日本初公開!「スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ」詳細レポート

2018.07.13


  
 こう書きだすと驚かれるかもしれないが、いやあ笑った、笑った。自嘲的なユーモアがコメディアンのような見事なタイミングで繰り出されるところに。そして、それ以上に泣いた、泣いた。幼い日々の回想や両親やバンド仲間との愛情あふれる逸話の数々の語りに何度も目頭をぬぐうことにもなったのだ。ブルース・スプリングスティーンが昨年10月からブロードウェイのウォルター・カー劇場で上演している「スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ」はそんな心を揺さぶられる感動的体験なのである。

 それは予想とはまったく異なるものだった。昨年ブルースが客席960席というブロードウェイの劇場で連続公演を行うと発表されたとき、僕が(そしてたぶんほとんどの人びとが)考えたのは、16年の自伝「ボーン・トゥ・ラン」からの朗読を挟み込んだソロ・アコースティック・コンサートといったものだったはず。だが、実際に目にしたものは、コンサートでもブロードウェイ・ショウでもひとり芝居でもない、それらを統合したブルース・スプリングスティーンにしかできないと思わせる特別なパフォーマンスだった。

 同じ部屋にいる彼が思い出話を分かち合うような親密な雰囲気を保ちながらも、本人がきっちり書いた脚本が存在し、パフォーマンスはそれに沿っての進行という綿密に構成された作品である。演出も本人が担当とクレジットされている。とはいっても、決して台本通りと感じさせない自然な流れがあるし、歌と演奏はアコースティック・ギターまたはピアノの弾き語りであっても、さすがにそのダイナミックさは圧倒的。魔法にかけられたような2時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。

 客席を埋めたお客さんたちはみんなその座席にたどり着くまで大変な苦労をしたはずだ。昨年から今年にかけてのブロードウェイで一番入手がむずかしいチケットとなったからだ。僕が最後にブルースを観たのは2年前の「ザ・リバー・ツアー2016」での地元ニュージャージー州のメットライフ・スタジアム公演だった。5万人収容の巨大スタジアムを満杯にして3回連続公演を行ったアーティストが、週5日もやるにせよ、席数1000人に満たない劇場に出演する。計算するまでもないだろう。チケット代金はブロードウェイ基準の非常に高価なものだったが、最初からチケット入手の難しさは自明のことだった。僕も最初に発表された年内の公演に関してはまったくお手上げで、高い人気ゆえ6月末まで上演が延長されたときに、やっと何とか3月の公演のチケットを買うことができたのだ(その後、12月15日までの再延長が発表された)。

[注:これ以降の文章はショウの内容のネタバレになります。チケット入手の難しさゆえ、日本から観に行く方は非常に少ないと思いますが、幸運にもこれから観られるという方は観劇後に読んでください]



 場内に入ってみると、舞台のセットはとてもシンプルだ。上手にピアノが置かれ、中央にマイク・スタンドが立っている。背景は暗い色のれんが壁で、機材ケースやケーブル、ラジエイターなどが置かれ、コンサートの舞台袖や背景幕の裏側といった雰囲気を作り出している。舞台を降りたロック・スターが素顔を見せるといった設定なのか。登場するブルース本人もTシャツ、ジーンズ、ブーツを黒で統一した普段着姿が舞台衣装だ。あくまでそこにいるのはスターではなく、ブルース・スプリングスティーンという人間であり、歌と語りが主役ということなのだろう。

 そのショウは主に自伝で紹介された回想や逸話に幾らか手を入れたモノローグに、それぞれの主題にふさわしい15曲を組み合わせた内容となっていた。もちろん誰もが知る代表曲が幾つも登場するけれども、ヒット曲だけを集めた選曲ではない。

 幕開けは、自伝の前書き「ロックンロールのサヴァイヴァル・キット」と題された文章から編集された語りで始まる。「俺はボードウォークの町の出だ、そこでは何もかもほとんどがちょっぴりのいんちきで染まっている」。「俺もそうだ」と。そんな男は「帽子から、空気から、この世界から何かをとりだしてみせるのを待っている」ファンのために幻想を呼び起こす方法を知っている。このショウは彼がどのようにその「魔法」を身に付けたかを教えてくれるものでもあるのだろう。



 1曲目は誰もが予想した通り。デビュー・アルバムからの〈成長するってこと〉のイントロが弾き始められる。幕開けにこれ以上ふさわしい曲はない。その途中でさっそく語りが挟まるが、ブルースは早くも労働者階級の英雄という神話を自ら否定する。マイクから離れ、舞台の前に進んで告白するのだ。「俺はまともな職に一度も就いたことはない。つらい肉体労働をしたことないし、9時から5時までなんて毎日決まった時間に働いたことはない・・・今までは!」。観客は笑って喝采だ。そして絶妙のタイミングで付け加える。「でも、やっぱり好きじゃない!」。客席は再び大爆笑だ。「俺はものすごく、ばかげたほど大成功を収めたわけだ。自分がまったくもって何の個人的体験のないことを歌って!」。

 そんな半ばジョーク、半ば素直な告白で笑いをとってから、ニュージャージー州のフリーホールドの「カトリック教会に抱かれたような場所」で育った少年時代の回想が始まる。「教会、学校、宿題、(夕食の)サヤエンドウ」の繰り返しだった「生命のないブラックホール」の日々にエルヴィス・プレズリーとロックンロールが明かりをもたらしたのだ。家庭が貧しかったので買うのではなく、借りてきたギターを手にするもうまく弾けずに2週間ですごすご返すはめになった話はファンなら既によく知っている。それでも彼の語りにわくわくさせられてしまう。それはブルースの語りが幼い自分の感じた興奮をうまく再現するせいでもあるし、詳細は異なってもロックンロールとの出会いは本質的に僕ら自身の物語でもあるからだろう。

 次いでピアノに移って、メランコリックなフレーズを繰り返し弾きながら、フリーホールドでの生家で暮らした日々が語られる。このパートは特別賞を授与された今年のトニー賞の授賞式で再現されたので、TV中継やネット上のヴィデオで観た人も多いはず。とにかく雨の匂いやコーヒーの香りまで漂ってくるような鮮やかな情景描写が素晴らしく見事で、僕ら観客はすっかり魅了されてしまった。この語りがいつのまにか〈マイ・ホームタウン〉につながるときまでには、誰もが「スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ」の世界に引き込まれていたはずだ。



 そして、お互いにわかりあうのに苦労した複雑な関係を持ったが、自分の作品において物語を語る自分の声を探すのにあたって「親父の声と親父の仕事の作業着を借りた」という父の思い出と「ネブラスカ」からの〈マイ・ファーザーズ・ハウス〉、母の明るい人柄と半世紀ほど法律関係の事務の仕事で家庭を支えた勤勉さを誇らしげに語って、クリスマスに日本製のギターを買ってもらった思い出を歌った〈ザ・ウィッシュ〉(未発表録音集のボックス「トラックス」に収録)と両親それぞれの思い出を語るセグメントは前半のハイライトであり、彼らへの愛情に溢れ、心を強くうたれるものだ。父が入り浸っていたバーに母の命で家で帰ってきてほしいと呼びに行き、ブルース少年が足を踏み入れた酒場の店内の様子や、母親の働くオフィスを訪ねたとき、彼女のハイヒールが終業時の会社の廊下に響くところなどの細やかな描写とそれを語る調子、リズムや流れも実に巧みだ。それらは自伝の紙のページからは決して得られない。

 ショウの前半は時系列に話が進み、ブルースは音楽の道を選び、フリーホールドを離れてアズベリーパークへ移る。夜に友人たちと荷物を積んで引っ越そうとして警察に注意された逸話が披露されるが、若さの素晴らしさは無限の可能性を持つことで、歳をとった今、そんな日々が懐かしいと振り返る。「若いときに街を去る気分に匹敵するものはない」という言葉のあとに歌われるのは、もちろん〈サンダー・ロード〉だ。

 だが、アズベリーパークを拠点に地元でバンド経験を積み、ジャージー沿岸地方でちょっとは知られたミュージシャンになっても、そこから飛躍するチャンスはまったくやってこない。当時ニュージャージーくんだりまで才能を探しにやってくる音楽業界人なんていなかったからだ。「ジャージーがどうした、ジャージーがこうしたなんて話題にするやつは誰もいなかった。ニュージャージーが最高だって? それは俺が作り出したんだぞ!」とのセリフに観客はまたもや大喝采だ。そして、当時の恋人のつてでブルースたちの演奏を観に来たある業界人にその彼女を寝取られた話まで披露される。


 そんな彼のバンドはなんとか出演の機会を得て、国を横断して西海岸へ向かうことになる。ここでブルースがまたもや自分の神話を否定する。バンドが車2台連ねての旅の途中、もう1台とはぐれてしまい、大晦日のライヴに間に合わせるためにブルースも休憩なし昼夜問わずの運転の交替を務めなくちゃならなかったのだが、大問題があった。「第一に俺は免許を持っていなかった。第二に俺は運転について何ひとつ知らなかった! のちに〈レイシング・イン・ザ・ストリート〉を書く男は21歳まで車を運転したことが一度もなかったんだ!」。

 その大陸横断の車の旅は、小さな町に生まれ育った男に初めてアメリカという国の広大さと美しさと多様さを教えることになった。〈プロミスト・ランド〉は毎回コンサートのセットリストの骨格となる彼の重要曲だが、ここではそんなアメリカ発見の歌として歌われるのだ。

 アメリカという国の美しさへの覚醒は同時にその国の国民への約束とそれを必ずしも実現できない現実への覚醒ともなり、70年代後半以降の作品に反映していく。このショウは休憩なしの2時間通しての上演だが、ここまでが一部の2部構成と分けて考えてもいいだろう。一部がブルース個人の少年から大人への成長を自伝の章を重ねるように辿ったのに対し、二部は必ずしも時系列通りではなくなり、個人的な物語からアメリカの物語へとズームアウトして、人生の進展が周りの社会との関係を絡めて語られる。彼がここで選んだ物語は、スーパースターへの道のりという出世伝ではなく、自分をとりまく世界との係わりである。「クソな田舎」から出て行って、広い世界で様々な人に出会い、それまで知らなかったことを目にして、アメリカの希望と約束の一方、その失敗と失望やそれに対する異議申し立てを知ったからだ。



 まずは映画にもなった「7月4日に生まれて」の著者のベトナム帰還兵ロン・コヴィック氏との出会いがあった。彼を通じての帰還兵たちとの交流から、地元の親しかったバンド仲間も含む同世代の戦死者について想いを馳せ、徴兵をなんとか逃れた自分の代わりに誰が戦地に向かったのかと考え込む。そして、そこから生まれ、自分の代名詞的な曲になりながらも、同時に単純な愛国歌と大きな誤解も生んだ曲〈ボーン・イン・ザ・USA〉を「これはプロテスト・ソングで、GI(兵士)のブルーズだ」と紹介して歌う。強いビートに乗せて拳を突き挙げて苦々しく歌うヒット版ではなく、12弦アコースティックをスライドで弾いて、帰還兵の苦悩を呻くよう歌うブルージーなヴァージョンである。

 あくまで人間ブルースに焦点があてられたショウは、デビュー後の音楽活動を詳しく追いかけはしないが、ここでEストリートの仲間たちについて、ロック・バンドの魔法について語られる。そこでは普通の数学は通用しない。「愛と芸術、ロックンロールにおける本質的な方程式では・・・1+1=3になるときがある」 のだ。そして歌いだされるのは、もちろんEストリート・バンドの誕生物語でもある〈凍てついた十番街〉だ。

 当然予想された通り、この曲の途中で故クラレンス・クレモンズへの追悼が入る。「ビッグ・マンを失うのは、雨を失うようなものだ」と。彼らの友情が表現した物語は「スクーターとビッグ・マンが街をまっぷたつにしてしまっただけでなく、その街を作り直してしまった。(白人と黒人の)僕らの友情がそれほど例外的ではない類の場所を作ったんだ」という語りは、彼への感動的な弔辞からの引用である。ショウがどのような内容であるにせよ、彼への追悼の場面があるだろうと観る前からわかっていたのだが、それでもなおここで涙が大量に湧き出てきたのは僕だけではなく、観客の大半がそうだったはずだ。歌を再開し、「変化が訪れた。ビッグ・マンがバンドに加わったとき」の行を歌ったあとに演奏を止めると、客席から故人に向けての割れんばかりの喝采が長く長く続いた。

 

このワンマン・ショウには唯一の共演者がいる。Eストリート・バンドの一員であり、妻のパティ・スキャルファがここで登場し、〈タファー・ザン・ザ・レスト〉と〈ブリリアント・ディスガイズ〉をデュエットする。どちらも最初の夫人ジュリアンとの関係の軋轢から生まれたアルバム「トンネル・オブ・ラヴ」からの曲だ。それを30年近く連れ添う関係だからこその親密さで妻とハモると、そこにはまた異なった意味が加わるのだ。

 また、そのデュエット以上にブルースにとってのパティの存在がよくわかる興味深い瞬間もあった。初めて出会ったクラブで、彼女が舞台に立ってガール・グループ、エキサイターズのヒット〈テル・ヒム〉を歌ったという逸話だ。彼が初めて耳にした将来の妻の発する言葉が、その冒頭の歌詞「あたしは愛についてならちょっとは知っているわよ」だったという。それを聴いたときの反応の回想はとても興味深いものだった。

 ショウが終盤に入ると、もっと社会のことを考えるモードに入り、政治社会問題に係わることが増えた00年代以降の曲が登場する。トランプ大統領の名前こそ具体的に口にしなかったが、ブルースは昨年から今年にかけてのアメリカ社会への状況への懸念を語った。昨年8月にヴァージニア州シャーロットヴィルで白人至上主義者が集会を行い、それに抗議する人びとの中に死人が出た事件(そしてトランプは白人至上主義者、ネオナチたちを明確に非難せず、強い批判を浴びた)にも触れた。「今俺たちはたいまつをかざして行進し、過去からのもっと不和を起こす醜い亡霊を呼び起こそうとする連中に対処している」と。だが、彼は楽観的な希望も伝えようと、オバマ大統領も好んだマ―ティン・ルーサー・キング牧師の言葉を引用した。「キング牧師は言った、”モラルの領域の弧は長いが、正義に向かって曲がっていく”(「歴史は正義の方に向かう」の意)。それは真実だと思う。今僕らが目にしているものは、この国家の魂を求めて続く闘いの悪いひとつの章を通過しているだけと望みたい」と。


 そして、ブルースは〈ロング・ウォーク・ホーム〉と〈ザ・ライジング〉を続けて歌う。どちらも9・11以降のブッシュ大統領の時代に書かれたものだが、特に民主主義のヴィジョンを歌った前者の主題はトランプ政権下のアメリカが建国の理念から逸れていく懸念をを多くの人が持つ現状にも強く響くものだった。

 「物事が真っ暗に見えたら、ダンス用の靴の靴紐を締めるんだ」と言っての〈ダンシング・イン・ザ・ダーク〉が雰囲気を再び明るくして、そのまま99年のEストリート・バンド再結成以降のテーマソングともなっている〈ランド・オブ・ホープ・アンド・ドリームズ〉につながり、ショウはいったん終わりを迎える。

 そして最後に、自分の使命はアメリカの物語を見つけ、それを語ることで、「それをうまくやれてきたことを願う。そして、みんなの良い旅の道連れだったことを願う」と言ったが、もちろん僕らの答えはイエス!の大きな声援だ。それから、最近フリーホールドの生家を再訪したときに少年時代の思い出の多い大きな木が切られてしまったと知ったと話し始める。それをとても残念に思ったが、しばらくそこにいて、まだその木の魂が残っているとも感じたという。そして同じように父や祖母ら家族、戦死者を含む友人たち、Eストリート・バンドのクラレンスやダニー・フェデリーシは亡くなっても、その存在は自分たちと共にずっといると話しながらも、回顧的なままで終わるのではなく、(友人だったクラッシュの故ジョー・ストラマーを引用して)「未来はまだ書かれていないんだから」と、ブルースは前を向き、〈ボーン・トゥ・ラン〉を歌って、ショウは終わった。

 彼に「魔法」をすっかりかけられた2時間だったが、その効力は今もまだ続いている。

 

18年3月20日ウォルター・カー劇場での公演(Live Photo: Rob DeMartin

文:五十嵐正

五十嵐正(いがらし・ただし)Tadd Igarashi

音楽評論家・翻訳家

 

金沢大学大学院教育学研究科音楽教育専攻修士課程修了。輸入レコード店勤務を経て、86年頃から執筆活動を開始。社会状況や歴史背景をふまえたロック評論から世界各国のフォークやワールド・ミュージックまで健筆を奮う。これまでにブルース・スプリングスティーン、トム・ウェイツ、レナード・コーエン、パティ・スミスなど多数のアーティストに取材。著書に『ジャクソン・ブラウンとカリフォルニアのシンガー・ソングライターたち』『スプリングスティーンの歌うアメリカ』『ヴォイセズ・オブ・アイルランド』など。訳書は『ディープ・ブルーズ』他。そして、監修と大半の執筆を手がけた「CROSSBEAT Special Edition トム・ウェイツ」が発売されたばかりである。

●「Springsteen On Broadway」セットリスト
1 Growin' Up
2 My Hometown
3 My Father's House
4 The Wish
5 Thunder Road
6 The Promised Land
7 Born In The U.S.A.
8 Tenth Avenue Freeze-Out
9 Tougher Than The Rest
10 Brilliant Disguise
11 Long Walk Home
12 The Rising
13 Dancing In The Dark
14 Land Of Hope And Dreams
15 Born To Run

●トニー賞での「マイ・ホームタウン」のパフォーマンス映像



 
ブルース・スプリングスティーン公式ツイッターで公開された「Springsteen On Broadway」バックステージの映像(「Springsteen On Broadway」での「Thunder Road」のライヴ音源にのせて)


●光り輝く「Springsteen On Broadway」のネオンサイン


●ウォルター・カー・シアター入口


●ウォルター・カー・シアター入口看板


●ウォルター・カー・シアター正面


●終演後のウォルター・カー・シアター


 

●終演後ブルースはここからでてきます!終演後待っていたファンの皆さんと一緒に

 


●楽屋でのスプリングスティーン


●楽屋でEストリート・バンドの盟友スティーヴ・ヴァン・ザントとともに


●観覧したヒュー・ジャックマンとともに


●観覧したクライヴ・デイヴィスとともに

 


●トニー賞特別賞受賞をお祝いしてウォルター・カー・シアターのバックステージにて


●「Springsteen On Broadway」ロゴ



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