ニュー・アルバム『イン・ザ・ナウ』楽曲解説
ニュー・アルバム『イン・ザ・ナウ』楽曲解説
本作からの最初のシングルとなったタイトル曲が「イン・ザ・ナウ」。グルーミーなアーバン・コンテンポラリーに仕上ったこの楽曲を、バリー自身は『アルバム全体の総括であり、過去に起こったすべてに応じて生きるわけにはいかないし、未来に何が起こるかを実際に予見はできない、つまりは<今、現在>だ』と評している。
「グランド・イリュージョン」は、ヘヴィなリフを持つロックのアプローチが、ときおりロビンを思い出させる。これはー『人生全体が錯覚であって、人生そのものを揶揄している。起こったたくさんの出来事も現実じゃないかもしれない、という考え方だ。私たちが現実だとして受け入れていること、それが壮大な錯覚なのさ。それは月灯りの下で起こっている』(バリー)、だそうだ。
あまりに美しいポップ・ソング「星空の恋人達」は、『<ロミオとジュリエット>、あの感じが私の人生そのもの。何者も失恋を経験し、そしてそれを乗り越えることは、決してできない。別の誰かと生涯愛し合ったとしても、あの瞬間を乗り越えることはできない』(バリー)、そんな感情が綴られている。「愛はきらめきの中に」の流れも汲んだ、04年に妻リンダに捧げて書かれた曲である。
一転、「ブロウイン・ア・フューズ」はアップテンポの、軽快にシャッフルするナンバー。ヴェンチャーズ調にトワンギングなギターの導入やサイケ的なアプローチも意欲的なポップ・ロック・スタイル(一度終わりかけて戻ってくるあたりが、ぐっと来る)。
ボブ・ディランを想わせるフォーク・ロック的な歌唱と楽曲性が、バリーのルーツ回帰を偲ばせる「ホーム・トゥルース・ソング」に続き、こちらもつぶやくように語りかけるヴォーカルとたおやかなストリングスとが 重みと親しみとを兼ねた味わい深さを醸し出している「ミーニング・オブ・ザ・ワード」。
そして、「クロス・トゥ・ベアー」は前曲と連なるメッセージ性を携え、幽玄な世界を描き出す。これら、中盤の展開にビー・ジーズ色が滲んでいるようで、うれしい。「シャドウズ」では、ミドル・テンポで歌い込みじっくりと心象を表現するスタイルが採られた(コーダの余韻にメキシコ風なイメージもユニークだ)。
「エイミー・イン・カラー」で再びサイケな、まるで「アイ・アム・ザ・ウォラス」(ビートルズ)を想起させるロックが聴ける。ピアノとストリングスが奏でるタイムレスなバラード「ザ・ロング・グッバイ」、それに「ダイヤモンズ」は正統的なビー・ジーズ・スタイル。 物語性を織り込んだスケール豊かな音絵巻に、「ニューヨーク炭鉱の悲劇」を重ねてもいいかもしれない。
本編の締め括りが「虹のおわりに」。「テネシー・ワルツ」のようなカントリー・バラード的なスタンダード感を伝え、そのままスティーヴン・フォスター作と言われても信じられそう。弟に向けて、自身のそのままの感情を込めて歌いかけたフレーズに基づいた作品で、つまりロビン(もちろんアンディとモーリスにも)に捧げられている。
12曲からなるアルバム本編に加え、近年の通例に則りエクストラ・トラック3曲が日本盤に収録された
「グレイ・ゴースト」は「エイミー・イン・カラー」と同様、サイケデリックな色彩を持ち、インドあるいは中東の香りを伝えるエキゾティックな作品。06年にスティーヴとアシュリーと共作し、07年に録音され11年末にデジタル配信された。今回が初CD化。『すばらしい日本の人たちに捧げます。穏やかに再建が進み、愛する人たちを失った悲しみが少しでも癒されますように』(*)ーウェブサイトでのこの曲へのバリーの言葉が示す通り、2011年3月11日の東日本大震災に寄せたものだった。(*訳はファンサイト「Bee Gees Days」より)
「ダディーズ・リトル・ガール」は、柔らかで真っすぐなヴォーカルが、じんわりと効いてくる穏やかなナンバーで、シンプルさが特別な価値を輝かせる小品となっている。こちらも11年にデジタル配信された。
「ソルジャーズ・サン」は、「哀愁のトラジディ」あたりに顕著だったマイナーなメロディが際立つ、これもまたバリーの特質を浮き彫りにした佳曲だ。
バリーは『イン・ザ・ナウ』についてこんな風に述べている。
『このアルバムは、喩えれば<旅>のようなものでしょうか。また、人生や文明や音楽などすべてへの今現在の私の想いです。ディスコ作品ではまったくありません。60年におよぶ時間とその期間から受けた様々な影響が詰まっています。意図したわけではないもののおそらく無意識に、とても自伝的な作品になりました。歌詞はやや抽象的です。が、絵画がそうであるように深く向き合ってもらえれば、曖昧な言葉の向こうに本物の情感を得てもらえると信じています。それがあなたに伝わると願っています』
(矢口清治氏ライナーノーツより抜粋)