『ボブ・ディランを追いかけて~2018.11.23 NY Beacon Thertre』 by 菅野ヘッケル

2018.11.26



ディランを追いかけて~ヘッケル


2018年USツアー

心地よい夕暮れの風に吹かれながら過ごしたフジロックでのボブ・ディラン。あれから4か月、2018年を締めくくるボブのUSツアーの終盤を見るために、ぼくはニューヨークにやってきた。もちろんビーコン・シアターでの7回公演が目当てだ。聖地でのショーに先立って、11月17日にアトランティックシティのハードロック・ホテルズ&カジノのコンサートとウォーターベリーのコンサートも見た。ハードロック・ホテル&カジノはかつてトランプ大統領が経営していたタージマハールが今年に身売りしたホテル。ウォーターベリーのパレスシアターは1975年にローリング・サンダー・レヴューの会場になったことのある由緒ある歴史的な劇場だ。


2018年のボブ

2018年のボブは3月22日から4月27日までスペイン、イタリア、ドイツなどヨーロッパで26回のコンサートをおこなった。7月27日のソウル公演で始まった夏のツアーはフジロック、台北、香港、シンガポールを経由してオーストラリア&ニュージーランドの各地を8月28日まで16回のコンサートを行った。そして10月4日から秋のUSツアーが始まった。アメリカ南部を中心に回ったあとツアーは北上し、ボブ・ディランのライヴ会場の聖地となりつつあるニューヨークのビーコン・シアター7公演を含むアメリカ北東部を周り、12月3日にフィラデルフィアで最終日を迎える42回のコンサートとなる長丁場だ。

1988年6月、ボブが47歳の時に始めたネヴァーエンディング・ツアーは31年目に突入している。毎年世界各地で100回近いコンサートをおこなってきたのだからすごいとしか言いようがない。こんなアーティストはほかにそれほど多くないだろう。77歳となったボブは今年も84回のコンサートをおこなうことになる。さまざまにバックミュージシャンを変えたり、あるいは日替わりでセットリストを変えたり、パンクロック、カントリーロック、ジャムバンドなど音楽スタイルも変化し続け、評判もいい時のボブを見たら最高、時には最悪な時さえあるとまで言われたネヴァーエンディング・ツアーだったが、近年は固定ミュージシャン、固定セットリストで、出来不出来の波はない。毎年各地ですばらしいショーを続けている。

US秋ツアー

秋のUSツアーは大きな変化で始まった。10年以上不動のバックバンドだったが、サイドギターのスチュ・キンボールがバンドを去り、現在はベースのトニー・ガーニエ(1989年~)、ギターのチャーリー・セクストン(1999年~途中抜けていた時期もあるが)、ドラムズのジョージ・リセリ(2001年~)、ペダルスティール、マンドリン、バンジョー、ヴァイオリンのドニー・ヘロン(2005年~)、この4人編成のバンドになっている。もっとも最大の変化は、ギターとハーモニカだったボブが、今ではピアノとハーモニカに変わったことだろう。

さらに秋のUSツアーではセットリストに大きな変化も起きている。近年のコンサートではシナトラに代表されるアメリカン・ソングブックの歌を多く歌っていたボブだったが、このツアーでは1曲も歌わなくなった。アメリカン・ソングブックをカヴァーし始めたころは、多くのファンが違和感を感じたものだったが、歌わなくなると寂しく思う人もいるだろう。そう、ファンはいつだって身勝手なものだ。でも、ボブはファンに媚びを売るようなことはしない。自分が歌いたい歌を、聞かせたいアレンジや新たな歌詞で歌うだけだ。それでいい。お見事。だから一度ボブのファンになってしまったら、その魅力から逃れることができなくなる。魔力に惹かれるように、何度でも見たくなるのだ。



11月23日、ビーコン・シアター

会場の入り口に空港で見かけるような本格的な金属探知ゲートが設置されている。そのために入場に時間がかかる。結果、開演がボブにしてはめずらしく10分遅れてしまった。もちろん場内は満員、ソールドアウトだ。ステージには初めて見たがカーテンが下されている。今まではスチュが抜けたのでイントロのギター演奏はない。代わりに「西部開拓史のテーマ」が流れてコンサートが始まったのだが、ビーコン初日はなんの前触れも音楽もなく、8時10分、場内の灯りが消され、カーテンが上がりコンサートが始まった。すでにボブもミュージシャンたちも持ち場についていいて、すぐにスタートというわけだ。ステージの配置は変わらない。まるでスチュに代わってだれかが加入するのかなと思わせるような配置だ。ステージに向かって左にジョージのドラム、その隣にトニーのベース、中央にチャーリーのギター、やや右寄りにボブのピアノ、そして右端にドニーのペダルスティール。照明はやや明るさを増したものの、もちろんピンスポットはない。オスカー像や胸像も飾られている。ボブもバンドも黒っぽいステージ衣装だ。もちろん帽子はかぶっていない。

オープニングは「シングス・ハヴ・チェンジド」。ボブのヴォーカルとピアノが大きく聞こえうようにミキシングされている。力強い声で明瞭に歌うボブ。確実に聴衆に伝わる。伝達力にこれほど長けたアーティストはボブ以外にほかにいない。ボブは最高の歌い手だなと再認識させられる。歌のうまさはどれだけ聞き手に伝えられるかで判断できる。アメリカン・ソングブック時代にボブは歌を伝える力にますます磨きをかけたと思う。最近のこの曲のパフォーマンスではメジャーコードで歌うブリッジ部分にやや違和感を感じていたが、今夜は感じない。ようやくぴったり合うアレンジを見つけたようだ。あまり目立たないが、この曲も少しづつ変化し続けている。続く「悲しきベイブ」や「追憶のハイウェイ61」でもおなじように思った。優しく語りかけても、激しく揺さぶっても、確実に聞き手に伝わってくる。

『モア・ブラッド、モア・トラックス』の発売直後だったので「運命のひとひねり」はさらなる感動を与えてくれる。この曲でハーモニカが初めて登場した。観客から歓声が上がる。ボブもていねいに心を込めて吹いているようだ。久しぶりにセットリストに復帰した「クライ・ア・ホワイル」はボブが得意とするヘヴィーなブルースに仕上がっている。目立ったソロを演奏するわけではないが、チャーリーのギターがずっしりと響き渡る。スチュが抜けて4人編成になっても、厚みのあるサウンドは迫力に満ちている。

2018年のハイライトの1曲となった「マスターピース」はボブのピアノ弾き語りで始まり、やがてスローだがザ・バンドのオリジナルを連想させるヘヴィーなリズムに変わっていく。歌詞もすこし変えているようだ。激しいロックの「オネスト・ウィズ・ミー」ではボブのピアノとチャーリーのギターが火花を散らすように掛け合う。「トライン・トゥ・ゲット・トゥ・ヘヴン」はかなり軽快に歌われる。『タイム・アウト・オブ・マインド』のような悲壮感は薄らいでいる。死生観に変化が生じたのだろうか。

メインセットのハイライトは「スカーレット・タウン」だ。ずっとピアノの席にとどまっていたボブは、初めてステージのセンターに移動し、マイクを斜めに持って歌った。ドニーのバンジョーをバックに神秘的な世界、不思議なストーリーを語るように歌う。果たして終末は近いのか。スカーレット・タウンは救いの理想郷なのか。観客も初めてスタンディング・オベーションで感動を伝えた。多くのアーティストがカヴァーしたこともあり、「メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ」は近年のボブの代表曲となった。陳腐な歌詞と批判する人がいてもかまうもんか。これほど説得力を込めて歌われると真実だと感じてしまう。強力なラヴソングだ。ボブのハーモニカ演奏にも熱が込められている。

「ペイ・イン・ブラッド」は毒を感じさせるオリジナルと違って、かなり軽快なリズムに乗せて歌われる。ぼくは軽快に歌われるより、怒りを込めて突き刺すように歌ってくれる方が好きだ。もちろん「わたしはまだ死んでいない」という気持ちは健在だ。今年の話題の一つ、セットリストに戻ってきた「ライク・ア・ローリング・ストーン」もオリジナルと比べると、痛烈な批判というよりも嘆きを込めて歌われる。しかもコーラス部分に入る前はかなりスローに引き伸ばして歌う。これでは観客もいっしょに歌おうとしても難しい。オリジナルが「ラ・バンバ」からインスパイヤされた曲であることはまったくわからない。初めて2018年版「ライク・ア・ローリング・ストーン」を聞いたときは、ロック史上の最高傑作と評価されるこの歌はこんな風に歌われるべきではないと思っていたが、回を重ねるにつれてよくなってきた。コーラス部分がより強調されて伝わる。「アーリー・ローマン・キング」に大きな変化はない。シンコペーションを効かせたヘヴィーなリズムに乗せて歌われる。

「くよくよするなよ」もハイライトの1曲。軽快なギターピッキングが特徴だったオリジナルと打って変わって、ピアノの弾き語りでしっとりと歌い上げる。若さと生意気さが消え、経験を積み重ねた男の親切なアドバイスのように聞こえる。すばらしい。ハーモニカもじつにいい。出色の仕上がりだ。観客の歓声も一段と盛り上がる。11月17日のアトランティックシティまではステージ中央に出てきてヴォーカルに専念していた「ラヴ・シック」だが、ニューヨークではピアノを演奏しながら歌った。さすがにチャーリーのギターとドニーのペダルスティールだけでは鋭い厚みが出せないのだろう。スチュが抜けた穴が大きく響いたと感じたのかもしれない。ぼくの好きな近年のボブの代表曲の一つ。いつまでも歌い続けてほしい。



すでになんども聞いているが、フジロックでもそうだったが「サンダー・オン・ザ・マウンテン」の特徴的なリフに乗せた新しいアレンジはなかなかなじめない。セットリストの中ではもっとも力強いロックサウンドだろう。チャーリーのギターが鳴り響き、ジャム演奏に展開していく。めずらしくトニーのベースソロも一瞬あるし、きわめつけはジョージのドラムソロだ。ボブのコンサートでドラムソロを聞くのはめずらしい。「スーン・アフター・ミッドナイト」はアメリカン・ソングブックで発揮したヴォーカル・テクニックが生かされている。

今年もっとも驚いたことは「ガッタ・サーヴ・サムバディ」がセットリストに加わったことだ。しかもメインセットを締めくくる扱いだ。まさかこの曲を毎回歌うとは思っていなかった。オリジナルとは歌詞が変えられ、宗教色が薄らいだロックに仕上がっている。曲の終わり近くでボブはピアノの席を立ち、ひょこひょこと踊るように歩いてスタージセンターに向かった。メインセットの終わりを知らせるためだろう。それにしてもひょこひょこ歩くボブの姿はいつ見てもほほえましい。

秋のUSツアーの前半ではアンコールが日替わりで変わっていた。「風に吹かれて」は毎回歌ったが、もう1曲に「ムーン・リヴァー」を歌ったこともある。ジェームス・ブラウンの代表曲「イッツ・ア・マンズ・ワールド」もなんども歌った。「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」の時もあった。ニューヨークに近ずくと「見張り塔からずっと」が歌われるようになった。これがいい。オリジナルとも、ジミ・ヘンドリックス・ヴァージョンとも違うレゲエ風の新ヴァージョンだ。特徴的なあのコード進行ではないが、じつに心地いい。いつまでも聞いていたい気にさせる仕上がりだ。しかしもともと短い曲だっこともあり、すぐに終わってしまう。あっという間にドラマティックなエンディング・フレーズで終わってしまう。もっと聞きたい。「風に吹かれて」は今後も時代を超越した偉大な曲であり続けるだろう。ヴァイオリンをフィーチャーした今のアレンジもいいが、この先どんな新しいアレンジで歌われるのかも楽しみだ。

アンコールを歌い終わったボブは、いつものようにバンドメンバーと横一列に並んで、観客の反応を確かめるようにポーズをとる。一瞬、頷いたようにも見えた。ボブを含む5人が並んだまま、カーテンが下された。まさにショーが終わった感じだ。ボブのコンサートでカーテンを使って始まりと終わりが体験できるなんて思ってもいなかった。新鮮な気分がした。

ビーコン・シアター7回公演の初日が終わった。果たして、残りの6回も初日とおなじなのだろうか、それとも変わるのだろうか。楽しみと期待が交錯する。



Beacon Theatre
November 23, 2018

1. Things Have Changed (Bob on piano, Donnie on pedal steel)
2. It Ain't Me, Babe (Bob on piano, Donnie on pedal steel)
3. Highway 61 Revisited (Bob on piano, Donnie on lap steel)
4. Simple Twist Of Fate (Bob on piano and harp, Donnie on pedal steel)
5. Cry A While (Bob on piano, Donnie on pedal steel)
6. When I Paint My Masterpiece
(Bob on piano and harp, Donnie on pedal steel)
7. Honest With Me (Bob on piano, Donnie on pedal steel)
8. Tryin' To Get To Heaven (Bob on piano, Donnie on pedal steel)
9. Scarlet Town (Bob center stage, Donnie on banjo, Tony on standup bass)
10. Make You Feel My Love (Bob on piano and harp, Donnie on pedal steel)
11. Pay In Blood (Bob on piano, Donnie on pedal steel)
12. Like A Rolling Stone (Bob on piano, Donnie on pedal steel, Tony on standup bass)
13. Early Roman Kings (Bob on piano, Donnie on lap steel, Tony on standup bass)
14. Don't Think Twice, It's All Right
(Bob on piano and harp, Donnie on pedal steel, Tony on standup bass)
15. Love Sick (Bob on piano, Donnie on pedal steel)
16. Thunder On The Mountain (Bob on piano, Donnie on electric mandolin)
17. Soon After Midnight (Bob on piano. Donnie on pedal steel)
18. Gotta Serve Somebody (Bob on piano, Donnie on lap steel)

(encore)
19. All Along the Watchtower (Bob on piano, Donnie on lap steel)
20. Blowin' In The Wind
(Bob on piano and harp, Donnie on violin, Tony on standup bass)

(Bob Linksより)


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