河村尚子、4年ぶりの新録音、「ショパン:24の前奏曲&幻想ポロネーズ」、4/25発売!
河 村 尚 子
ショパン:24の前奏曲 &幻想ポロネーズ
Cover Photo:Marco Borggreve
■品番 SICC19009 ■発売日: 2018年4月25日 ■ハイブリッドディスク:¥3,000+税
■DSDレコーディング/SACD層は2ch ■レーベル: RCA Red Seal ■発売元: (株)ソニー・ミュージックレーベルズ
◎収録曲
ショパン
1 幻想ポロネーズ 変イ長調 作品61
2 幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66
3 前奏曲 嬰ハ短調 作品45
3つのマズルカ 作品59
4 マズルカ イ短調 作品59の1
5 マズルカ 変イ長調 作品59の2
6 マズルカ 嬰ヘ短調 作品59の3
7 フーガ イ短調KK.IVc/2
24の前奏曲 作品28
8 第1番 ハ長調 9 第2番 イ短調 10 第3番 ト長調 11 第4番 ホ短調 12 第5番 ニ長調
13 第6番 ロ短調 14 第7番 イ長調 15 第8番 嬰ヘ短調 16 第9番 ホ長調 17 第10番 嬰ハ短調
18 第11番 ロ長調 19 第12番 嬰ト短調 20 第13番 嬰ヘ長調 21 第14番 変ホ短調 22 第15番 変ニ長調「雨だれ」
23 第16番 変ロ短調 24 第17番 変イ長調 25 第18番 ヘ短調 26 第19番 変ホ長調 27 第20番 ハ短調
28 第21番 変ロ長調 29 第22番 ト短調 30 第23番 ヘ長調 31 第24番 ニ短調
河村尚子(ピアノ/ベーゼンドルファー・インペリアル)
[録音]2017年9月25日~27日、ベルリン、イエス・キリスト教会/DSDレコーディング
[レコーディング・プロデューサー]フィリップ・ネーデル(b-sharpベルリン)
[レコーディング・エンジニア]マルティン・キストナー(b-sharpベルリン)
[ピアノ調律]ゲルト・フィンケンシュタイン
◎河村尚子、4年ぶりの新録音
河村尚子にとってRCAでの5枚目のソロ・アルバムであり、2014年のラフマニノフ以来、4年ぶりとなる新録音は、ショパンの最高傑作かつ最高の音楽的難度を誇る「24の前奏曲」と「幻想ポロネーズ」を中心としたショパンのファンタジーの飛翔を刻み込んだ作品でアルバムを構成しています。
◎河村のトレードマーク、ショパンへの回帰
2009年のRCAデビュー盤「夜想(ノットゥルノ)」以来、河村のトレードマークとなっているショパン作品への久々の回帰であり、「演奏会で何度も取り上げ、これらの作品の解釈が熟してきている今、どうしても録音として残しておきたい」という河村の決意と熱が結集した充実のアルバムです。
◎個性的な視座で捉えたショパン
2014年11月~2016年11月にかけて水戸芸術館で開催された「ショパン・プロジェクト」)で、ショパン作品を新たな視座で捉えなおした河村ならではの着眼点の面白さ満載で、次のステップへ音楽をますます深化させている河村尚子の最前線を伝えるアルバムといえるでしょう。
河村尚子、ショパンについて大いに語る
~2017年9月、ベルリン、イエス・キリスト教会でのセッションにて
――これまでショパンの作品をよく取り上げられてこられていますね。レコーディング面でも2009年のRCAへのデビュー盤「夜想(ノットゥルノ)」もショパンでしたし、2011年のピアノ・ソナタ第3番、2013年のバラード全曲など、ショパンの作品が目立っていて、河村さんのトレードマークとなっている感もあります。水戸ではシリーズを組んで多角的な視点からショパン作品を取り上げられましたね。それほどまでに河村さんが愛奏しておられるショパンという作曲家の魅力は何でしょうか。
河村尚子(以下HK) 私はポーランド出身の先生に学び、その後やはりショパンが得意なロシア人の先生からも教わりました。ですからショパンの作品はたくさん弾いてきました。 ショパンの作品を初めて弾いたのは8歳か9歳くらいで、ワルツでした。実はあまり好きにはなれなかったんです。ショパンの作品では、左手の簡単な伴奏をとっても、1回目はこうであっても2回目は全く違う和音で弾かないといけないことがよくあります。それを憶えるのがつらくて、いつもさぼっていたんですが、先生にちゃんと練習しなければだめよと言われ、それでようやく練習するようになりました。
ショパンの音楽の本当の魅力を教わったのはポーランド出身のバートル・シュライバー先生からです。先生とは一緒にポーランドに行き、コンクールに参加しました。先生はショパンの音楽を愛していたので、私にそれらの音楽を教えることにも大きな意味があったのでしょう。 ショパンの音楽の素晴らしさは、旋律の美しさはもちろんのこと、ヴァリエーションを付けて変容していく和声の魅力だと思うのです。この絶えず変化する和声を、美しく、甘く、そして時に寂しくもある旋律とマッチさせ、ミックスさせて、展開させていくところがショパンの音楽の神髄です。そしてショパンが円熟するにつれ、彼の音楽の和声はどんどん豊かに、複雑になっていきます。
ショパンは元来病弱でしたし、彼が生きたのは政治的にも不安定な時代でしたから、決して今の私たちのようには順風満帆の人生ではありませんでした。故国ポーランドは消滅し、ショパンは20歳で国を出ました。そうした辛い経験が、ショパンの音楽の豊かで複雑な美しさとなって結実しているのだと思います。
――「24の前奏曲」は、それぞれ一つ一つが非常に個性的な24曲のミニアチュアが一つに集められた大作で、ショパンの全作品の中でも最も独創的な作品ですね。ショパンはどうやって一つにまとめているのでしょうか。この曲を演奏される上で留意されておられる点を挙げていただけますか。
HK さまざまな形式で書かれているこれら24曲を一つにまとめるのは至難の業なんですが、私はこの「24の前奏曲」を日記だと思っています。ショパン自身がその日その日に感じ、考えたこと、その日起こった出来事、目にしたことを音符として表現しているのです。 また大きな存在としての自然も感じます。自然の大きな力が作用し、突然地震が起こったのかと思わせるような曲があれば、太陽が大嵐の後に現れるかのような穏やかな情景を描いたりしています。そしてその穏やかさが同じ曲の中でいつの間にか不気味な雰囲気に変わったり。 ショパンは強弱、速度感など曲ごとのコントラストを巧みにつけています。また一方で若々しい情熱も感じます。第1番はまさにそうした若さの爆発ですね。そしてショパンの孤独さを音にしたかのような曲もあります。私はこの「24の前奏曲」をそうした日記の集まりだと感じます。ちょうどショパンが日記を朗読するかのように24曲をまとめているようなイメージですね。
――今回は「いまどうしても録音しておきたい」という強い思いがおありになったと聞いています。その思いはどういうきっかけて強くなってきたものですか。
HK 私はドイツに住んでいますが、日々の社会的あるいは政治的な出来事―――これまでになかったようなタイプのテロも含めてーーーに身近に接していると、テレビで見ているだけなら遠くの出来事のように感じるんですが、ドイツ国内で起こったことだったり、あるいは自分が以前住んだり、訪れたことがある街でそうした事件が起こったり場合、いつか自分の身にもそうしたことが起こるのではないだろうか、と強く感じるようになりました。 またそうした事件で誰かが亡くなると、人の一生は無限ではない、時間が限られているからこそ尊いものがあるんだ、という思いが強くなりました。ある日、私は永遠にピアノを弾き続けることができるわけじゃないんだな、という思いが自分の頭をよぎりました。「今自分が残しておけるものは何だろうか」、「自分が大好きなショパン、自分をここまで成長させてくれたショパンの作品で今演奏できるものは何だろう」と考えた時、「24の前奏曲」、「幻想ポロネーズ」や作品59のマズルカを今レコーディングしておきたい、と強く感じたのです。これらの作品を演奏し、録音して、みなさんにお聴きいただき、喜んでいただきければそれ以上の幸せはありません。
――24の前奏曲の中で、特に際立っているものを教えてください。
HK 24曲のすべてが個性的な輝きを持った小品です。数小節の曲から5~6分かかる比較的大きな曲までさまざまなです。昔から憧れていたのは、第3番ト長調。風が通り過ぎるような、ものすごく楽しくて、自分の身体が軽くて動き回るのが好きで好きで仕方がない、というようなイメージがありますね。 また第17番変イ長調には個人的に深い思い入れがあります。18歳の時ですからずいぶん前のことですが、音大に進む前に、恩師のクライネフ先生のもとでこの曲を学んだのです。シンプルな旋律を美しい和声が彩っていきます。最後のページでベースの変イの音が教会の大きな鐘のように11回鳴る個所が大好きで、今回のレコーディングで使ったベーゼンドルファー・インペリアルはベースの音がふくよかに、長く伸びる楽器なので、レコーディング中はとても楽しかったですね。 第14番変ホ短調から第15番変ニ長調の移り変わりは絶妙です。自然の脅威とでもいうか、凄まじい嵐のような第14番の後に、「雨だれ」の第15番が来て、太陽の暖かみを感じさせてくれるのです。
――このアルバムのもう一つの大曲、「幻想ポロネーズ」ですが、「幻想=ファンタジー」というイメージと、「ポロネーズ」という舞曲とは、何か相容れないような感じがするのですが、この二つの要素をショパンはこの作品でどのように融合しているのでしょうか。
HK ショパンは「幻想ポロネーズ」のほかに、「幻想=ファンタジー」と名付けた作品をいくつか書いています。「幻想曲」、「幻想即興曲」、あるいは「ポーランドの主題による幻想曲」などです。彼は「幻想」という言葉の喚起するイメージが好きだったのでしょう。 そうした「幻想」的なイメージと、ポーランドの伝統的な舞曲である「ポロネーズ」という2つの異なるキャラクターの音楽を組み合わせるのは不可能であるように思えますが、ショパンはそれを巧みに成し遂げているのです。 冒頭は、故国を失ったショパンの思いが反映した幻想的な雰囲気で。それをどんどん展開させていき、いきなりラッパのようにポロネーズのリズムが乱入し、テーマが提示されます。ポロネーズの要素はゆっくりと、しかもこっそりと使われ、やがて大きく盛り上がります。ポロネーズはその後も続きますが、突然コラールに切り替わります。それはやがて絶望的な気分へと落ち込んでいきます。ショパンの晩年のー―まだ30代後半ですけれどーー、故郷にはもう二度と戻れないという望郷の思いを反映しているかのようです。そして、最後の力を振り絞るかのように、このコラールをポロネーズと組み合わせ、ポーランドに対する愛国心を強く感じさせるような、エネルギッシュかつヒロイックなクライマックスを築き上げています。
――「幻想」つながりでもう1曲、「幻想即興曲」はショパンの作品中最も有名な曲ですね。どういうところに聴く人は魅力を感じると思われますか?
HK 最初に耳を惹くのがたくさんの細かな音符が集まって旋律が形作られる様子です。そして中間部の甘いカンタービレの旋律。そのコントラストが聴く人を惹き付けるのではないでしょうか。人を興奮させるような激しく細かい、粒立った音たちの後に来るのが、やわらぎを求めるような優しい旋律が心を掴むのでしょう。
――今回の録音はベルリンのイエス・キリスト教会で行なわれました。2009年以来専らここで録音されてきておられます。カラヤンがベルリン・フィルと1970年代前半まで好んで録音に使っていた場所ですが、ここの録音会場の特徴を教えてください。
HK ステンドグラスがものすごく美しいんです。青、赤、白、緑、いろんな色が混ざっています。レコーディング中も天候の変化に合わせて、ステンドグラスの色合いも変化し、内部で演奏している私の気分も変わってくるのです。木質の響き、教会ではあるのですが、残響が多すぎず、ちょうどいい感覚。これを味わうと、次もまたここでレコーディングしたいと思いますね。この教会があるダーレム地区は、ベルリンの中でも閑静な場所で、大学があり、落ち着いて音楽に集中できるのが個々の長所ですーー時折り、飛行機が飛んで中断することはありますけどね。 セッションでは2009年からレコーディングやコンサートでずっとお世話になっているプロデューサーのフィリップ・ネーデル、調律のゲルト・フィンケンシュタインという馴染みの方々と音楽や演奏についてあれこれ議論を重ねながら、いろいろなことを試してみることができます。そこから音楽が生み出される過程を楽しんでいます。このレコーディングは彼らとの共同作業ですね。
――今回はベーゼンドルファー・インペリアルを使用されておられますね。普段弾いておられるのはスタインウェイだと思いますが、今回はなぜこの楽器を選ばれたのですか?
HK ベーゼンドルファー・インペリアルを弾くのは今回が初めてです。調律のゲルト・フィンケンシュタインが所有するさまざまなメーカーの5台のピアノの中からこの楽器を選びました。今回のレパートリーにピッタリだと感じました。力強く、しかも繊細で、とろけるチーズのように、ゴムのように、音が伸びてくれるのです。それからふくよかな和声を作りやすい。ベースが、何と言ったらよいか、オルガンのようで、しかも一つの楽器で弾いているようには聴こえないのです。オーボエやファゴトなど、オーケストラのさまざまなパートが弾いているかのような多彩な音色を出してくれます。この楽器に出会って大変うれしいです。
――今回は2014年のラフマニノフ以来、3年ぶりのレコーディングとなりますね。その間に娘さんが生まれ、お住まいもバンベルクへ移られたりと、プライベートな面でも大きな変化がありました。音楽の取り組み方で、以前と変わってよかったな、と意識されておられることは何でしょうか。
HK 穏やかさの大切さを知りましたね。娘が生まれる前も私は決してアクティブな人間ではなかったですが、バンベルクという人口わずか7万の小さな街(私たちの住んでいる場所から中心まで自転車でわずか10分です)に暮らしていると、日々の暮らしの穏やかさのすばらしさをより一層感じるようになりました。 娘を生んでから、自分だけのための時間がずいぶん少なくなりました。レコーディングでは自分だけの時間を作ることができるわけで、今回はそのありがたみを心ゆくまで満喫できました。焦らないで自分のペースで弾くことができたのです。今回のレコーディングの組み立てを考えた時、昔とは違って、難しい曲からではなく、優しい曲から初めて、レコーディング中、肉体のコンディションをうまくキープしようと思いました。身体の調子がよければ、心も軽やかになりますからね!