フラワー、ヒッピー・ムーヴメントを背景に1965年マーティ・バリン(vo)とポール・カントナー(vo,g)を中心にサンフランシスコで結成される。’66年デビュー・アルバム「テイク・オフ」を発表。直後看板ボーカリストとなるグレース・スリックを向かえ全盛時代のスタートとなる。彼女の歌う「あなただけを」は全米5位、「ホワイト・ラビット」は全米8位になり収録アルバム『シュールリアリスティック・ピロー』は全米3位となった。その後も精力的にアムバムの発売、ライヴを続け‘69年夏ウッドストック・フェスへ出演、伝説のステージを展開した。頂点を極めた彼らだったがメンバー間の音楽的志向の対立が表面化していく。ジャック・キャサディとヨーマ・カウコネンはブルース色の強い『ホット・ツナ』 を結成し平行活動をする。発足当初からリーダー的存在であったマーティ・バリンが脱退。残りのメンバーで2枚のアルバムを出すが、ついにキャサディとカウコネンも脱退した。’74年ポール・カントナーとグレース・スリックは他のメンバーを一新しグループ名を”ジェファーソン・スターシップ”と改名し再スタートをはかり、シングル・アルバムとも次々と大ヒットを放った。しかしオリジナル・メンバーであったポール・カントナーの脱退をきっかけに’85年にはスリックと途中から参加したミッキー・トーマスを中心に”スターシップ“として活動する。「シスコはロック・シティ」「セーラ」「愛はとまらない」は全米No.1に輝いた。