ナターシャ・トーマス
 またひとり北欧から世界に向けて、新しい才能が翼をしなやかなに広げて羽ばたき始めた。デンマーク出身のナターシャ・トーマス、18歳だ。モデル経験のある177センチのスレンダーなスタイルに、透き通るような白い肌。北欧の女性にイメージする魅力をひとり占めしているような美少女である。

 北欧からは英米に比べ、人数こそ多くないが、伝統的に優れたポップ・シンガーが輩出されている。その背景には若い才能を取り巻く環境が大いに関係していると思う。もちろん北欧とひと口で言っても、各国によって事情は異なるが、学校での徹底した英語教育があり、そのうえ公立学校でパフォーミング・アーツを学べるところも多い。幼い頃から「歌こそが天職」と信じてきたナターシャも、学校内のミュージック・スクールで歌を学び、ソングライティングも、12歳で始めた時から英語で歌詞を書いてきた。

「12歳になって多少は英語がわかるようになってきたから、曲を書き始めたの。デンマーク語では曲を書く気持ちにはなれなかった。英語の響きが好きなのよ。それにあの頃から英語で書けば、世界中でリリースできると信じていたから(笑)」

 ナターシャにとってソングライティングは、憧れの存在だったクリスティーナ・アギレラやジェニファー・ロペスのような世界的なシンガーになる、という夢を膨らませる時間であるのと同時に、傷ついた心を癒す作業にもなっていった。子供の頃から「バービー人形で遊ぶよりは、ガールズ・バンドのヴォーカリストとなることを夢見ていた」というナターシャは、変わっている女のコとして同級生のひどいイジメにあっていた時期があったからだ。

「名前を出さずにメタファーを使って、曲を書くことが出来るじゃない。それが好きだし、出来た曲を読むことで、自分の置かれている状況を客観的に見ることが出来る。当時は辛かったけれど、でも、あの経験があったからこそ、音楽をとおして人に何かを伝えたいという気持ちが育っていったわけだから…」



 デビューのチャンスは、エイス・オブ・ベイスの成功で知られるMEGAレコードの社長の目に留まったことから拓かれた。その後、デモテープが認められて、ドイツのソニー・ミュージックと契約。2003年春にカーリー・サイモンの『ホワイ』のリメイクでデビューとなった。その時ナターシャはまだ16歳。夢にまで見た初めてのレコーディングは、刺激に満ちたものだった。

「アルバムの方向性などは、すでにレーベル側が決めていたの。そのなかで私は、自分が納得するまでレコーディングを繰り返すなど、ヴォーカル面で全精力を注いでいったわ。全てが初めての経験だったけれど、スタジオに入っている間に私は、自分がどんなアーティストになっていきたいと思っているのか。それを改めて認識させられることになったし、もっともっとソングライティングのスキルを磨き、次の作品ではもっとクリエイティヴ面に関わりたいとも思ったわ」

 アルバムは、ドイツのヒット・メーカー、アレックス・クリスチャンセンと、デンマーク時代からの知り合いWCAの2組がプロデュース。“夏”がひとつのキーワードとなり、そこからレゲエ調の曲が自然と多くなっていった。レコーディングにはカリブ出身のシュガー・ダディがゲスト参加。アルバムのオープニングには波の音が流れる。



 ヨーロッパの中でもドイツには他国とは異なる音楽のマーケットが存在している。バックストリート・ボーイズも、イン・シンクもそうだったが、ボーイ・バンドの世界戦略は、ドイツでの成功を足掛かりに行っていくことは有名だ。ポップ・ソングに関しては、とことんキャッチーなものが好まれる。それは、ナターシャのアルバムを聴いていただければ、おわかりになるだろう。北欧のポップ・アルバムとも異なる。一時女の子の間で、“ダサかわいい”が流行のキーワードとなった。ちょっとダサいんだけれど、そこがまたかわいい、という感じのファッションや雑貨が人気を呼んだ。そこにはほのぼのとした親近感があったんだと思うが、それはナターシャの音楽にもどこか共通しているのではないだろうか。ダサいということではなくて、どの曲もめちゃめちゃキャッチーでベタなんだけれど、そこがまた親しみやすくて、とってもキュート。そんな“ベタキュー”なクセになる曲ばかりが収められている。



 日本ではドイツより約1年半を経てようやく紹介されることになった。ここまで待った理由のひとつにラコステとのタイアップがある。ナターシャは、カジュアル・ウェアで知られるこのブランドのイメージ・キャラクターに選ばれており、2007年までキャンペーンなどでフィーチャーされる。そのラコステが新たに“touch of pink”というフレグランスを開発し、この春日本でも販売されることになった。もちろんそこでもナターシャがメイン・キャラクターを務めるが、そのタイミングでこのデビュー・アルバム『セイヴ・ユア・キッス』もリリースされるというわけだ。



 ここ数年世界的にフレグランスが大ブームだが、そこに関わっているのは女優ではなく、大半がミュージシャン。ナターシャの憧れの人、ジェニファー・ロペスも自らの香水をプロデュースし、話題となった。今では香水のキャラクターに選ばれるのはセレブの証。ラコステ側は、「大きな可能性を秘めながら、どんな色にも染まっていなくて、一緒に成長していける」ことを起用の理由として説明している。ナターシャは、まさにそのイメージどおりの18歳だが、この起用に関して“シンデレラ”と表現されることには抵抗を感じているそうだ。その理由を自分は実力で勝ちあがってきたから、とでも言うかと思ったら、「私はあんまり女の子女の子していないから、そう言われることに居心地の悪さがある」と話す。こういうところがまたかわいいし、ショウビズ界に慣れすぎていない北欧のアーティストならではだろう。ラコステ同様に、ナターシャ・トーマスに未知の可能性を感じずにはいられない。



文 : 服部のり子