<ヒストリー>
1980年
1月28日NY生れ
1993年
フロリダ州/オーランドにて、ケヴィン、ブライアン、ハウイー・D、A.J.とバックストリート・ボーイズを結成
1994年
Jive Recordsと契約
1995年
9月にシングル「ゴーイン・オン」でデビューし、本国よりも先にヨーロッパ各国でヒット。イギリスの雑誌スマッシュ・ヒッツが主催する“スマッシュ・ヒッツ・アウォーズ”で「最優秀新人ツアー・アクト」を受賞
1996年
ヨーロッパでの活動に重点をおくようになり、その後リリースされたデビュー・アルバム『バックストリート・ボーイズ』がヨーロッパ全土で大ブレイク。ヨーロッパ、アジア、オーストラリアを精力的にプロモーションで廻り、10月27日からプロモーションのため初来日(東京・大阪・名古屋)。11月21日、アルバム『バックストリート・ボーイズ』とシングル「ゲット・イット・ダウン」で日本デビュー。アルバムの全世界セールスが850万枚を突破する大ヒットを記録。
1997年
8月1日、シングル「エヴリバディ」とセカンド・アルバム『バックストリーツ・バック』を発表。その後アメリカでデビュー・アルバム『バックストリート・ボーイズ』がリリースされ、「クイット・プレイング・ゲームズ」がヒット。
1998年
前年に全米でリリースされたアルバム『バックストリーツ・バック』は全米だけで400万枚、全世界セールスは1300万枚を超え、シングル「アズ・ロング・アズ・ユー・ラヴ・ミー」「エヴリバディ」も大ヒットを記録。遂に本国でもブレイクを果たすと共に、一躍世界的なスーパーグループに。
1999年
4月28日、サード・アルバム『ミレニアム』を日本でリリース。このアルバムから彼等の代表曲「アイ・ウォント・イット・ザット・ウェイ」「ラージャー・ザン・ライフ」「ショウ・ミー・ザ・ミーニング・オブ・ビーイング・ロンリー」などの大ヒット曲がうまれ、遂に全米チャートでも1位を獲得。そのセールスは全米で1300万枚、日本でも150万枚、全世界で3500万枚を越えるスーパー・ヒットを記録。
2000年
4枚目のアルバム『ブラック&ブルー』をリリース。2作連続で全米チャート1位を獲得。「シェイプ・オブ・マイ・ハート」などのシングルが大ヒット。アルバム・セールスは全米800万枚、日本で2作連続100万枚を突破。またこのアルバムのプロモーションでは100時間で世界6大陸を回るツアーを敢行、日本にも専用ジェットで来日し大きな話題に。
2001年
初のベスト・アルバム『グレイテスト・ヒッツ-チャプター・ワン』をリリースし、日本では150万枚を超える空前の大ヒットに。初の来日公演は、東京ドームを含む3大ドーム5公演/計23万5千枚のチケットが即日完売。
2002年
10月に初のソロ・アルバム『ナウ・オア・エヴァー』をリリース。プロモーション来日も果たした。
2003年
2月に初のソロ来日公演。東京国際フォーラム・ホールA:2日間、大阪フェスティバルホール:2日間、名古屋芸術劇場大ホールの計5公演で約2万人を動員。
2004年
1月から新作のレコーディングを開始。9月24日には北京、26日に上海で初の中国公演を開催。その後日本公演を東京・代々木国立競技場にて追加を含む計5公演を敢行。合計5万5千枚のチケットが即日完売。
2005年
約5年ぶりの新作『ネヴァー・ゴーン』をリリース。日本で60万枚、アメリカでもミリオンセラーとなり、あらためて、その衰えない人気の高さを証明。
2006年
1月に3度目の来日公演を敢行。東京ドーム2公演、大阪ドーム1公演、名古屋レインボーホール(現ガイシホール)1公演すべてがソールドアウト。6月にケヴィン脱退を正式に発表するも友好的な関係を維持し、4人となった新生バックストリート・ボーイズとして新作のレコーディングを開始。
2007年
10月、結成15周年を迎え、4人となった新生バックストリート・ボーイズとしての第1作『アンブレイカブル』を発表。11/15付オリコン週間総合アルバムランキングにおいて、バックス史上『グレイテスト・ヒッツ-チャプター・ワン』以来2作目、オリジナル作品としては初となる初登場1位を獲得。同チャートにおいては翌11/12付においても2週連続で、洋楽ランキングにおいては4週連続1位、さらに、10月発売ながら年間アルバム洋楽セールス・ランキングにおいても4位に食い込むヒットとなった。
2008年
2月に東京ドームにて通算4度目の来日公演を行い、ワールド・ツアーをスタート。5月にはロンドンO2アリーナ公演を含むUK/ヨーロッパ・ツアーを行い再び世界中を熱狂の渦に。また、同ツアー中から新作のレコーディングを開始。
2009年
8月、通算7作目のオリジナル作『ディス・イズ・アス』の発売を発表。それに先駆け、1stシングル「ストレート・スルー・マイ・ハート」が、【8/26付レコチョク着うた週間洋楽ランキング】【9/2付USEN総合洋楽チャート】【9/16付レコチョク着うたフル週間洋楽ランキング】【9/21付オリコン・シングルランキング(洋楽部門)】【9月度月間ラジオ総合チャート(プランテック調べ)のすべてで1位を獲得。また、同【8/26付レコチョク着うた週間総合ランキング】では洋楽史上最高の初登場チャート新記録となる3位に食い込むなど日本でも大ヒット。
9月30日に日本先行でリリースした『ディス・イズ・アス』も、【10/12付オリコン週間アルバムランキング】において総合2位/洋楽では2作連続1位に初登場後、洋楽チャートでは4週連続1位を独占し、年間外国人オリジナル・アルバムNo.1を獲得するヒットに。また、オリコン・リサーチによる「20代~40代女性が選んだ“今最も会いたい洋楽男性アーティスト”」1位にも輝いた。同9月にはプロモーション来日も果たし、大型TV番組への出演や、ラゾーナ川崎で行ったイベントには同会場史上最多(当時)となる14,000人が殺到。また、『ディス・イズ・アス』からのセカンド・シングル「ビガー」のビデオ撮影を、デビュー以来初めて東京(浅草・秋葉原・新宿・六本木・原宿)で行った。
10/30からは新作を引っ提げてのワールド・ツアーをヨーロッパからスタート。ロンドン/O2アリーナ公演など12/17まで計30公演/約40万人を動員。
2010年
2月に行った計10公演のジャパン・ツアーは各地ソールドアウトとなり、約10万人を動員。
その後もアジア/オーストラリアやUSツアーと並行しながら約8年振りのソロ・アルバムを制作。
2011年
2月、2ndソロ・アルバム発売