【LIVE REPORT】《私達》と《彼ら》を隔てる壁 - ロジャーウォータース最新北米ツアーの意義。
「US + Them 」
ロジャー・ウォーターズ2017年の北米ツアー名は「US + THEM」となっており、当然『狂気』収録の名曲のタイトルを捩ったものである。これには「私の側に付くのか、それとも敵対するのか」という意があり、今世界が置かれている状況を表現するのにこれ以上的確な言葉はなく、しかもそれが1973年以来普遍のものであるからだ、とロジャーは語っている。今回はそのツアーをフロリダ州マイアミで捉まえる事が出来たので、ここにその模様をまずレポートしたい。
ショウの構成は前年のツアー同様、『狂気』の土台にフロイドの各名盤の重要な部分を加えた、拡張版『狂気』ライブといったところ。今年はそこに新作「Is This the Life We Really Want?」から4曲が加えられ、Desert Tripで大観衆を圧倒したライブが更にパワーアップされている。ショウは「On the Run」をより力強い「One of These Days」と入れ替えた『狂気』のA面で幕を開け、『炎』からの不気味な「Welcome to the Machine」と続き、満を持して新作冒頭の四曲が飛び出す。中でも「Picture That」はフロイド往年の名曲と比べても遜色の無い出来で、特にライブで映える名曲だ。大合唱の沸き起こる「Wish You Were Here」を経て、第一部は「Another Brick in the Wall Part II」にて幕を閉じる。同曲の演奏中に地元の子供達がステージ上に招待され、コーラスとダンスで演奏を盛り上げる演出が印象的だ。これによって曲元来の持っていたメッセージがより顕著になり、観衆に余韻を残しながら第一部は幕を閉じる。
20分の休憩が終わり会場が暗転すると、怪しい警笛が響き渡り巨大スクリーンが天井から下りてきて会場を二分する。ステージから直角に伸びるスクリーンの頂点から4つの煙突が突き出すと、それは『アニマルズ』のジャケットそのものの発電所へと変貌するのだ。「Dogs」では発電所に演奏シーンが、続く「Pigs」では醜悪な赤ん坊トランプと彼の大統領らしからぬ暴言の数々が投影される。
その周りを胴体にトランプを悪魔の如く描いたピンクの豚が会場を飛び回り、巷で騒がれているロジャーのトランプ批判が炸裂する。
https://instagram.com/p/BW85gujBwMV/
Roger Watersさんの投稿 2017年7月24日
その後発電所が変幻自在の巨大スクリーンへと形を変え、「Any Color You Like」を「Smell the Roses」に入れ替えた『狂気』のB面が演奏される。ここで見られる千変万化のスクリーンの凄さは、実際に見て頂かない事には伝わり辛いかもしれない。演奏が「Brain Damage」に入るとスクリーンは姿を消し、レーザー光線の作り出すピラミッドがフロア中央に登場。そこからプリズム状の照明が会場中に向けて放たれ、『狂気』は圧倒的なエンディングを迎える。アンコールは『ザ・ウォール』から「Vera / Bring the Boys Back Home / Comfortably Numb」という観衆の感情を直撃するメドレー。
「Comfortably Numb」ではロジャーはステージを降り、フロア前列のファン達一人一人と握手していく。ロサンゼルス公演を観ていた俳優ウィル・ウィートンは、ロジャーと握手をした感動の余り「I can’t words right now」という名ツィートを残した。それはマイアミの会場にいた誰もが同様の想いだっただろう。
https://instagram.com/p/BW9KruKgycF/
Roger Watersさんの投稿 2017年7月24日
「ツアー名に込められたロジャーの意図」
完璧な演奏技術によって蘇るフロイドの名曲の数々が、最新テクノロジーを駆使したステージ効果の数々に彩られながら次々と繰り出されるこのライブには、正に一大スペクタクルという言葉こそ相応しい。フロイドファンでなくとも心底楽しめるショウであり、既に各方面から大絶賛されているのも当然だ。しかしそれらは今ツアーの意義の半分程度を伝えているに過ぎない。加えてこのツアーがアメリカ各地で大きな波紋を呼んでいる事実は、ツアーの内容よりも重要な事かもしれないのだ。
キーポイントになるのは何がUSで、何がTHEMなのか、である。まず明確になるのがUSがリベラル派のアメリカ国民(真のUnited States)を意味しており、THEMがトランプ大統領を筆頭とする現アメリカ政府と右翼的体制、という点だ。既に昨年のDesert Tripにおいて「Pigs」演奏中に胴体にトランプを髑髏として描いた巨大豚を飛ばし、メキシコとの国境に壁を立てるという発言をこき下ろしたのだから、大統領に当選したトランプが更に攻撃されるのは予想通り。新作収録の「Picture that」にて「脳味噌の欠如した指導者を想像してみろ」と批判し、インタビューで「トランプはBuffoon(滑稽な愚か者)だ」と一蹴したロジャーの最新ツアーを、アメリカのメディアは反トランプツアーと形容する(そうすれば報道に注目が集まりやすいから、なのだが)。ネット上でも、「ミュージシャンなら黙って音楽に専念しろ」という批判の声も少なくない。そんな声に対し、ロジャーは「ならばケイティ・ペリーでも観に行ってくれ」と応えている。
思い返せば1987年のRadio KAOSツアーでも当時のレーガン大統領を強烈に批判したロジャーなのだから、今回のトランプ批判もそんな彼の姿勢の延長線上にあるに過ぎない。「言論の自由」を国民最大の権利とするアメリカにおいて、大統領批判(特にトランプ批判)は良くも悪しくも一つのエンターテインメントとして成立し得る。トランプがキューバとの国交断絶を再考慮している現在、北米最大数のキューバ移民を持ち、英語よりもスペイン語が日常会話に使われがちな都市マイアミでの公演で、ロジャーの反トランプ姿勢が大歓声と共に迎えられた事は想像に難しくないだろう。ロックの歴史を振り返れば、こういった政治的メッセージがアーティストのパフォーマンスに含まれる事は決して珍しくない。ただ、騒ぎが「Pigs」一曲におけるトランプ批判によるものだけだったなら、これ程の喧騒に彼が巻き込まれる事もなかった筈なのだ。
「問題となったBDS運動支援」
ロジャー・ウォーターズはロック界で最も活発なBDS(The Boycott, Divestment and Sanctions Movement)支援者かつ提唱者である。BDSとは、イスラエルのパレスチナにおける存在を占拠と看做し、同国はアラブ人に対するアパルトヘイト政策を実施している、と主張する反イスラエル運動だ。「パレスチナ人の人権尊重」を目的に、イスラエル製品のボイコット、資本引き揚げ、経済制裁を通して、イスラエルに経済的且つ政治的圧力をかけようとするのがこの運動だが、当然ながらユダヤ系の人々はこれを「不当な言いがかりでしかなく、イスラエルそしてユダヤ人に向けてのHateを促進させる人種差別行為」と糾弾している。世界中でイスラエルと最も友好関係にあり、人口の1.4%(540万人)がユダヤ系国民であるアメリカ合衆国で、BDSの様な運動が容認されるわけは当然無い。2017年6月現在、ニューヨーク、カリフォルニア、そしてフロリダを含む21州では公衆の場においてBDS運動と関係を持つ、もしくは支援する事は違法となっている程である。ロジャー・ウォーターズは各所で「私は反イスラエル主義ではなく反アパルトヘイトなのだ」と説明しているが、フロイドを聴かないアメリカ人がイギリス国籍の彼を「土足で家に上がって来て悪態をつく無礼者」と受け止めても、仕方がないのだ。
ハワード・スターンやアダム・サンドラーといったユダヤ系のセレブ達がロジャーをこき下ろしている分にはまだ問題は無かったが、アメリカン・エキスプレスが今ツアーのサポートを降りた辺りから事態は深刻になってきた。アメリカ有数の大手金融機関であり、ユダヤ系人口の多いニューヨークシティに本拠地を持つCiti Corpは、「ロジャー・ウォーターズとこの先ビジネス関係を持つ予定は一切無い」と発表。最近ではナッソー地区の有力ユダヤ系立法家を筆頭とするグループが「悪意溢れるユダヤ人差別主義者ロジャー・ウォーターズはBDS運動の悪名高き扇動者であり、彼のナッソーコロシアム公演開催を許可する事は2016年5月採法されたBDS取締り法に違反する」と地方裁に申請。8月現在、この件に関しての最終結論はまだ出されていないが、ロジャーは「アメリカ憲法第一条である言論の自由に違反する言い掛かりが通る訳が無い」と強気の姿勢を見せている。事実、今ツアーにおいてロジャーはBDS運動提唱行為を一切行っていない。従ってこのツアーがBDS運動に加担しているもの、という理由で中止を呼び掛けるのは難しい、と言えるだろう。
しかし一度貼られた「Anti-Semitic(反ユダヤ主義者)」というレッテルを払拭するのは非常に難しい。それが顕著になったのが、7月13日のマイアミ公演だった。数日前からJewishMiami.orgを含むユダヤ系市民グループの多くが公演中止を要求しており、当日付けのマイアミヘラルド紙には、ファンに公演不参加を呼びかける広告(http://jewishmiami.org/roger_waters/?mobile=1)が紙面一面を使って打ち出された。会場のAmerican Airlines Arenaの周りには一日中ロジャーの反イスラエル姿勢を糾弾するトラックが徘徊し、テレビのニュースもロジャー・ウォーターズ公演騒動で持ちきりとなっていた。だが最大のニュースとなったのは、マイアミビーチ市内の子供達がショウ前半の山場となる「Another Brick in the Wall Part II」にコーラスとダンスで参加する事が、「市長直々の命令」で禁止された事だった。痺れを切らしたロジャーは公演当日のリハーサル後、テレビ局のインタビューに応じ以下の様に答えている。
「I am not anti-Semitic, anti-Israel, or pro-Nazism. I am anti-occupation, anti-establishment, pro-humanism. (私は反ユダヤ主義でも、反イスラエルでも、親ナチ派でもない。私は反占領、反体制主義であり、人間中心主義を支援しているのだ。)」
当日の公演中、前半部終了した際にロジャーは一人マイクに向かい、参加出来なかった子供たちの名前をソールドアウトの大観衆に伝えた。以下の言葉はそれに続いたロジャーのスピーチを訳したものである。
「彼らが今ここに居ないのは、マイアミビーチ市長から私と一緒に仕事をする事を禁止されたからなんだ。(マイアミビーチ市長が)禁止令を出したのは、彼がイスラエルを支援しているからで、BDS運動の提唱者である私を個人的に攻撃する為でしかない。(BDSというのは)人権を守ろうとする運動だ。でも君達がそれに関してどう思うかには私は殆ど関心がない。ただ、私は人類愛を重んじていた父と母から教えられた全て、その重荷を常に背負ってきた。それは世界中の誰に対してもCareを怠ってはならない、世界中の人々の人権を尊重し平等に扱わねばならない、という事だ。今日、私はここに来られなかった子供達に手紙を送ったのだが、それをこの場で読ませてもらうよ。『やぁ皆。私は君達がこの素晴らしきマイアミの聴衆たちの前に立つ権利を剥奪された事をとても残念に思っているんだ。それも間違った情報を信じた政治家の手によってね。(君達は)醜悪なプロパガンダの為に大きな代償を払う事になってしまった。しかし、私達のショウはすべて愛の為にあり、人種、民族性、肌の色、そして信仰する宗教の為に迫害されている世界中の皆の平等権と人権の為にあるんだ。私達はこういった攻撃に屈せず、共に乗り越えていくだろう。We shall overcome!』」
Wonderful to feel the love in the room! Thank you, Miami, for an Amazing sold out show!! @AAarena #usandthemtour #rogerwaters pic.twitter.com/LAnFcdQBkK
— Roger Waters (@rogerwaters) 2017年7月14日
もしも...
私はBDSやイスラエル問題の是非を問えるまで政治学に精通していないし、ロジャーを支援すべきか否かという問いに対しての明確な答えを出す事も出来ない。ただ唯一確信を持って言えるのは、昨年のデザートトリップにおいて最もインパクトがあったのはロジャー・ウォーターズのパフォーマンスだった、という事だ。ポール、ストーンズ、フー、そしてディランというロック界の四天王以上にロジャーが圧倒的だったのは、あの広大な場において自らの確信と信念と共に全身全霊を込めたパフォーマンスを見せたのが彼だけだったから、である。それがドン・キホーテの迷走であったとしても、人はしばしその一途な突進に心を打たれる。ロックが牙を抜かれ単なるノスタルジーとなってしまった現代でも、ロジャーはロック共同体を信じているのだ。「私にもし意見というものがなければ、ツアーももっと楽にこなせただろうに」-『原子心母』収録の名曲『もしも』通りのこの最新発言にこそ、私はロジャー・ウォーターズの真実を見た気がするのである。
Roger Waters at AmericanAirlines Arena, Miami, FL, U.S.A., July 13, 2017
1. Speak to Me / Breathe
2. One of These Days
3. Time
4. Breathe (Reprise)
5. The Great Gig in the Sky
6. Welcome to the Machine
7. When We Were Young
8. Déjà Vu
9. The Last Refugee
10. Picture That
11. Wish You Were Here
12. The Happiest Days of Our Lives
13. Another Brick in the Wall Part 2 / Part 3
(Intermission)
14. Dogs
15. Pigs (Three Different Ones)
16. Money
17. Us and Them
18. Smell the Roses
19. Brain Damage
20. Eclipse
21. Vera
22. Bring the Boys Back Home
23. Comfortably Numb
2017年8月2日 南 陽一郎