IL VOLO(左からジャンルカ、イニャツィオ、ピエロ)

 

ジャンルカ・ジノーブレ(Gianluca Ginoble・イタリア・アブルッツォ出身)
1995年2月11日生まれ(21歳)

 

イニャツィオ・ボスケット(Ignazio Boschetto・イタリア・ボローニャ出身)
1994年10月4日 生まれ(22歳)

 

ピエロ・バローネ(Piero Barone・イタリア・シチリア出身)
1993年6月24日生まれ (23歳)

 

 


 

 

IL VOLO バイオグラフィー(2016年12月20日現在)

 

イル・ヴォーロ(IL VOLO)は若き3人のイタリア人男性オペラ歌手によるユニットで、ジャンルカ・ジノーブレ(Gianluca Ginoble・アブルッツォ出身)、ピエロ・バローネ(Piero Barone・シチリア出身)、イニャツィオ・ボスケット(Ignazio Boschetto・ボローニャ出身)で構成。
アンドレア・ボチェッリの歌声を彷彿とさせるイケメン、ジャンルカの懐深く甘い歌声、メガネ姿にまだあどけなさが残る顔立ちとは対照的な美しく力強いピエロの歌声、高いパートは俺に任せろと言わんばかりの安定感と安心感、繊細な表現力が光るイニャツィオの類稀な歌声、それぞれ全く異なる個性を持ちつつ、それがグループとして不可逆的に融合し、絶妙なテノールの世界を生み出している。
“イル・ヴォーロ”は、イタリア語で“The Flight”(飛ぶこと、飛行)の意味で、世界に羽ばたき飛んでいく彼らのイメージからきている。メンバーはこう語る。
「僕たちは(クラッシック)音楽の僕たちの愛を世界中の人々と共有したいと思っているんだ。僕たちと同じ世代の子供たちともね。」

 

2009年
3人(当時14~15歳)はイタリアのテレビ局RAIの人気オーディション番組『Ti Lascio Una Canzone(Leavin’ You a Song)』でそれぞれソロ歌手として出演、この番組のプロデューサーが3人でオペラの三大テノールのようなユニットを作ることを発案し、このユニットが結成。3人は番組内でイタリアの名曲「オー・ソレ・ミオ」を披露、このパフォーマンスを見ていた、イタリア音楽界の大御所トニー・レニスの目にとまり、グラミー賞受賞ヒットメーカー、ウンベルト・ガティカ(マイケル・ジャクソン、セリーヌ・ディオンなどを手掛ける)と1stアルバムのレコーディングが決定する。
トニーはこう語る。
「最初フェイクだと思ったよ。まさか3人の子供、14歳と15歳がまるで45歳のテノール歌手のように歌うとは!」

 

2010年
ロンドンのアビーロード・スタジオにて、「オー・ソレ・ミオ」も収録したファーストアルバム『イル・ヴォーロ』をレコーディング。同年11月に本国イタリアでリリースし、大ヒットを記録しプラチナステータスを獲得。この年の大きい成功を受け、翌年の世界進出への足がかりを作った。

 

2011年
遂にこの年世界で彼らの人気が爆発となる。同年4月に世界各国でもアルバムがリリースされ、まずは全米進出を果たした。ビルボードチャート・トップ200の10位で初登場、その後、6位まで上り詰めた。(ラテンチャート、クラシックチャートでは1位!)3人はアルバムを引っさげて全米を行脚。「アメリカン・アイドル」のシーズン10や「エレンの部屋」などにゲスト出演し、その歌声を披露。連日視聴者のスタンディング・オべーションを受けることとなった。彼らはやがてクインシ―・ジョーンズの目に止まり、セリーヌ・ディオンやジョシュ・グロバーンといったスーパースターらと、前年起こったハイチ地震のチャリティ・シングル「ウィ・アー・ザ・ワールド:25フォー・ハイチ」に参加した。
またスペイン語圏でも大ヒット!アルバムのスペイン語版をリリースし、ヒットを飛ばすという快進撃を見せる。メキシコのチャートでは最高6位を記録し、AMPROFON(メキシコ音楽映像協会)からプラチナ・アルバムとして認定されたほか、上述のようにビルボード・ラテン・ポップチャートで1位を記録、第12回ラテン・グラミー賞でベスト新人アーティスト賞とベストポップアルバム賞(ユニット部門)の二つにノミネートされるという成績を残す。
この年ヨーロッパ、北米、南米大陸でツアーを敢行。3人はアルバムやコンサートを通じて歌の才能を証明し、観客を圧倒することになった。

 

2012年
アメリカのスーパースター “バーブラ・ストライザンド”とのツアーを行い、その知名度をさらに高める結果となった。11月、3人のアイデンティティとなるクラシックな音に軸を置きつつもよりポップなテイストを加えた2枚目のスタジオ・アルバム『ウィ―・アー・ラブ』が発売。チェコ・シンフォニー・オーケストラをバックに、彼らにインスピレーションを与え続けたルチアーノ・パヴァロッティへのオマージュ「Il Canto」という曲で三大テノールの一人プラシド・ドミンゴと共演を果たす。

 

2013年
ツアーが多く組み込まれた1年となった。ヨーロッパは勿論の事、アメリカおよび中南米大陸の主要都市を廻るツアー行う。その年の終わりには、世界で最も美しい教会の一つと言われるイタリア・アッシジの聖フランチェスコ聖堂で讃美歌やクリスマス・キャロルを歌い、1年を括った。このコンサートの模様は収録され、12月25日、法王によるミサの後に放映された。また、ニューヨーク・マジソン・スクエア・ガーデンで開かれたラウラ・パウジーニのデビュー20周年祝賀コンサートにグロリア・エステファン、イヴェッチ・サンガロ、ミゲル・ボセらとともにスペシャル・ゲストとして招かれた。

 

2014年
ビルボード・ラテン・ミュージック・アワードで「ベスト新人アーティスト賞」と「ラテン・ポップ・アルバム賞の2つの部門で初受賞。この年もツアー中心の一年となる。

 

2015年
2月イタリア最大の音楽の祭典、“サンレモ音楽祭”で優勝を飾る。これを受け同月にシングル「サンレモ・グランデ・アモ―レ」をリリース。iTunes EPチャート、シングル・チャート、ビデオ・ランキングを総なめにし、大ヒットとなる。グランデ・アモ―レのミュージックビデオの再生回数は4,200万回(当時)を超え、Vevo史上最も再生回数の多いイタリアの楽曲となった。
5月彼らはイタリア代表として、過去にABBA、セリーヌ・ディオンを輩出した、ユーロビジョン・ソング・コンテストに参加(2014年優勝者は髭の女装シンガー、コンチータ)。結果は第3位であったが、視聴者の支持などでヨーロッパ中のiTunesチャートを席巻する。
9月に約3年ぶりとなる待望の3rdアルバム『グランデ・アモーレ』をリリース。アルバムは世界中のチャートにランクイン。シングル「サンレモ・グランデ・アモ―レ」とアルバム『グランデ・アモ―レ』はそれぞれダブル・プラチナ認定の快挙となった。

 

2016年
1月、アメリカ、ヨーロッパ、ラテン・アメリカを皮切りとしたワールドツアーを敢行、世界中の由緒あるステージに立ち、各地SOLD OUT公演となる。
7月1日にイタリア・フィレンツェのサンタ・クローチェ広場で「UNA NOTTE MAGICA―三大テナーへのトリビュート」を開催。タイトルどおり、三大テノールに敬意を表したコンサートになった。そしてスペシャル・ゲストとしてプラシド・ドミンゴが登場、指揮者としてそしてシンガーとして、メンバーと共演。その圧倒的なパフォーマンスで、約2万人の観客の度肝を抜いた。このコンサートの模様は収録され、9月にCDとDVDがリリース。アメリカでクラシックiTunesチャート1位に輝くなど、世界中でまた話題となっている。今後も彼らから眼が離せない。