イーダ・マリア
彼女は(オアシスの)ギャラガー兄妹並みに大口を叩き、エイミー・ワインハウス並みに気まぐれで、そして彼女は3分間の完璧なパンキッシュなポップ・ソングを作る。彼女の曲は最初のサビに行くまでに聴く者の神経経路に居座ってしまうだろう。そう、彼女の名前はイーダ・マリア。24歳のノルウェー出身。彼女の音楽はさながらストロークスをバックバンドに従えたビョーク?はたまたザ・ジャムに加入したジャニス・ジョプリン?

 ライヴでの彼女は躁的な狂気をもってステージ上で踊り、暴れ、叫び、ギターをスピーカーに叩きつけるほどエキサイティング。ライヴでは自分を抑えられないと告白するイーダは、かつてライヴで肋骨にひびをいれてしまい、1ヶ月も歩けなかったこともある。さらにはベース・ギターにヘッドバットを食らわし血まみれでライヴを行った時は、興奮して自分の血をオーディエンスから投げ込まれた赤ワインと勘違いしたほど。

 そんなイーダの生まれ育った町はノルウェー北部に位置する人口たったの1776人の大学町、ネスナという所。そこにはガソリン・スタンドと飲み屋と閉鎖された靴工場が1つずつしかなく他は山ばかり。また北極圏に近く1年の半分は常に暗闇に覆われる。

 彼女の母親は大学で教えており聖歌隊の一員でもある。父親は漁師、大工、コンピューター・エンジニアなど色々な職業に就き、現在は教養学部で教えている。彼はまたいくつかのジャズ・バンドやスカ・バンドでベースを弾いていたことがあり、イーダは父親のレコード・コレクションにすぐさま影響を受けた(曰く、「スティーリー・ダンの全ての曲が私の頭の中に刻み込まれている」)。

 16歳のときに彼女はノルウェー南西部の海沿いの町ベルゲンに移り住み、そこの専門学校で音楽を勉強し始める。そこは非常に厳しいキリスト系学校であったため、彼女はそれに嫌気がさして無神論者になってしまった。しかしベルゲンには活発な音楽シーンがあり、多くのブラック・メタル・バンド以外にも、Kings Of Convenience, Sondre Lerche, Annie, ロイクソップ、Datarockなど素晴らしいアーティストを多く輩出している。

 専門学校での3年間にわたるミュージック・コースを修了するまでに、イーダはライヴ・ハウスの常連となり、そこでギターやベースをプレイしていた。卒業後さらに2年間をベルゲンで過ごしたイーダは、小さくて汚いアパートでの7人との共同生活とベルゲンの雨の多さにもうんざりした彼女は、スウェーデンのウプサラに移り住む。そこで彼女はその町の有名な大学に入学する。

 ある時ぎりぎりのタイミングで出演が決まったノルウェーの大きなフェスティバルのために、彼女は急遽ストックホルムでバンド・メンバー探しに奔走する。そして出会ったのが、ステファン・トーンビー(G.)、ヨハネス・リンドバーグ(B.)、オーレ・ランディン(Dr.)の3人。彼らはその後もイーダのツアー・バンドとして留まり、アルバムのレコーディングにも全面的に参加した。

 アルバム収録の12曲はどれも短くもシャープな楽曲で、「絶望」「性の政治学」「パーティー」「お酒」「愛」などがそれぞれの曲のテーマになっている。そして全ての曲がシングル級のクオリティだ。



「アルバムの内容に関しては独断的な要求があったの。それは曲数が10曲で全てが3分前後でなければならないということ。聴く人が一発でノックアウトされる、凝縮されたシャープで完璧なポップ・アルバムにしたかったの。踊れて、お酒にぴったりで、夢中になれて、泣くこともできる音楽。つまり憂鬱な気分をパーティー気分に変えられる音楽を作りたかった。大学で音楽を勉強したし、ジャズのスタンダードも歌ってきたから、音楽がどのように組み立てられるかよく知っているけど、私が作るポップ・ミュージックはどこか違うものなの。それは肉体的であり本能的であり濃縮されたもの。私は他人が書いた曲は歌えない。私が歌う曲は自分の心から湧き出たものであるべきだと思うから。」



 彼女の曲作りは非常に変わっている。彼女によるとそれは“共感覚”の一種によってもたらされるそうだ(“共感覚”とはある刺激に対して通常の感覚以外の異なる感覚を生じさせる特殊な知覚現象。音を聴くと色が見えたり、文字をみると味を感じたりすること。共感覚を持つ有名人にはレオナルド・ダ・ヴィンチ、マイルス・デイヴィス、宮沢賢治など、才能豊かなアーティストや芸術家が多く、その特殊性から“神に与えられた才能”ともいわれる)。彼女の五感は音を「視覚」し、色を「聴覚」できるほど研ぎ澄まされる状況になるという。彼女はソングライティングを“形や模様を組み立てる”作業として捉えており、彼女の曲は“黄色”や“黒”や“尖ったもの”ということになる。曰く、「だからライヴのステージは私の頭の中から湧き出る色や形や模様を描くキャンバスなの」。

 Led Zeppelin, The Smiths,Arvo Part, Black Grape, Interpol, Velvet Underground, Janis Joplin, Billie Holidayなど多種多様な音楽に傾倒し、そして趣味が釣り!という、一風変わったこのロック・ガールの記念すべきデビュー・アルバム『フォートレス・ラウンド・マイ・ハート』は、2008年に本国ノルウェーとUKでリリース。BBCが毎年選ぶ、その年にブレイクしそうなアーティスト・ランキング“BBC Sound Of 2008で見事11位に選ばれ、今年1月にはノルウェー版グラミーで“Newcomer Of The Year”を受賞。そして3月には日本とアメリカでデビューを果たす。