【ディランを追いかけて~ヘッケル】ボブ・ディラン2016年4月25日(月)東京オーチャードホール(東京9公演目)ライヴレポート by 菅野ヘッケル

2016.04.26



ボブ・ディラン
4月25日、オーチャードホール


東京公演も残り2夜となってしまった、とほほ。楽しい時間にも終わりはある。悲しいな。さて、いつものように7時ちょうどにステージが暗くなり、スチュがアコースティック・ギターでトラディショナル曲「フォギー・デュー」を弾きながら、左手から登場する。ジョージがドラムセットに座ると、残りのミュージシャンたちがぞろぞろと姿を現した。最後にボブが出てくる。まだ暗いステージ奥で、ボブは2度ほど両腕を大きく上げる。準備体操なのか、それとも気合いを入れたのか。暗いとはいえ、客席からその様子は丸見えだ。衣装は黒のカントリースーツ。前身頃下部と袖着地に刺繍飾りがほどこされているが、何度か着用していた銀色の派手な刺繍のスーツとはちがう。一体、何着用意してきたのだろう。おしゃれだな。


1曲目「シングス・ハヴ・チェンジド」がはじまった。歌い出しからボブのエネルギーに満ちている。休み明けなので、元気がみなぎっているようだ。23日と比べると、やや、崩してシャウト気味に歌うヴォーカルは若々しい。今夜も調子良さそうだ。2曲目「シー・ビロングス・トゥ・ミー」もロッカー・ボブ全開だ。50年前の歌だが、ジョージのドラムとトニーのベースが刻むヘヴィーなビートをバックに、ボブは当時と同じようなパワーを発散させる。ハーモニカも力強い。今夜は「ロッカー・ボブ」と名付けよう。


ピアノに移って3曲目、「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」では、メロディアスなコードを繰り返しピアノで叩き出しながら歌う。何度聞いても、歌い出しの「アイ・ラヴ・ユー・プリティ・ベービー」にはドキッとさせられる。ステージセンターに移動して、4曲目はアメリカン・スタンダード曲「ホワットル・アイ・ドゥ」。今夜もイントロがはじまると拍手が起きる。みんな、自作曲を歌うボブだけでなく、スタンダードを歌うボブも好きなんだなあ。純粋フォークの世界にエレクトリック・ロックを持ち込んで野次られたり、カントリー&ポップソングを歌って非難されたり、キリスト教に傾倒して糾弾されたり、ラスヴェガス風に堕落したと評されたりした過去が嘘のようだ。つくづく時代は変わったと思う。


5曲目「デュケーン・ホイッスル」ではイントロから洒落たピアノが聞こえる。今夜のボブは複雑なコードをピアノで弾きまくりながら歌う。バレルハウスピアノだ。ラグタイムといった方がいいかもしれない。とにかくノリノリの演奏を聴かせてくれる。ムードが一変する。ステージセンターに移動して、6曲目「メランコリー・ムード」がはじまる。ステージバックに投影された大粒の雪模様が幻想的な雰囲気をかもしだす。曲の前半はインストゥルメンタルだ。ビッグバンド全盛期は、ヴォーカリストは楽団の一メンバーだったので、インストゥルメンタルの長い演奏の後、付け足すようにヴォーカルが歌われる構成の曲が多かった。この曲はそんな時代の歌だ。心地いいインストゥルメンタルが流れている間、ボブは暗闇で上半身をかすかに揺らしながら踊っている。曲の後半になってボブのヴォーカルがはじまる。タイトル通り憂鬱な気分が歌われるが、「ああ、憂鬱な気分」と恋しい人に会えない悲しい気持ちがため息のように吐き出される。


7曲目の「ペイ・イン・ブラッド」は再びロッカー・ボブの登場だ。マイクスタンドを握りしめ、ダンスをするように上体を揺らして歌う。この歌にはスローガンになるような決め言葉がたくさん詰まっている。「奪えば奪うほど、わたしはもっと与える。死ねば死ぬほど、わたしはもっと生きる」、「人生は短いものだが、あんたの人生はもっと短い」、「わたしの意識ははっきりしている、あんたはどうだ」、「わたしは血で支払う、でもわたしの血ではない」。何て格好いいことばなんだろう。いつか機会があれば、使いたいな。曲の最後、ボブが両手を広げてエンディングの指示を出した。

ここで「うっとりタイム」。8曲目「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」がドラマティックなまでにロマンティック・ムードを高める。トニーが弓で弾く

ベースが効果的だ。トニーは1989年からボブのバックで演奏している。ウッドベース、エレクトリックベース、ボウベースを操り、ロック、カントリー、ジャズ、ブルース、ロカビリーとあらゆるジャンルをこなす。30人編成のビッグバンドが演奏するアメリカン・スタンダード曲を、5人編成のバンド用にアレンジできたのもトニーがいたからだと思う。トニーは、今のボブの音楽に欠かせないミュージシャンだ。ロマンチックなムードは華麗なラテンの世界に変わる。9曲目の「ザット・オールド・ブラック・マジック」はラテン風のリズムを強調した軽快な歌だ。


1幕を締めくくる10曲目は「ブルーにこんがらがって」。500曲を超えるボブの自作曲の中で、ライヴで歌われた回数がもっとも多いのがこの歌だ。「ライク・ア・ローリング・ストーン」や「オール・アロング・ザ・ウォッチタワー」よりも多い。75年の傑作『血の轍(ブラッド・オン・ザ・トラックス)』の収録曲だが、ボブはライヴでいろいろと書書き換えて歌い続けている。完成形いつできあがるのだろう。今夜はハーモニカもいい。ひょこひょこダンスも飛び出した。最後はピアノに移動して締めくくる。満員の会場から大歓声と拍手が沸き起こる。


「ミナサン。ドウモアリガトウ。ちょっとステージを離れるけど、すぐに戻ってくる」


スチュが弾くエレクトリック・ブルース(タイトル不明)が流れ、2幕がはじまる。11曲目は「ハイ・ウォーター」。ドニーが弾くバンジョーが鳴り響き、ボブは迫り来る洪水の危機を伝える。ヘッドバンギング、ボブ・ダンス、ひょこひょこ歩きも見せてくれる。「いたるところ(エーーーーヴリウェア)洪水だ」と歌うボブはじつに格好いい。中腰で斜めに立つポーズも決まっている。12曲目はアメリカン・スタンダード曲「ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ」。ボブは心で歌う。だから観客に伝わる。曲の途中で拍手も起きる。自作曲ではないが「わたしはどうしてありきたりの人間になれないんだろう~でもやっぱり自分には向いてないよ」と歌うボブは、自分に当てはめているかのようだ。そう、ボブを変えることなんて、だれにもできないさ。


ピアノに移動して13曲目「アーリー・ローマン・キングズ」でムードは一変する。得意なアーバン・ブルースで、今夜はことばの入れ方が鋭い。最後の1フレーズは、立ち上がってピアノを弾き、エンディングのポーズを決める。ジェリー・リーみたいだ。かっこいい。ボブ。14曲目はステージセンターに移動して「ザ・ナイト・ウィー・コールド・イット・ア・デイ」。辛い別れを決めた夜。ふたりの悲しみを含む決意が伝わってくる。ボブは、ハードボイルドの主人公を見事に演じきる。


15曲目の「スピリット・オン・ザ・ウォーター」は、夜毎進化し続けている。今夜は経過なジャズ・ナンバーのように聞こえる。シンコペーション、スタッカートを強調したピアノに乗せて、ボブは淡々とストーリーを展開する。最後のヴァース「わたしが歳をとりすぎてるってあなたは思っているんだね/もう盛りの時を過ぎてしまったと考えているんだね/あなたに何があるのか見せておくれ/わたしたちはとんでもなく素晴らしい時をいっしょに過ごせるよ」に、観客は熱い反応で答える。


16曲目の「スカーレット・タウン」では、艶やかな低音のボブが魅力的だ。「スカーレット・タウンの空はくっきり晴れ渡っている/あなたは神に願うことだろう、ここにいさせてくださいと」そんな理想郷であるスカーレット・タウンにも終末は迫り来る。果たして結末はどうなるのか。聴き手は歌の中に引き込まれていく。ストーリーテラー・ボブの面目躍如といったところだ。やはり、ぼくはこの歌が好きだ。まちがいなくボブの名曲だ。ライヴで歌ってくれて、ありがとう。


17曲目は、ムードが変わって軽快な「オール・オア・ナッシング・アット・オール」。軽快でおしゃれなジャズナンバーだ。ボブの軽妙なヴォーカルとチャーリーのミュートギターが心地いい。18曲目「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」は、ふたたびロッカー・ボブの登場だ。ゆったりしたペースのヘヴィーなロックにい上がっている。別れた恋人と、20年後によりを戻すラヴストーリーをベースに、様々な人間模様が歌われる。1フレーズを歌うたびに観客は歓声をあげて答える。「戻っておいで、ベイビー/あなたの気持ちを傷つけたのだとしたら、謝るよ」「だってあなたは私の友だちなのだから」「涙はもうこれまで/長く無駄に費やされた歳月はもはたここまで」最後はハッピーエンドなのだろうか。


1幕もそうだったが、2幕もあっという間に終わりを迎える気がする。締めくくりは「枯葉」。トニーのボウベースが物悲しさを強調する。ボブが観客一人一人に向かって「何よりも恋しく思うのは、愛しい人よ、あなた」と歌っているように聞こえる。ロマンティックな気分が極みに達する。しかしボブが歌い終わると、いつものようにギターとペダルスティールの響きに乗せて、1枚の木の葉が風にゆらゆらと地上に舞い落ちる。同時に照明が消えて、ボブとバンドは無言でステージを去っていく。完璧なショーのエンディングだ。観客は、感動の余韻に浸る。


アンコール1曲目の「風に吹かれて」は代表曲なので、歌詞を覚えている人も大勢いるだろう。いっしょに歌いたい人もいるだろう。でも、ボブに合わせて歌える人はいない。歌いたい人は勝手に歌えばいい。今夜のボブは、コードを主体としたメロディアスなピアノを弾きながら、シンコペーションを効かせたヴォーカルで歌う。ボブのヴォーカルは真似することができない。ボブのリズム感とタイミングの取り方は天性のものであり、ボブが天才と言われる要素のひとつだ。この曲は衰えることなく、将来にも歌い継がれていくことだろう。


アンコール2曲目は「ラヴ・シック」。ロッカー・ボブの出番。しかもヘヴィーロッカー・ボブに変身だ。スチュのギターが鋭いナイフのようにリズムを刻む。ジョージのボンゴが効果的に鳴り響く。照明もじつに効果的だ。ボブはダンスを交えながら、会場のあちこちに視線を送る。どうしようもないやるせなさ、心の痛手、悲しさ、辛さがひしひしと伝わってくる。最後にボブが「何をすればいいのかまるで見当がつかないんだ/あなたといっしょにいられるというのなら、わたしは何もかも投げだそう」。このことばは、観客に向かって投げかけているように聞こえる。ドラマティックな終わりだ。ありがとう、ボブ。

(菅野ヘッケル)

 


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