ザ・ブラッド・ブラザーズ
「パンク」という言葉はバック・ステージのドレッシング・ルームにあるかび臭いスウェットラグ以上に、あちこちで投げ散らかされてきた。今、誰でも地方のモールで頬にピアスができるようになり、ラモーンズ・パッチはフレンドリーな近所の店で購入されることにも慣れ、その言葉が本来持っていたコンセプトは定められたマーケティング・プランの下に埋葬されている。真にアーティスティックな反逆者たちは懐疑的にならざるを得ないだろう。だから今こそ我々は戻るべきだ。その言葉の本来の意味、本来の感覚、アティチュード、最初に常識を破壊するために使った楽器で武装したカウンター・カルチャリストたちへ。そしてパンク・ビジネスの死骸の中で爆発させる衝撃的な音楽の爆弾を投下しよう。人々を立ちあがらせ「こりゃいったい何だ?」と言わせながらも、さらに求めさせるような爆弾を!



 ザ・ブラッド・ブラザーズは、最も純粋な感覚を持ったパンク・バンドだ。シアトルをベースに活動するこの5人は、その複雑なリズムを次々と変化させる唯一のバンドであり、榴散弾の嵐のようにビートをスマッシュし、社会批判を叫ぶことにおいても非常にパンクである。また、自身のクリエイティビティを制限されるよりも、むしろ恩を仇で返すことを選ぶという点においてもパンクだし、その妥協しない意思と奇怪な音楽スタイルに興奮したプロデューサーのロス・ロビンソンが、100%自由に制作をしてもよいという約束でアプローチするまで、信念を曲げずにインディー・レーベルで活動していたことを考慮しても、まさしくパンクなのだ。「初めて彼らの音楽を聴いたとき、そのすべてに惚れ込んだよ」と、ロス・ロビンソン(彼はこれまでにアット・ザ・ドライヴ・イン、スリップノット、リンプ・ビズキットなどを手がけている)は言う。「最高のビートに燃え上がるような歌声、それにギターもベースも全くすばらしい。そのすべてにただただ感激したよ」



 そして今年3月26日、アルバム「ザ・ブラッド・ブラザーズ登場!」が、ロビンソンのARTISTdirectのI AM Recordingsからリリースされる。それはヴォーカリストのジョーダンとジョニー、ギタリストのコディ、ドラマーのマーク、そしてベーシストのモーガンが送る、通算3枚目のフル・アルバムだ。37秒の「Guitar me」でスタートするこのアルバムでは、2人のヴォーカルが戦い、けいれんを起こすギターのサウンドが怒り、ベースとドラムはダークに不安定に鼓動している。サウンドすべてを理解できたのか確認するために何度も聴きたくなるような熟練した楽器のテクニックとすばやく進んで行く楽曲。これは非常に密度の濃いパッケージといえよう。そしてさらに、アコースティック・ギターとヴィンテージ・エレクトリック・ピアノ、そして木琴のカオス的コンビネーションが、それに加わっているのだ。



「ツアーに行くといつも、おれたちは風変わりなバンドに見える」

 伝統とはかけ離れたそのサウンドについて、ジョニーは語る。

「Oops!ツアー(Lightening Bolt, the Locust, and Arab on Radarらと共に)に行ったときはおれたちは一番ストレートなバンドだったけど、NYハードコア・フェスティヴァルでは最も異様だったろうし、その後のGlassjawツアーでもそうさ。まあおれたちは普通のバンドじゃないからね」

 

そんなザ・ブラッド・ブラザーズは、典型的なハード・コアや3コード・パンクと違い、他のバンドとのツアーに組み込まれるには少々難しい面もあるかもしれないが、彼らはそんなことに不満を訴えたりはしない。1997年に結成してからPretty Girls Make Gravesなどといったバンドたちと国内をまわり、彼らは強固なアンダーグラウンド・フォロワーたちを築き上げてきた。その3年後には、Second Natureより、シャープなブレインを備えた痛烈なアーバン・ハードコア・カタルシス、「This Adultery is Ripe」を発表。そして2001年には「March On Electric Children」をリリースし、広く絶賛された。ヴィレッジ・ヴォイスは「もしもこれが若者が腐るサウンドなら、死んだティーン・テイジャーを私の耳に押し込んでくれ」と言って熱狂的に支持し、NMEも「完全に混乱している。だが、深く深く揺り動かされる」と、同様の反応をみせている。確かにジョーダンとジョニーが、広告ツールとしてセクシャリティを使うことの見せかけと病をひと突きにしたことで、社会の腐食はそのはらわたを「March…」のいたるところに残したのだ。



 今回の新作「ザ・ブラッド・ブラザーズ登場!」でも、ヴォーカル・タッグチームは「ビューリミック・レインボウズ」で再び超現実的なパンク・ポエトリーを吐き出している。「シックス・ナイトメアズ・アット・ザ・ピンボール・マスカレード」では百万長者たちが彼ら自身の影を貪り、「アイ・ノウ・ウェア・ザ・カナリーズ・アンド・ザ・クロウズ・ゴー」はかつて愛が育まれた場所で責め苦しめられる身体だ。「エヴリ・ブレス・イズ・ア・ボム」にはあざけりが出没し、そして「キャンサラス・チャイムズ」を隠す光線は、ジューク・ボックスのきらめきと共に消えて行く。

 彼らは軽蔑的なノイズや偏狭の重苦しいほとばしりについて語っているわけではない。「ザ・シェイム」の美しいエンディングでは、凶悪なステートメントをどのように楽器で和らげているのかを耳にすることができる。それぞれのトラックは、アートと知性の入念な建造物なのだ。

「ある意味、このレコードはバンドの寿命をかなり伸ばしたよ」

 ジョニーは語る。

「なぜなら“ザ・シェイム”や“ザ・セールスマン、デンヴァー・マックス”、“エヴリ・ブレス・イズ・ア・ボム”のような曲を作ったことで、自分たちのジャンル以外の楽曲を制作してもザ・ブラッド・ブラザーズのサウンドを失うことはない、ってことがはっきりしたからね。そして今、自分自身をジャンルで囲わずに、多様性をもって楽曲制作できる機会が増えたんだ」

 

 ライヴでの彼らは非常に興奮していて、予測不能だ。それぞれのメンバーたちのパートは決して調和せず、カー・クラッシュのようにぶつかり合っている。

 「新しい材料が沢山増えて、ライヴは以前にも増して挑戦的になった。もっと実験的なものになったからね」コディはそう言った。

 ヘンダーソンも加える。

「だからなおさらダイナミックなライヴ・ショーができるんだ。今までのライヴはずっと叫んでいるだけのように見えたのが、新曲をプレイすることによって様々なスタイルが可能になった。おれはそれがすごく楽しいんだよ」



 多様性というものは、使い捨てのパンク・カルチャーにおいて、非常に欠けている長所である。だがザ・ブラッド・ブラザーズに感謝しよう。我々のカルチャーのデッド・エンドは単に新しいマテリアルの素材なのだ。この「ザ・ブラッド・ブラザーズ登場!」がそうであるように。