ユージン・オーマンディ
ユージン・オーマンディ(1899-1985) Eugene Ormandy

1899年、ハンガリーのブダペスト生まれ。5歳でブダペスト音楽院に入学。ヴァイオリンを学び、2年後には公開の演奏会に出演するなど、神童ぶりを発揮。さらに9歳より名匠フーバイのもとで研鑚を重ねた。1921年、アメリカに渡り、ニューヨークのキャピタル劇場のコンサートマスターに就任。24年には急病で倒れた指揮者の代役としてデビュー。1927年、アメリカの市民権を獲得。1931年にはトスカニーニの代役としてフィラデルフィア管弦楽団に登場、成功を収め、同年より1936年までミネアポリス交響楽団の常任指揮者をつとめた。1936年、ストコフスキーのもとでフィラデルフィア管弦楽団の共同指揮者に就任、その2年後にはストコフスキーの退任にともなって音楽監督に昇格、1980年にリッカルド・ムーティにその地位を譲るまでこオーケストラの第2の黄金期を築き上げた。レパートリーは幅広く、同時代・現代音楽への取り組みも積極的だった。レコーディングもミネアポリス時代から多く、RCAにはそのミネアポリス~フィラデルフィアのSP時代と、1968年にCBSから移籍してから1980年にかけての最円熟期の名盤が残されている。1967年5月、1972年5月、1978年6月、1981年5月の4回来日。1985年3月12日、フィラデルフィアで死去。享年85歳。