【ディランを追いかけて~ヘッケル】ボブ・ディラン2016年4月26日(火)東京オーチャードホール(東京10公演目)ライヴレポート by 菅野ヘッケル

2016.04.27




ボブ・ディラン
4月25日、オーチャードホール

今回の日本ツアーの特徴は、比較的小さな劇場をめぐるという、世界じゅうのファンがうらやむ形式だ。しかも、ボブがひとつの都市、東京で10回公演をするのは過去に例がない。そんな東京のコンサートも今夜が最後だ。もっともっと続くといいのにと思っていたファンも大勢いるだろう。


開演時間のすこし前、いつものようにステージ上ではクルーがセットリストが書かれた1枚の紙を所定の位置に置いて回っている。何気なく見ていると、セットリストの紙にペンで何やら書き込んでいる。もしかしたら、何らかの変更があるのかな。じつに思わせぶりな動きだ。気になる。


7時ちょうど、スチュが演奏するアコースティックギター(「フォギー・デュー」)が流れ、ボブがステージに姿を現した。初日とおなじ黒のカントリースーツを着ている。1曲目「シングス・ハヴ・チェンジド」がはじまったが、ヴォーカルが聞こえない。ステージ・モニターでは正常なんだろう、ボブはいつものように歌っている。場内PAのミスだ。ワンフレーズ歌ったあとで、ようやく場内PAが息を吹き返した。よかった。ボブはリズムに合わせて左足を大きく動かしながら歌う。今夜のボブはよく動く。「ユー・キャント・ウィン・ウィズ・ア・ルージング・ハンド」の箇所では、「ハンド」を1オクターブ上げて歌う。最近はあまり使わなくなったが、ファンの間でも賛否が分かれる、ボブ独特の「アップシング唱法」だ。久しぶりに聞くと「アップシング」も新鮮で、ボブっぽいなと感じた。


2曲目「シー・ビロングス・トゥ・ミー」は、もちろん力強い。今夜のハーモニカ・ブレークははっきりしていて効果的だ。エンディングのポーズも決まっている。
ピアノに移って3曲目の「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」は、美しいメロディアスなコードを叩き出した。マイナー調のロックで、ドラマティックなミニブレークが効果的だ。エンディングは、ボブが立ち上がって指示を出す。ボブがバンドリーダーだ。


ボブがひょこひょこ歩きでステージセンターに戻り、アメリカン・スタンダード曲がはじまる。4曲目「ホワットル・アイ・ドゥ」のイントロが流れるだけで拍手が起きた。スタンダード曲を歌うボブを待ちわびるファンも大勢いるということだろう。右手でマイクスタンドを握って歌っていたボブは、歌の中に入り込んでいるのだろう、「あなたの夢ばかり見ている」と歌う箇所ではかならず左拳を胸に当てる。


ペダルスティールから5曲目「デュケーン・ホイッスル」のイントロが流れた瞬間、客席から「キャー!」と嬌声がが上がる。今夜もバレルハウス風の弾むピアノだ。ボブもノッテいる。スタッカートを効かせたヴォーカル、やや崩した歌い方も飛び出す。客席を見回して最後のヴァースを歌うと、壮絶なジャムに突入した。まさに快走する列車、ボブ号だ。ムードが一変して6曲目「メランコリー・ムード」に変わる。ミョクの前半は、チャーリーのややミュートのかかったギターが心地よく流れるインストゥルメンタル、後半にボブのヴォーカルがはじまる。ボブはため息を吐くように「ああ、憂鬱な気分」と別れた恋人への悲しい未練を歌う。歌い終わったボブは、ドラムの前でくるりとダンスターンを決めた。


7曲目は激しい「ペイ・イン・ブラッド」。ボブはマイクスタンドを握りしめ、上半身を揺らしながら、力強いヴォーカルで怒りを吐き出す。時にはヘッドバンギングのような振りも見せる。「奪えば奪うほど、わたしはもっと与える。死ねば死ぬほど、わたしはもっと生きる」「わたしの意識ははっきりしている、あんたはどうだ」など、印象的なフレーズが次々に飛び出してくる。もちろん最後は「わたしは血で支払う、でもわたしの血ではない」と締めくくる。


つぎはお待ちかねのうっとりタイム、8曲目の「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」だ。もちろん客席から拍手が上がる。甘い切なさが漂い、テンポを変えてマックスに向かう。最後は「わたしはあなたなしではやっていけないんだ」と告白する。恥ずかしくなるような陳腐なことばかもしれないが、ボブが歌うとちがって聞こえる。アメリカン・スタンダード曲が続く。甘いラヴソングからムードが変わって、9曲目は「ザット・オールド・ブラック・マジック」。ラテン風のリズムに乗せて、華麗な世界が広がる、軽快な歌だ。ボブは右手をマイクに、左手を腰に置いて歌う。最後は両手を大きく広げてポーズを決める。洒落男、ボブ。


1幕を締めくくる10曲目は「ブルーにこんがらがって」。リズムギターがこの歌のコードをかき鳴らした瞬間、客席から大歓声が湧き上がる。ボブに欠かせない代表曲だが、カヴァーするアーティストは少ない。ボブにしか歌えない歌なのだ。特に、今夜の「魂で書かれたことばがページからこぼれ出す」と歌う箇所はすごかった。こんな歌い方は、ボブにしかできない。3番まで歌ってから、ハーモニカを演奏する。今夜も吹きまくるといった感じだ。いい。ピアノに移動して4番を歌い、エンディングを迎える。観客の大歓声が場内に響く。歌い終わったボブは、ひょこひょこと歩いてステージセンターのマイクの前に立ち、休憩を告げる。歌以外に、ボブがことばを発するのはこの時だけだ。

(開演前のセットリストへの書き込みはなんだったのだろう。曲目に変化はなかった。気づかなかったけど、キーを変えたのかな? セットリストの紙には曲目の後にキーが記されている)


「ミナサン。ドウモ、アリガトウ。ステージを離れるけど、すぐに戻るよ」


スチュが弾くエレクトリック・ブルース(タイトル不明)が流れ、2幕がはじまる。11曲目は「ハイ・ウォーター」。仁王立ちのボブが、圧倒的にことばの多いストーリーを克明に綴る。うまい。時折、ヘッドバンギング、ボブ・ダンスも見せてくれる。最後は両手を大きく広げてエンディングのポーズを決める。12曲目はアメリカン・スタンダード曲「ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ」。ボブの歌い方には、まるで聴き手の耳元で歌っているような説得力が感じられる。

「わたしはどうしてありきたりの人間になれないんだろう~でもやっぱり自分には向いてないよ」と歌うボブは、そのことばを自分自身に当てはめているようだ。ボブを変えることなんて、だれにもできない。ボブは心で歌う。だから観客に伝わる。


13曲目はピアノに移動して「アーリー・ローマン・キングズ」。ムードは一変して、ボブの得意なヘヴィーなアーバンブルースだ。ステージの照明が明るくなる。といっても主に背後からの光なので、ボブの顔にスポットライトが当たるわけではない。逆光にスーツが光る。まさにシャークスキンのスーツのように見える瞬間だ。ボブはピアノでコードを叩きながらことばを吐き出す。チャーリーのギターから、印象的なリフが流れ出す。最後、ボブはピアノから立ち上がって、「どうだ」とエンディングを決める。すごい。14曲目はステージセンターに移動して「ザ・ナイト・ウィー・コールド・イット・ア・デイ」。辛い別れを決めた夜を、ボブはセクシーな低音と伸びのあるソフトな高音を使って歌う。ため息をつくような間合いの取り方も見事だ。ボブは、歌がうまい。


15曲目の「スピリット・オン・ザ・ウォーター」は、毎回感じが変わる。今夜は低音部を主体にしたメロディアスなコードを繰り返しながら歌う。チャーリーがギターですばらしいリフを演奏する。観客が反応を示そうと待ち受ける最後のヴァース「わたしが歳をとりすぎてるってあなたは思っているんだね/もう盛りの時を過ぎてしまったと考えているんだね/あなたに何があるのか見せておくれ/わたしたちはとんでもなく素晴らしい時をいっしょに過ごせるよ」も歌われた。さらにボブはピアノで単音主体のリフを叩き出し、バンドをリードしてエンディングに向かう。最後はスクッと立ち上がって終わる。


16曲目の「スカーレット・タウン」は、艶やかな低音のていねいに歌う。ストーリーテラーのボブの魅力がこの歌に詰まっている。「スカーレット・タウンの空はくっきり晴れ渡っている/あなたは神に願うことだろう、ここにいさせてくださいと」の箇所では、神に懇願するように「いさせてください」を強調して歌った。理想郷であるスカーレット・タウンの光景が、目に浮かぶように展開する。だが、スカーレット・タウンにも終末は迫り来る。聴き手は歌の中に引き込まれていく。薄暗いステージ、ドニーのバンジョー、チャーリーのギターが不思議な不気味さを増殖する。毎回書いているが、ぼくはこの歌が好きだ。まちがいなくボブの名曲だ。


ムードが変わって17曲目は軽快な「オール・オア・ナッシング・アット・オール」。ボブの軽妙なヴォーカルとチャーリーのミュートギターが心地いい。「すべてか、まったく何もなしか」とどちらかを選べと迫る。恋には、時には脅しも必要だということだろう。ボクシングの練習で身につけたのかもしれないが、ボブの動きは軽快だ。今夜はダンシング・ボブ。最後に両手を上げて、エンディングを決める。


18曲目「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」は、ハードロッカー・ボブの出番だ。ゆったりしたペースのヘヴィーなリズムに乗せて、短いひとつのメロディーを繰り返す。別れた恋人と、20年後によりを戻すラヴストーリーなんだろうか、様々な人間模様が歌われる。1フレーズを歌うたびに客席から大歓声が上がる。今夜の観客は熱い。「涙はもうこれまで/長く無駄に費やされた歳月はもはたここまで」最後はハッピーエンドなのだろうか。


2幕の締めくくりは「枯葉」。イントロが流れる間、ボブはピアノの背に手を置いてたたずんでいる。その姿は、シャドウズ・イン・ザ・ナイトそのものだ。トニーのボウベースが物悲しさを強調し、ボブは「何よりも恋しく思うのは、愛しい人よ、あなた」と観客に向かって歌う。ロマンティック・ムードの極みだ。歌い終わると、いつものようにギターとペダルスティールの響きに乗せて、1枚の木の葉が風にゆらゆらと地上に舞い落ちる。同時に照明が消えて、ボブとバンドは無言でステージを去っていく。完璧なショーのエンディングだ。あちこちから、「ボビー!」「ボビー!」と嬌声も上がる。


アンコール1曲目の「風に吹かれて」に観客は大歓声を上げて興奮する。今夜のボブは、コードを主体としたメロディアスなピアノを弾きながら、シンコペーションを効かせたヴォーカルで歌う。ボブのヴォーカルは真似することができない。ボブのリズム感とタイミングの取り方は天性のものであり、ボブが天才と言われる要素のひとつだ。ボブのピアノから上昇&下降リフ、単音リフも飛び出す。チャーリーがギターで、ドニーがヴァイオリンでボブに応える。見事な。い最後は、ビッグ・エンディングで終わる。


アンコール2曲目は、スチュのギターが鋭いナイフのようにリズムを刻む「ラヴ・シック」。この歌はロッカー・ボブの出番。照明もじつに効果的だ。右手でマイクスタンドを握り、半身に構えたボブは上半身をやや反り返らせて歌う。格好いい。悲しさ、辛さがひしひしと伝わってくる。恋煩い、恋の病に年齢は無縁だ。チャーリーが印象的なソロを弾きまくる。最後に「何をすればいいのかまるで見当がつかないんだ/あなたといっしょにいられるというのなら、わたしは何もかも投げだそう」と、ボブが観客に向かって投げかける。ドラマティックな終わりだ。ありがとう、ボブ。


こうして東京の10公演はすべて終わった。日本ツアーもあと1回、横浜公演を残すだけだ。ぼくの中では、すばらしいショーを見た感激と、歩み寄る寂しさが微妙に絡まった気分が渦巻いている。


(菅野ヘッケル)



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