリングが巧みで、心の底から語りかけているような感じがする。しかも彼女の曲作りは、伝統的の音楽的な構造に囚われていない。その点では、ジョニ・ミッチェルも尊敬しています。曲作りは、私が最初に歌詞のアイデアを出して、それに合ったコードなりグルーヴを弘と一緒に作っていくパータンと、弘が最初にベースラインやドラム・パターンを作り、それに合う歌詞を私が作るパターンの2種類があります。ただ、どちらにせよ、歌詞の内容に合ったサウンドを作るということを重視しています」
『Unknown Places』には、オリジナル曲に加えて、讃美歌「Amazing Grace」とジャズ・スタンダードの「Summertime」が収録されている。
「私自身はキリスト教の信者ではありませんが、インドのカトリック系の学校に通っていて、当時は聖歌隊に所属していました。こうした経験を持っているので、キリスト教の文化には共感できる部分がありますし、また、
具体的に指摘することは難しいけれど、“Amazing Grace”のような賛美歌とインド音楽の間には何か共通点があるんじゃないかと思ってきました。“Amazing Grace”のカヴァーはすでにたくさんありますけど、私としては、大編成のゴスペル・コーラス隊を入れずに、なるべくシンプルな編成で、それいてゴージャスなものに仕上げたかった。それと私が取り上げるからには、アジア的な要素も入れた、ひと味違うカヴァーに仕上げたいと最初から考えていました。“Summertime”はスタンダード・ナンバーですけど、とてもダークで悲しい曲です。でも日本では、歌詞の本当の意味があまり伝わっていないと感じてきたこともあって、あえて取り上げることにしました」
これまでteaは、ライヴでは、美空ひばりやテレサ・テン、松任谷由実などの日本語の曲も歌ってきた。そして新作では、山下達郎の「シャンプー」を日本語で歌っている。山下達郎が79年にアン・ルイスのアルバムのために書き下ろした曲(作詞は康珍化)で、山下自身も『POCKET MUSIC』(86年)で録音。つい最近、竹内まりやのヴァージョンもリリースされた曲だ。
「今回は日本語の曲をカヴァーしようというアイデアがまず最初にあって、自分に合う曲を色々探しました。けれど、なかなか見つからなかった。山下達郎さんは、“クリスマス・イブ”をきっかけに好きになったアーティストで、もとからよく聴いていました。日本人のシンガーの中には、わざと日本語の発音をひねって歌う人もいますけど、私はそういう歌い方が好きじゃありません。ですから私は、この“シャンプー”に関しては、余計なひねりを加えたり、曲を崩したりせず、日本語の歌詞が自然に聞き取れるようにと心がけて歌いました」
『Unknown Places』というアルバム・タイトルは、同名曲からの引用である。現時点においてはtea自身が、多くの人たちにとって“見知らぬ場所”のような存在かもしれない。“ Unkown Places”を、未知の魅力と可能性を秘めたアーティストと読み替えてもいいだろう。
渡辺 亨