新作『アンブレイカブル』全米1位記念!ジャム&ルイス日本独自インタビュー第3弾公開!(連載4回)
(インタビュー/文:荘 治虫 通訳:渡瀬ひとみ)
ジミー・ジャム:レイン・サウンドは単純にジャネットが雨が好きだから、ということだよ(笑)。彼女は雨が大好きなんだ。僕らが今までそのサウンドを作ってきたんだけどね。雨は彼女を平和をもたらし、満ち足りた世界に連れて行ってくれる。ほとんどの彼女のアルバムでそのサウンドを聴くことが出来るんだよ。今回のアルバムでそのサウンドを使うのには、道理にかなっていた。あなたが言ったように、それを聴いた瞬間、「ああ、これはジャネットの曲だ」って思うでしょう? 聴いてすぐに分かって、「ようこそ、またこの世界へ」というものを作ってあげたかった。「しばらくいなくなっていたけど、また、このサウンドにようこそ」的なことかな? 「ムードを作っていく」という意味合いのことだった。そういった効果があると思うんだ。
ところで、ジャム&ルイスと言えば、ジャネットと関わる以前の80年代前半にSOSバンドやチェンジといったR&Bアクトにシンセティックなサウンドを提供していた過去がある。とくに、エレクトロ・ファンク勢と共に彼らがローランド社製リズムマシンのTR-808を操って作り上げたグルーヴは以降のシーンに影響を与え続けており、現在もアーバン・ミュージックを中心に808(日本での通称ヤオヤ)の音は様々な形で楽曲制作に用いられているのはご承知の通り。ジャネットもまた新作の「トゥ・ビー・ラヴド」「ドリーム・メイカー/ユーフォリア」「バーンイットアップ!」などにTR-808の音を使っている。すでに登場から35年にもなるこのリズムマシンの音がいまなお魅力的なのはなぜなのだろう。以前から訊いてみたかったこの質問をぶつけてみた。
ジミー・ジャム:(SOSバンドの)「ジャスト・ビー・グッド・トゥ・ミー」は1983年だった。なんとなく時代が分かるだろう? クラシカルなサウンドなんだ。僕らが最初の頃にやったレコードで、僕らの特徴的なサウンドだ。あのドラムマシンは好きだし、音的にあのサウンドが好きなんだよね。僕らがSOSバンドで使い始めた80年代の頭というのは、そういったサウンドが多用されるようになった時期だったんだ。ラップ・ミュージックやエレクトロ系のサウンドで使われるようになっていた。僕らはちょっと違う形で使っていたけどね。現在でも話題になってる。808について書かれた曲もあるし、僕とテリーがすごく808に貢献してきたというドキュメンタリーも最近作られた。そうした象徴的なサウンド、象徴的なドラムマシンなので、ジャネットのような象徴的なアーティストのサウンドに使わない手はないなと思ったんだ。
――様々なアーティストと仕事をしてきたあなたがたから見た、ジャネットというアーティストの特異性は?
ジミー・ジャム:彼女のような存在はいない。ダンスが出来るとか、エンタテインメント性が高いとか、彼女が出来ることを語っているのではなくて、単純に彼女の音楽性だけで語っているんだ。もちろん、これらのことも全部彼女の一部ではあるけれどもね。スタジオの中での彼女は怖いもの知らずなんだ。アルバム『コントロール』を作った頃からそれには気がついていた。僕らが彼女に渡していたトラックはとてもアグレッシヴで、男性シンガーが歌うようなものだった。当時ビッグだった女性アーティスト達が出していたのはそういったタイプの音楽ではなかったんだ。彼女はそれを受け入れただけではなく、彼女のアプローチというか、そういう姿勢に惚れ込んでしまった。彼女が気骨のある精神の持ち主だということはそれ以前から分かっていたんだ。ジャクソンズのテレビ番組で、彼女が語っていたメイ・ウェストに対する印象などを聴いていても分かる。この前、キャロル・バーネットの番組を見返して思ったけど、彼女はいつも熱い態度でものごとに向かう人。アルバム『コントロール』はそういった彼女の一面を出していくものでもあったんだ。恐れをまったく知らない感じ。「この曲は凄く音程が低いから君が歌えるかどうか分からないんだ」って言うと、「やってみる」と彼女は言う。高いキーのところであろうと、低いキーのところでも、バックの歌のパートもすべて彼女自身がやっている。……「ウェル・トラヴェルド」という曲があるんだ、世界中を旅して回ったけれど、まだこれからも世界をもっと追求していきたいというような曲で、どこにいても彼女は家にいる心地好さを感じることが出来るって語っているんだ。そして、彼女はまたツアーに出る。ある街でパフォーマンスしたらまたバスにでも乗って次の地点へと旅立つ。ちょっとしたカントリーっぽさも感じられる曲だけど、冒頭の部分はどこか中東のような場所から始まるようなフィーリングのものだよ。曲の終わりの方では、カリフォルニアか、アリゾナかどこかの砂漠にいるような感覚。彼女だとそういったコンセプトを理解し、そういう曲を書けるようになれる。「そんなのラジオでかからないよ」とか「そんなの歌えるかどうか分からない」って言われたりすることもない。そういった彼女の恐れを知らないところが好きだね……。それが彼女のユニークで、ほかの人達には見られないところさ。
――今回のレコーディングはアゴウラヒルズのフライト・タイム・スタジオで録られたようですが、このスタジオは2006年頃から使っているサンタモニカのフライト・タイムと同じスタジオでしょうか?
ジミー・ジャム:違うスタジオなんだよね。2年ぐらい前に引っ越したんだ。常に倉庫みたなところは別にあって、そこに30年ぐらい前のキーボードとかヴィンテージの楽器や機材みたいなものを保管していたんだけど、2ヵ所にあったものをひとつのところにまとめてね。今のスタジオは、大きな遊び場のようなところ。それぞれの時代の楽器がすべてそこに保管してある。アナログのテープの機械があったり、アナログのサウンド・ボードが新しいテクノロジーのものと一緒に置いてあるんだ。そして、その間の時代のものもすべて置いてある。遊び場のようなもので、どんな感じのレコードも制作することが出来るんだ。実際に倉庫だったところだから、ジャネットがダンサーや振り付け師を連れてくることも出来た。大きな鏡張りの部屋とか、踊るために出来ている部屋もあるんだ。ジャネットはレコーディングをして、同時に振り付け師に来てもらって振り付けを教わったり、バンドに来てもらって、ライヴ用のアレンジを考えてもらったり……。だから、ここはジャネットのものすべてが行われる場になっていたよ。最初にここを建てたときに、そういったことを念頭に置いて作ったんだ。彼女はすごく気に入ってくれて、「ここはわたしのためにあるような場所ね」と言ってたよ。ドアを空けた瞬間、心地好くてすべてが素晴らしいって分かったって。環境的にいろいろ整えるのは大変だったけど、そういう場を作ることが出来たんだ。
(次回はジャネットの結婚相手の大富豪ウィッサム・アル・マナについて)